the band apart 木暮栄一「HIPHOP Memories to Go」第10回 バンド初期の作風に大きく影響したMock Orangeとの出会い

バンアパ木暮、Mock Orangeとの出会い

 the band apartのドラマー・木暮栄一が、20年以上にわたるバンドの歴史を振り返りながら、その時々で愛聴していたり、音楽性に影響を与えたヒップホップ作品について紹介していく本連載「HIPHOP Memories to Go」。第10回は、あえてヒップホップから少し外れて、1stアルバム『K.AND HIS BIKE』〜2ndアルバム『quake and brook』という初期バンアパの作品に大いに影響を与えたという、とあるインディーズバンドとの出会い、その後の交流に至るまでを振り返る。木暮による貴重なおすすめ曲紹介も載っているので、お見逃しなく。(編集部)

新木場USEN STUDIO COASTでの思い入れ深いライブ

 新年明けましておめでとうございます。

 この文章をしたためている1月6日午後6時現在、東京の街には雪が降っている……と書いた時点で、担当編集のSくんには「あのやろう、締め切り当日に書き始めてるじゃねえか」と、僕の正月野郎っぷりがバレてしまうのだけれど、事実なのだからしょうがない(すいません)。

 そんなSくんへの不義理を横目に、久しぶりの雪に少なからず心が踊ってしまうのは、四十路を越えてまだまだ童心が残っている証拠なのかもしれない。

 そんな少年オヤジ団体 the band apartは、さる1月3日、今月いっぱいで閉業してしまう新木場USEN STUDIO COASTでの最後のライブを行った。2005年に初めてそのステージに立ってから28回もライブをしてきた場所。記憶力に自信のない僕でも様々な場面を思い出すことができる。

 その中の一つが2ndアルバム『quake and brook』のリリースツアー・ファイナル。その日の午後に発生した地震の影響で電車がストップし、多くのお客さんが開演時刻に間に合わなかった。これ以上引き延ばせない、というところまで押してからスタートしたライブは、曲が進むたびにどんどん客席に人が増えていき、最終的には満員の状態で公演を終えることができた。

 間に合うかも定かならぬ状況でなんとか駆けつけてくれた、僕たちの音楽を聴いてくれている人たちの愛と熱量を実感した出来事として、記憶に深く刻まれている。アンコールで「K. and his bike」を演奏している時には、そんな客席の光景に感動し、涙が溢れて止まらなかった。

 そんな2005年のSTUDIO COASTから遡ること約1年前、僕たちは2ndアルバムのレコーディングに向け、曲作り……ではなく、4人揃って酒を飲みつつ「人生ゲーム」に興じていた。場所は東京から少し離れた某県にあるスタジオ付きのペンションである。

 環境が変われば集中して楽曲制作に励むだろう、という事務所の粋な計らいで押さえてもらった曲作り合宿だったが、バンドを始めるまでは単なる遊び友達だった僕たちからすれば、気分は小旅行。夜型生活だった僕に至っては、初日からペンションの本棚に並んでいた『機動警察パトレイバー』を夜を通して読み耽り、翌朝の朝食に手をつけずに午後まで寝ているという体たらくであった。

 もしタイムスリップできるなら、当時の自分の後頭部を後ろから「このばかやろう」と引っ叩いてやりたい。

 それでも、午後〜夕方には曲のアイデアをセッションしたりもしていて、その時には「coral reef」の原型がもうあったと思う。原(昌和)が考えたメロディの語感のイメージを聴きながら仮歌詞を考え、曲展開を微調整しながら作り上げたワンコーラスを録音し、これで一応事務所にも顔が立つだろう、とでき上がったデモテープを聴いたK(当時の事務所社長)が放った「サビが弱い」という感想に全員で「うるせー」と返したのも覚えている。

 そんな合宿を経たりしながらどうにか作り上げたのが2ndアルバム『quake and brook』。原が主に担っていた作編曲の作業を他のメンバーにも分担し始めた最初のアルバムでもある。とはいえ、編曲面ではほぼ全曲を通して原の手腕が発揮されているし、演奏者は常に共通なので、前作から意図的な変化のようなものは少なかったと思う。当時のインタビューやレビューでしばしば指摘を受けたギターサウンドの変化(クリーン・トーンの比重が増えたこと)に関しても、僕たちにとっては「昨日はうどん食ったから今日は蕎麦で」くらいのものでしかなかった。

 そうなった理由をあえて無理やり考えてみるなら……1990年代後半〜2000年代前半を風靡した様々なジャンルのバンドに共通していた歪んだギターサウンドに、メンバーそれぞれがちょっとした食傷していたからかもしれない。

