NYで活動するピアニスト 泉川貴広が語る、J-POPとジャズのクロスオーバー 『Life Is Your Thoughts』で示した“日本人らしさ”

泉川貴広が語るJ-POPとジャズのクロスオーバー

 ジャズとヒップホップ、R&Bが交差する2010年代以降のアメリカのジャズシーンで活動し、現地のモードを生で実感し続けている日本人ジャズピアニスト、泉川貴広が初のリーダーアルバム『Life Is Your Thoughts』を発表した。アメリカでは、クリスチャン・スコットなどを輩出した<Ropeadope>レーベルからリリースされた本作には、ジャーメイン・ホルムズ(ディアンジェロ、エリカ・バドゥなどのツアーに参加しているシンガー)をフィーチャーした表題曲ーー『竹取物語』をモチーフにした邦楽、雅楽、ジャズのクロスオーバーーーはじめ、ジャズ、トラップ、エレクトロなどが一体となった刺激的な作品に仕上がっている。

 大阪、東京で活動し、ニューヨークに渡った泉川。リアルタイムで進化し続けるジャズと古典的な音楽に対する造詣が一つになった本作は、彼自身だけではなく、日本のジャズにとっても大きな意味を持つはずだ。(森朋之)

「ジャズに日本人の感覚を入れると『おもしろい』と言われることが増えた」

ーー泉川貴広名義の初アルバム『Life Is Your Thoughts』、素晴らしいです。“ロバート・グラスパー以降”と言われて久しいですが、ジャズとヒップホップ、R&Bなどが融合し続ける2010年代以降の潮流を汲みながら、日本人ミュージシャンとしてのアイデンティティも反映されていて。

泉川貴広(以下、泉川):嬉しいです。(日本人のミュージシャンとしてのアイデンティティに関しては)最初は正直、無理矢理だったんですけどね。ロバート・グラスパーはもちろんニューヨークでも人気があるんですけど、すごく近くにいるんです。同じ会場で「今日は自分たちのライブ、明日はロバート・グラスパー」みたいな感じなので、「ここで自分は何ができるのか?」ということを考えざるを得なかったんですよね。しかも彼は、周りにいるミュージシャンを引っ張り上げようとして、自分のライブのオープニングアクト、アフターパーティをけっこう付けるんです。僕も2カ月に1回くらい呼んでもらうんですけど、ロバート・グラスパーの直後に、同じ機材で同じような演奏しても、お客さんは「さっき聴いた」ってなるじゃないですか(笑)。

ーーそうなるとやはり、「自分にしかできないことは何か?」と考えますよね。

泉川:そうなんです。僕は日本で生まれ育って、J-POPも好きだし、J-POPのアーティストの仕事もしてきて。そこで得たものを上手く組み合わせて、日本人らしさを出そうと思ったんですよね。

ーーそういうことをリアルに実感できたのは、やはりニューヨークで活動しているからですよね。

泉川:どうなんでしょうね……? ニューヨークに行って数年になりますけど、昔ながらのジャズのコミュニティ、トラディショナルなビバップのミュージシャンのなかには入れなかったんですよ。ビンセント・ハーリング(アート・ブレイキー、ディジー・ガレスピーなどのバンドに参加したことで知られるサックスプレイヤー)にたまに呼んでもらって、アルバムのアレンジなどもやってるんですけど、完全にそっちに行くことはできなくて。ビバップは伝統芸能みたいなところもあるから、日本人の僕がアイデンティティを出すのはとても難しいんですよね。でも、ヒップホップのシーンでは仕事があったんです。ジャズの要素を欲しているヒップホップのミュージシャンはたくさんいるし、生楽器の需要もあって。僕はジャズのこともわかるし、そこに日本人の感覚を入れたことで、「あいつはおもしろい。次の現場に呼ぼう」ということが増えたんです。AKAIのMPC(ヒップホップのトラックメイクに多大な影響を与えた機材)のおかげもあって、日本の文化に対するリスペクトもすごくあるし、常に新しいものを求めてますからね。

ーーそもそも泉川さんがニューヨークに渡ったのは、どうしてなんですか?

泉川:じつは以前も、ニューヨークでやってみようと思ったことがあったんですよ。大学を卒業した後、大阪でジャズをやり始めたんですけど、けっこう仕事があって。余裕で生活できたんですけど、「このまま続けていても良くないな」と思って、「ジャズといえばニューヨークだろう」くらいの浅い考えで行ってみたんですけど、仕事が1本も取れなくて。やっぱり世界では通用しないんだと思い知らされて、次のステップとして東京に行ったんです。それが22才のときなんですけど、4年くらいやってみて、けっこう理想に近い感じで活動できるようになって。そのときもまた、「このままじゃダメだ」と思ったんですよね。もちろん勉強すべきことはいくらでもあるんだけど、「ずっと東京にいたら、これくらいのペースで成長して、何年後かにはこうなる」ということがなんとなく見えてしまって。だから28才のときに「もう1回、ニューヨークに行ってみよう」と思ったんです。大阪で4年、東京で4年やって、「ミュージシャンとして社会で働くというのは、どういうことか」というのもわかってきたし、今海外に出たらどういう評価になるんだろうと。30才になったら、もっと動きづらくなるだろうし。

