くるり×野球&電車、奥田民生×クルマ、DISH//×サウナ……アーティストたちが生み出す“偏愛ソング”を考察

 近頃ブームであり、ハマるミュージシャンが増加中であるサウナに関する曲も、僕の知っている限りでは、二例ある。DISH//の「SAUNA SONG」とCorneliusの「サウナ好きすぎ」なのだが、これが好対照で興味深い。DISH//の「SAUNA SONG」は、歌詞の原案を北村匠海が考え、それを元にLucky Kilimanjaroの熊木幸丸が作詞作曲した曲。〈90度の熱に触れて 君がすこしだけ 昨日より優しく誰かを思いやれれば良い〉という風に、サウナをモチーフにして、愛情やコミュニケーションを歌う曲である。

DISH// - SAUNA SONG [Official Video]

 片や、Corneliusの「サウナ好きすぎ」。2019年7月期に、テレビ東京でドラマ化された「サウナ好きのバイブル」、タナカカツキ原作の『サ道』の主題歌として書き下ろされた曲である(なお『サ道』は、2021年7月期から新シリーズ『サ道2021』が始まる)。タナカカツキが書いた簡潔極まりない歌詞もいいが、それ以上にこの曲がユニークなのは、歌詞よりも、音の質感や、各楽器の鳴り、声の響きで、「サウナのあの感じ」を描いているところだ。より正しく言うと、水風呂から上がって休憩している時に襲ってくる、いわゆる「整った」感覚を音源化しているのだと思う。サウナに限らず、なんらかの感覚を音源で表す、ということに、もともと長けているCorneliusだからこそ可能なことだが。

Sauna Sukisugi
岸田繁「そばを食べれば」

 さて、くるりだ。くるりの「偏愛曲」には、大きく言うと、ふたつのポイントがある。ひとつは、くるりには食べ物の「偏愛曲」も多い、ということだ。「りんご飴」「カレーの歌」「ハム食べたい」「麦茶」「鍋の中のつみれ」「そばを食べれば」(これは岸田繁のソロだが)など、多数。が、これは「食べ物が好きだから」では、たぶんない。触覚や、味覚や、嗅覚などーーつまり、五感の記憶が曲になる、というのが、岸田繁というソングライターが、もともと持っている才能であって、その表れ方のひとつが、食べ物曲なのだ、と、僕は思っている。〈血の味がする〉と歌った、メジャーからの1stアルバム『さよならストレンジャー』収録の「ブルース」や、〈ジンジャーエール買って飲んだ こんな味だったっけな〉というラインが印象的な「ばらの花」などと、それらの曲は、同軸の表現である、ということだ。

 そして、もうひとつのポイント。今回の大きなお題である、「電車偏愛曲」についてだ。言うまでもなく、岸田が電車を大好きだから、という、ストレートな理由に基づいている。岸田が敬愛する京急電鉄の企業タイアップ曲として2005年に書き、2008年以降は京急の一部駅で接近メロディ(電車がホームに近づいた時にかかる音楽をそう呼ぶ)として使われている「赤い電車」や、「ことでん」こと高松琴平電気鉄道の開業100周年イベントで披露し、2020年12月25日にシングルでリリースされた「コトコトことでん」(『天才の愛』にも収録)のように、「好き」が実際にビジネスになった曲もある。

くるり - 赤い電車
くるり - コトコトことでん (feat. 畳野彩加)

 と、書いていて思い出したが、ビジネスになる前は、勝手にやっていた、そういえば。2ndアルバム『図鑑』(2000年)のツアーに『世田谷線旧型車輌を残そうキャンペーン』というタイトルを付けていたことなどが、それに当たる。

 という風に、ミュージシャンが電車好きを公言することが、くるりがインディーズデビューした1997年当時にとって、どういうことだったのか。

 ありえないことだったのだ。

 当時、「オタク」という言葉は「アニメオタク」「アイドルオタク」「鉄道オタク」の三つの、いずれかを指すことが多かった。で、その三つとも、それはもうひどい扱いを、世の中から受けていたように思う。アイドルもアニメも鉄道も、ごく普通の娯楽として定着している現在からすると、ちょっと考えられないが、当時はそうだった。そんな時代にあって、堂々と鉄オタであることを公言して登場したくるり(というか岸田繁)に、すごくびっくりした記憶がある。それ以降、曲にする時もそれ以外も含め、鉄オタである自分を反映させながらロックバンドを続け、評価・支持・人気を得ていくことで、歴代の傑作アニメーション作品と同じように、J-POPの歴史を変えたアイドルたちと同じように、「オタク」という存在が市民権を得ることに、多大な貢献をしたうちの一人(一組)のが、くるりであり、岸田繁だったのである。

 最後に。ここまで書いてきたような「偏愛曲」における、究極の存在がいるとするなら、誰か。その「偏愛の対象」を、曲単位ではなく、アーティストコンセプトそのものにしてしまった人だ。

 そうだ。レキシだ。最初はSUPER BUTTER DOG在籍時に、そのサイドプロジェクトというか、お遊び的に始まった、と記憶しているし、まさか本人もここまで長くやるとは、そしてこんな大人気になるとは、思ってもみなかったに違いない。やり続けているのがすごいし、やればやるほどすばらしいものになっていき、支持も巨大化していくのもすごい、と、心から思う。

 しかし、ほんと、よくネタが尽きないよなあ、と感心する。「日本史から外れかかってますよ! ギリギリですよ、池ちゃん!」と言いたくなったのって、『ゲゲゲの鬼太郎』のエンディング主題歌として書いた「GET A NOTE」(2018年)だけだもんなあ、今のところ。

■兵庫慎司
1968年生まれ。音楽などのライター。「リアルサウンド」「週刊SPA!」「SPICE」「KAMINOGE」などに寄稿。「DI:GA ONLINE」で『とにかく観たやつ全部書く』を月2回ペースで連載中。

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