くるり、『天才の愛』での“ひらめきと探求” 「0から1に生み出されたものがどこまで飛べるのか」

くるり、『天才の愛』での“ひらめきと探求” 「0から1に生み出されたものがどこまで飛べるのか」

 世にも不思議な音が鳴っている。形容しがたく、それでいて快感を伴う魅惑的な響き。ジャズやプログレッシブ、パワーポップやラテン音楽など、本作から音楽的要素を見出すことは容易だが、サウンドの質感はことごとく未知。このアルバムは、音そのものが魔法なのである。

 前作『ソングライン』から2年7カ月ぶりに届けられる、くるりの13作目のフルアルバム『天才の愛』。取材後の雑談で岸田繁は、「『THE PIER』以来の勝負に出た作品」とこぼしていたが、冒険心溢れる音の数々はまさしくそれに通ずるものである。長い時間をかけて作られたという本作は、きっと2人にとっても新鮮な響きをもたらしたアルバムに違いない。

 本作に収録された楽曲のほとんどが、ゴミのようなアイデアから生まれたものだという。つまり、本来は捨てられていたかもしれないタネを育むことで完成されたアルバムだ。価値なきものに命を吹き込む探究心と遊び心、通奏低音は愛。このアルバムには、私たちがくるりに魅了される理由がたくさん詰まっている。(黒田隆太朗)

くるり – 『天才の愛』特典映像 | Trailer

長い時間をかけて見つけた“パッと開ける響き”

ーーここでしか聴けない音が鳴っている、すごいアルバムだと思います。おふたりのアルバムに対する所感から聞かせていただけますか。

佐藤征史(以下、佐藤):僕らもまだよくわかっていないんですけど。ただ、くるりっぽいって思ってもらえるような作品だとは思います。それでいて何気に今までやっていなかったことを詰め込んだアルバムにもなっていて、それがきっちりと統一感のあるものになっている。僕は最初絶対(統一感が)ないもんやと思ってたので、できたことに逆にびっくりしたというか。よくまとまったなって思います。

岸田繁(以下、岸田):長いこと作っていたからね。

ーーいつ頃から制作は始まっていったんですか。

岸田:2017年頃に始めて、時間をかけて仕上げていきました。実際に追い込んでいったのが去年の夏からですね。

ーー『ソングライン』を作られていた頃と、時期は重なっているということですね。

岸田:何回かに分けて作っていたものの中から、『ソングライン』方面に振り切ったものを先に作り、こっち側は置いといたっていう感じです。

ーー有り体な言い方になりますが、歌にフォーカスを当てたものを先に作り、実験的なものを後にとっておいたという解釈でいいでしょうか?

岸田:うーん……おっちゃんぽいものを先に作って、おじさんっぽいものを後に作ったイメージかな。

佐藤:おっちゃんとおじさんの線が、どこにあるのかわからないけど(笑)。

岸田:野生っぽい感じ、扱いにくいものを後にしたというか。

岸田繁

ーー一言で形容するのが難しいサウンドですが、「I Love You」のイントロからは不思議な浮遊感を感じました。

岸田:この曲はかなりテキトーなセッションから着想しています。当初はしっかりとスコアが書かれた、フォーリズムのギターが入っているポップスだったんですけど、作っていく中でどうにも調性が気持ち悪かったんですよね。

ーーというのは?

岸田:やり方がまずかったのか、メロディと和声進行の感じなのか、なんか気色悪いと思いまして。それでいろいろ分解していったら、いわゆる平均律の音階が気持ち悪いんやないかって話になり、スタジオで佐藤さんといろんな調性を試していきました。昔からある純正律もそうですし、平均律が出てくる前のコンサートチューニングとか、ピタゴラス音律とか、いろんなものをやってみたんですね。で、わからんなりに自分らでトライアンドエラーをしていくうちに、割と当初やろうとしていたことに近いものというか、この感じやと気持ちええなっていうのを見つけて。

くるり – I Love You

ーーそれが今の「I Love You」ができる契機になったと。

岸田:結果としてこのアルバムに1個統一感が生まれたとしたら、その響きの面なんですよね。先ほど浮遊感があるっておっしゃっていただきましたが、たぶんそれもここで1個1個試していったことの影響やと思います。平均律だけでやっていたらカチカチした響きになると思うので。

佐藤:気持ちの良いところを探していくと、いろんな楽器が重なった時に時空が歪むような瞬間もあるんですけど、その先でパッと開ける音の響きがある。今回のアルバムでは、随所にそういう音を散りばめています。本当に長い時間をかけて作りましたし、「I Love You」なんかこの1曲だけで何カ月やっててんみたいな曲なんですけど、その作業の中で知っていくっていうんですかね。今まで試してこなかった新しい気持ち良さを感じることができた。ギターのコードを開放弦でチューニングしてジャーンって鳴らすのではなく、音を1個1個チューニングして鳴らすと世界が変わるということを、今回の制作で初めて実感したんです。