 それは僕たちに限ったことではなく、そうした歪んだギターとキャッチーなメロディの組み合わせが生み出す求心力を主軸に据えたフォーマットから、あえて距離を取ったような音楽がこの時期にはすでにたくさんあって、音楽メディアからは“ポストロック”や“ポストハードコア”といった呼ばれ方で雑多に括られていた記憶がある。

  toeの1stミニアルバム『songs, ideas we forgot』を買ったのも、たしかタワーレコード池袋店の“ポストなんとか特集”のリスニングコーナーで、帰る電車の中でブックレットのメンバー欄にREACHで叩いていたドラマーの隆史くん(柏倉隆史)の名前を見つけた時は、友達がこんなカッコ良いことをやっているのか、と驚いたものだ。

 しかし、この時期にthe band apartのメンバー全員が何よりも愛聴し影響を受けたのは、アメリカ・インディアナ州のインディーズバンド、Mock Orangeを置いて他にいない。

Mock Orangeの衝撃とthe band apartへの影響

 彼らのことを知ったのは、まだ僕たちが1stアルバム『K.AND HIS BIKE』をリリースする前のことで、やはりタワーレコードだった。“BACK DROP BOMB 有松益男氏 推薦バンド特集”という試聴コーナーの一角に置かれていた『Nines & Sixes』をたまたま聴いた僕は、「お、なんだか良い感じ」と聴き進めるうちに興奮は高まり、3曲目「Does It Show」から7曲目「Poster Child」まで聴いたところレジへと走った記憶がある。

 憂いを湛えたコード使いと、いわゆる“普通”を回避しようとする意図が生んだであろう、変拍子を含んだリズム展開、さらにそれを可能にするスキルフルなドラミング(のちに本人たちに聞いたところ、隣のイリノイ州出身のバンド BRAIDからの影響が大きかったと話していた)……いま聴き返せば、こうやってもっともらしいことを書けたりするけれど、当時の自分の感想を的確に思い出すなら「何やってるかよくわかんないけど、とにかくすごくカッコ良い」という漠然としたものだった。

 『Nines & Sixes』は他のメンバーも皆それぞれに気に入って、特に原はその音楽性に僕以上の衝撃を受けていたように見えた。『K.AND HIS BIKE』や『quake and brook』に収録された楽曲に展開が多い一因として、Mock Orangeからの影響は外せないと思う。

 そんな彼らが2002年にリリースした『First EP』で楽曲のスタイルをガラッと変えてくる。ギターの音色に加え、ライアン・グリシャム(Vo/Gt)の歌い方も柔らかく落ち着いたものになり、プログレの曲を4分に凝縮したような展開の多い曲調は、シンプルでレイドバックしたものへと移り変わっていた。

 彼らの1枚目、2枚目のアルバムはもちろん素晴らしい作品だが、個人的にこのシングルはそれらを超えて衝撃を受けた1枚である。意図的かどうかはわからないけれど、上に書いた“ポストハードコア”の一翼のようなスタイルからいち早く離脱し、彼らの地元であるナッシュビル周辺の土着的な音楽へ接近(回帰?)したかのような楽曲が並び、その詩世界を含め、親しみやすくどこか懐かしいのに不思議なフレッシュネスもある……『The First EP』は、当時の自分にはそんな風に響いた。

 「Crash and Die」「Double Down」など、のちの彼らの作風の基盤となるような名曲が収録されたこのシングルを、僕は擦り切れるほど聴いた。

 話は前後してしまうが、僕たちがMock Orangeを『K.AND HIS BIKE』ツアーのゲストとして招いたのが2003年の終わり頃(たぶん)。その何年か前に彼らは一度、アメリカの某有名パンクバンドのフロントアクトとして日本でライブをしている。ファストな2ビート目当ての観客を相手に、短い時間ながらもキレのある演奏を見せていた。

 メインを務めた某パンクバンドのラフな演奏も悪くなかったが、ルードなアティテュードが是とされるシーンとはいえ、「どうせ俺らが何言ってるか、お前ら(英語が)わかってないんだろ」「お前らの細い目じゃ何も見えないだろうしな」という差別的とも取れるMCと、言葉の意味を知らずに歓声で応える満員のフロア、その様子を見てさらに笑っているバンドメンバー……本人達はバッドジョークのつもりだったのだろうけど、僕は笑えなかった。

 そんなライブの翌日、もう移転してしまった池袋のHMVでMock Orangeのインストアライブがあって、ライブ後の楽屋で僕たちは初対面を果たすことになる。まだSNSが存在していない時代、その時に交換したEメールアドレスをきっかけに、今につながる彼らとの交流が始まったのだった。

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