ピーナッツくん、MonsterZ MATE、Mori Calliope、BOOGEY VOXX……VTuber界で盛り上がり見せるバーチャルラップの今

 現実のコピーを超えて羽ばたかんとしているバーチャル世界。キズナアイがスリープ前のラストライブに1000を超えるバーチャルな人々をゲストとして集めたことも記憶に新しい。雑談、ゲーム配信といったネットカルチャーやアイドルカルチャーと重なる部分が多いため、その音楽的な広がりをまだ知らないという人もいるだろう。というのは、バーチャルロックを紹介した記事でもうすでに語ったことだ(※1)。この記事では、また別の側面について紹介していきたい。

 今回注目したいのは、バーチャルラップ。今年に入り、2月にピーナッツくん × Moment TokyoのXRライブ『ONAKAnoNAKA』、3月にBOOGEY VOXX2周年(2周忌)ライブ『BLACK VOXX』という2つのイベントが行われ、盛り上がりを見せた。そう、どちらもラップを表現の手段に用いているバーチャルアーティストだ。バーチャルラップは、ニコニコ動画に端を発するネットラップの流れを汲んでか、精力的に活動するアーティストが多く、そのどれもが粒ぞろいだ。ここではそんな彼らの魅力を紹介していく。

VTuber界に殴り込みをかける豆 ピーナッツくん

 ピーナッツくんは、「オシャレになりたい!ピーナッツくん」というショートアニメから生まれたアーティストだ。事情が込み入るのだが、このWebアニメは、甲賀流忍者ぽんぽこというVTuberの実の兄、兄ぽこが一人で制作したもので、ピーナッツくんはぽんぽこのチャンネルにゲストという形ながらほぼ毎回登場している。つまりどういうことかは察して欲しい。

ピーナッツくん feat.チャンチョ - Tamiflu (Prod. nerdwitchkomugichan)

 彼の作品にはかなり攻撃的なメッセージが多い。「おねがいマーニー」や「SuperChat」などに顕著な、商業としてのバーチャル業界に対する批判が随所に見られ、「My Wife」ではそうした人気商売を自嘲的に歌っている。そうしたものを感じながら「笑うぴーなっつくん」を聴けば、ルサンチマンと諦念を抱えながら、誰よりもバーチャルという存在に向き合い、力強く立とうとする矜持が感じられるだろう。

 ぽんぽこと一緒にいるときは、大食いやサウナレポといったいわゆるYouTuberらしい活動が多く、普段はそうしたクリエイターとしての熱い思いを語ることは少ない。それはキャラクターコンテンツを楽しむ側の一人でもある彼なりのプライドなのだろう。だからこそ彼の曲に触れて、少ない文字の中に文脈を含めて語るHIPHOPへの想いと、バーチャルな存在としての葛藤を感じてもらいたい。

バーチャル特異点 MonsterZ MATE

 ボーカルのアンジョーとラップのコーサカで活動するMonsterZ MATEはバーチャル界隈全体を見てもかなり特異な活動をしているユニットだ。Balusに所属し、フルトラッキングスタジオを気軽に使える環境ながら、代表的な動画はロシアンシュークリーム。それ以外のフルトラ動画も喋りがメインになっていることが多い。本人がストーリーを担当しているコミカライズが出ているなど、バーチャルアーティストとしては破天荒な活動ぶりだ。

MonsterZ MATE「255」Music Video

 普段の喋りからは想像もつかないようなハイトーンボイスのアンジョーと、喉を締め切った低音にニヒルな響きを忍ばせながらも声を荒げれば少年のようにも聴こえるフロウのコーサカの二人。アニソンやロックなどの様々なエッセンスを取り込んだ楽曲の中で、どちらも埋もれることのないはっきりした存在感を放ちながら並び立ってインパクトを与えてくる。

 広いジャンルの曲を歌い、そのどれもが一級品で、そのどこかに刺さる部分があれば全部を聴いてしまえる。バーチャルラッパーという括りで紹介したが、その実どんな音楽的背景を持つ人にもおすすめできるユニットだ。所属に関わらず積極的にコラボをすることも特徴の一つで、彼らの動画を見ているだけでもかなりバーチャル界隈に詳しくなることができるだろう。どの動画も短くまとまっていて、バーチャル世界に足を踏み入れる第一歩に最適のグループだ。筆者としては、作家業もしているコーサカのTRPG配信(参加者がゲームマスターの用意したシナリオのキャラクターを演じる配信)もおすすめだ。

holoENからの刺客 Mori Calliope

 今絶大な人気を誇るホロライブにもラッパーがいる。初配信に「失礼しますが、RIP♡」を携え、その後4連続オリジナル曲をリリースしたMori Calliope(森カリオペ)だ。英語圏支部であるホロライブEnglish所属のライバーだが、日本からの支持も厚い。トラックメイクの技術があってオリジナル楽曲の数も多く、TAKU INOUEの『ALIENS EP』に参加するなど、かなり骨太な活動をしている。

[ORIGINAL SONG] 失礼しますが、RIP♡ || “Excuse My Rudeness, But Could You Please RIP?” - Calliope Mori

 バーチャル界隈においては英語ラッパーが極めて珍しいためそれが一つの個性でもあるのだが、なんと言っても日本語と英語が入り交じるリリックが最大の特徴だろう。日本語をベースに響きのかっこいい英単語が挟まれるパターンに慣れてしまっているとはじめは違和感があるかもしれないが、一度ハマればこれしかないと思えるだろう。絶妙なタイミングで言語をスイッチして語感を操るこのスタイルは、両言語にニュアンスまで理解が及んでいる彼女ならではの芸当だ。

 日本への興味がニコニコ動画のラップシーンから始まったという彼女は、それを吸収し、バーチャルアーティストとして花開いた。細かい連打に音程を乗せて節を回すところなどはアリレムの影響を見出だせる。Mori Calliopeこそ、ネットの、バーチャルのラップシーンの寵児なのだ。

小悪魔トライアングル シュガーリリック

 シュガーリリックは774inc.所属の3人組ユニットで、同事務所のハニーストラップの妹分に当たる。正統派アイドル的な立ち位置の虎城アンナ、サブカルにめっぽう強い獅子王クリス、いたずらっぽい低音ボイスの龍ヶ崎リンで構成されている。ラップを担当するのは龍ヶ崎リンで、初配信でもそのスキルを披露していたり、3Dモデルのお披露目配信ではフリースタイルを行ったりしている。

【オリジナルソング】Back to the Masquerade/シュガーリリック【龍ヶ崎リン・虎城アンナ・獅子王クリス】

 龍ヶ崎の声には、自分の喉の使い方を完全に理解しているという表現が相応しい。ダウンビートによく馴染むハスキーな声が滑らかに甘い響きに変化するさまはもはや官能的で、彼女のASMR配信に多くの固定ファンが付いていることにも納得がいく。音ハメに寄せたシンプルなリリックを聴かせる手腕がそこにあると言える。アニメ声寄りの獅子王とともに少し特殊な声質の二人を、正統派な虎城がまとめ上げる危うく繊細なバランスが3人の楽曲の魅力だろう。

 姿、名字、名前のモチーフが、それぞれ、猪鹿蝶、戦国武将、推理作家と、この3人で活動していくという意思はかなり強固だと感じられる。代えの効かない3人のことを追って船を出せば、そこは知らぬ間に沼にハマって戻れないバミューダトライアングルかもしれない。

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