岸田:なので「I Love You」に関しては、自分達でルールを決めて作り上げていった曲というか。日本語が通じると思って言ったけど通じなかった、かと言って英語で言ったら自分達の言いたいことが通じひんので、オリジナルの言語を作ったという感じです。

佐藤征史

“ゴミみたいなアイデア”から着想された楽曲たち

ーーこれまでも古今東西の音楽から影響を受けて作品を発表されてきていますが、今作でもパワーポップのメロディを思わせる「野球」があったり、ラテンのリズムと美しい音色が印象的な「ナイロン」があったり、中東の音を感じるジャジーなインスト「less than love」もあれば、オッペケペー節を引用した「益荒男さん」が収録されていたり、1曲ごとに様々な景色が浮かんでいきます。

岸田:音楽的なことは作曲している時の思いつきなので、結果そういう風に聴こえるものになったという感じです。ただ、言えることがあるとしたら、今回のアルバムに入っている曲は、最初はしょうもないモチーフから始まっているものが大半です。生まれた時点では熱い想いも、必死に伝えたいことも、持っていなかった状態からできている。その辺に落ちているゴミみたいなものを2、3個並べたら、ちょっとアートっぽくね? っていう。ほとんどがそういう曲なんですよね。

 でも、もしこれをアートやと思ったんやったら、それはとことんやりましょうっていう。そういう腐った林檎をどうやって使うか考える作業が、このアルバムの中ではすごく意味のあることで、そこはパッと聴いてもわからないことかもしれんし、作った僕らもパッとはわからんことかもしれないんですけど。例えば先ほど言われたようになぜ「I Love You」では浮遊感があるのかとか、また別の曲で意味のわからんことを歌っているこの人たちは、一体何を伝えたいんやろうとか、そういうことを紐解いていくと何かの軌跡が見えるかもしれないですね。

佐藤:先ほど言っていただいたように、今回のアルバムって今までよりもジャンルが見えやすいと思うんですよね。くるりっていうバンドは、ギターロックに他のジャンルのエッセンスを足して作品を作ることを昔からやってきたんですけど。5年前に『琥珀色の街、上海蟹の朝』っていう作品を作った時、初めて大っぴらにソウルフルなものをやったんです。

くるり – 琥珀色の街、上海蟹の朝

ーーまさに斬新な作品だったと思います。

佐藤:そうやってくるりが今までやってこなかったことを作品にして、リリースした時の反響としては、意外に思われたりもしましたけど、ちゃんと自分達っぽさがある作品やとも思っていて。今回のアルバムで僕らがやったことって、そういうところなのかなと思うんです。これまでは自分達のフォーマットに音楽性を取り入れていったけど、今回はそこに逆乗っかりしているというか。それによって今までのギターロックの響きでは得られなかった響きを発見できて、そこに僕らは面白さや美しさを見出しています。

ーー取り入れるのではなく、自分達から飛び込んでいったと。

佐藤:例えば『TEAM ROCK』のような、テクノを自分達のロックのフォーマットに落とし込んだ作品にも、いなたいアレンジでできる曲はあったと思います。もしくは、『ワルツを踊れ Tanz Walzer』というウィーンでレコーディングした作品にしても、弾き語りでできるものはあるとは思うんです。でも、今回のアルバムは弾き語りではできない曲が多いんですよね。1個のジャンルのフォーマットとしてピアノが鳴っていたりするので、そういう枠があらかじめあると言いますか。元からある枠の中に自分らが飛び込んだ感覚があります。

岸田:もし、くるり教に入信しますってなったら、信者達はくるり教の教祖が言うことは全て正しいことになるわけですよね。それこそ、ダンスミュージックの要素が入ってこようが、オーケストラが入ってこようが、民族音楽が入ってこようが。

ーーはい。

岸田:でも、そうじゃなくて、今回は民族音楽のところに婿養子に行くような感覚。あるいは、自分のために大好きな女の子がいるわけじゃなくて、大好きな女の子のために自分から染まっていく、みたいな旅のさせ方を楽曲にさせているのかもしれない。例えば「野球」という曲はパンチあるし、大好きな野球について歌えているし、良い感じにライブでも盛り上がりそうやから、欲を言えばくるりとしてオリジナルのメロディでやりたいよねって思うんですけど。これは天理高校のあのフレーズ(天理高校吹奏楽部が野球の応援で演奏する通称「天理ファンファーレ」)を使わないと意味がないっていう(笑)。それぞれの曲の一番良いところにバンド自体が殉ずるくらいの飛び込み方をしているし、そのやり方がカッコ良いかとか、正しいかとかはどうでもよくて。それこそが愛である、という気持ちで曲を作っています。

佐藤:うん、そういう愛は本当にいっぱい詰まっている。

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