ポップ・スモークとは何者なのか 遺作となったデビューアルバムがチャート独占する理由
自身のルーツを示しながら、より幅広い音楽性を追求した理想の「新作」
『Shoot for the Stars Aim for the Moon』を完成させるため、彼のプロジェクトチームと50セントだけではなく、彼と繋がりのあった様々なアーティストが本作には参加している。前作に参加のクエヴォやリル・ティージェイに加え、フューチャー、タイガなどのビッグネームや、リル・ベイビーやロディ・リッチにダベイビー、スウェイ・リーといった現在大ヒット中の若手ラッパー、さらにはレゲトンの女性歌手であるカロル・Gなど、あまりにも豪華で幅広いメンバーが集まる様子からは「トリビュート」という言葉が脳裏によぎるかもしれない。
しかし、この人選については、ポップ・スモークのマネージャーであり、チームの中心人物でもあるスティーブン・ビクターが語るところによると、ある程度は制作時点でポップ・スモーク自身が意図したものであると語られている。アルバムを制作する時点で、「このトラックにはこの人を入れたら良いだろうな」という会話が行われており、その時のやりとりを軸にしてゲストアーティストが集まっていったのだという。だからだろうか、どの客演もごく自然にトラックにハマっており、まるで最初から意図して録音されたかのように感じる。
特に1998年のR&Bヒット曲「So Into You」をサンプリングしたポップな「Something Special」やカロル・Gが参加したレゲトンの「Enjoy Yourself」では、それまでのアンダーグラウンドな作風では考えられないほどポップな楽曲となっている。これでポップ・スモークのラップがただのパーツになっていれば多少の疑問も抱くのだが、むしろポップ・スモークはトラックに合わせて歌うようなフロウを披露しており、明確なビジョンを持って本楽曲に取り組んでいたことがわかる。本作の制作にあたり、ポップ・スモークはよりメインストリームを意識すること、そして自身が持つ音楽のルーツをより幅広く提示することを目的としており、だからこそ本作は彼のキャリア史上最も音楽的に幅広い作品となっている。こういう言い方が適切かどうかは分からないが、これから彼の音楽に触れる上で、最も聴きやすい一枚なのではないだろうか。
一方で、トレードマークである"ブルックリンドリル"についても、しっかりと本作で聴くことが出来る。筆者として一番気に入っている楽曲である「Make It Rain feat. Rowdy Rebel」は本作の先行シングルとしても発表された楽曲だが、凶悪なトラックの上でまくしたてるポップ・スモークにも圧倒されるが、衝撃的なのがブルックリン・ドリルの初期中心人物であり現在服役中のロウディ・レベルの"獄中からの電話参加"である。音声こそ電話音声のため荒いが見事なフロウを決めており、この一曲でブルックリンドリルの歴史を繋いでしまっている。
確かにポップ・スモークはもうこの世にはいない。だが、『Shoot for the Stars Aim for the Moon』は紛れもなく彼の待望の「デビューアルバム」であり、それは今のヒップホップシーンに対して、「ブルックリンのリアル」を持ち込もうとしたポップ・スモークの挑戦と野心に満ちた一枚である。そして、その試みが成功したのかどうかは、本作が成し遂げた記録の数々が物語っている。これからも世界のストリートで彼の名前は語り継がれることになるはずだ。少なくとも、彼の音楽は永遠に残り続けるのだから。
■ノイ村
92年生まれ。普段は一般企業に務めつつ、主に海外のポップ/ダンスミュージックについてnoteやSNSで発信中。 シーン全体を俯瞰する視点などが評価され、2019年よりライターとしての活動を開始
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Twitter : @neu_mura