ーー20代のうちにチャレンジしようと。

泉川:はい。日本でアルバムを出して、日本人のリスナーに聴いてもらえるのも素晴らしいけど、他の国の人にも聴いてほしいという気持ちもあって。最初のニューヨークの経験は辛かったし、若干トラウマになってたんですけど(笑)、1年がんばってみようと。で、行ってみたら、3カ月目くらいに『ブルーノート』から仕事が来たんです。いきなり電話がかかってきたんですけど、英語が聞き取れなかったから、「テキストで送ってください」とお願いしたら、「ブルーノート、〇月〇日、ギャラ」だけが書いてあって。

ーーそれくらいの英語力だったんですね…...。

泉川:そうなんです(笑)。そのときはビギナーズラックかなと思ったんですけど、とにかく日本人らしく、きちんと仕事をしようと思って。リハの15分前に行って、セッティングして、もちろん曲も覚えていって。そしたら仕事がつながって、ティモシー・ブルーム(ニーヨ、クリス・ブラウンなどに楽曲提供しているシンガーソングライター)のバンドに呼ばれたんです。彼がビザのスポンサー(保証人)になってくれて、今につながっているという感じですね。

ーーということは、最初からヒップホップシーンで活動しようと思っていたわけではなく、現地でのミュージシャンとのつながりから、自然に今の活動に至った?

泉川:まさにそうですね。ニューヨークに行くまでは、ほとんどヒップホップを知らなかったし、生のバンドのなかでラップするという文化にも出会ったことがなかったので。実際にヒップホップやR&Bに触れるなかで、コード進行やグルーブを学んで、「どうやったら気持ちよく歌ってもらえるか」を考えて。それを一生懸命やって、信頼を得たということですね。ジャズのハーモニーがわかることですごく重宝されたし、しかも僕は時間通りに行って、曲もしっかり覚えますから(笑)。「絶対にハズせないライブのときはあいつだ」ということになって、仕事が増えたんですよ。そうやって場数を踏んでいるうちに、ヒップホップやR&Bが好きになった感じですね。あと、チャーチでの仕事も大きかったです。

ーー教会で演奏するということですか?

泉川:はい。黒人の音楽はチャーチが基礎になっていることが多いので。これは経済的な話なんですけど、チャーチで演奏してお金をもらって、それを活動資金にするミュージシャンが多いんですよ。毎週日曜日に演奏することで、トラディショナルなゴスペル音楽の基礎を自然に学べるし、それはジャズやヒップホップの現場でもすごく役立つんです。そうやってアメリカの音楽のベースを築いたということですね。あと、BIGYUKIさんの功績もめちゃくちゃ大きいです。BIGYUKIさんのおかげで「日本人のミュージシャン、すげえ」という評価を得ているし、それ以前はヒップホップやR&Bのカルチャーに日本人が入っていくのは本当に大変だったと思うので。BIGYUKIさんが切り開いて、舗装までしてくれた道を歩かせてもらってます。

「『Life Is Your Thoughts』は、いま出来ることを考えるという発想」

ーーニューヨークでミュージシャンとしてのキャリアを重ねるなか、自分名義の活動を始めたのはどうしてなんですか?

泉川:大阪、東京のときと同じで、4〜5年経つと頭打ちになったんですよね。ニューヨークでサポートミュージシャンを続けたとしても限界があるだろうし、ステップアップするために何が必要かを考え始めて。アメリカは「お前はどんな人間なんだ?」ということをすごく求められる国なんです。それを示すためにも、自分のバンドが必要だなと。お客さんを呼べるかどうかよりも、とりあえず自分の音楽を作ってSpotifyにアップしないと、「これが自分です」と示せるものが何もないので。とにかく日本人らしさを出さないと意味がないなと思って、最初は無理矢理やってたんですけど(笑)。

ーーそういう試行錯誤がアルバム『Life Is Your Thoughts』に結実した、と。特にタイトルトラック「Life Is Your Thoughts feat. Jermaine Holmes」は、『竹取物語』をモチーフにしていることも含めて、日本人としてのアイデンティティを示す楽曲ですよね。

泉川:ジャズ、ヒップホップ、ゴスペルのベースを踏まえたうえで、日本らしい切ないメロディを入れたいと思ったんですよね。もともと古典音楽が好きなので、雅楽もサンプリングして、少しずつ形にしていったというか。日本の音楽を取り入れるのは、けっこう使い古された手法なんですけどね。アニメソングのフレーズを切り取ってループさせるとか、昔からあるやり方なので。

ーー「Life Is Your Thoughts」という題名は、どういうニュアンスなんですか?

泉川:このタイトルは、曲に参加してくれたジャーメイン・ホルムズが持ってきたんです。彼はディアンジェロのバンドにも参加していて、ツアーが終わった後、「暇だから何かやらない?」って連絡が来て。

ーーすごい話ですね、それ。

泉川:ディアンジェロはすごいけど、バンドメンバーはけっこう近くにいるんですよ(笑)。そんなこともあって、「いま自分のアルバムを作ってるから、歌ってくれない?」って話をして。「Life Is Your Thoughts」はもともと、「Back to the moon」というタイトルだったんです。

ーー『竹取物語』ですからね。

泉川:そうそう。もともと好きな物語だし、それをモチーフにした切ないメロディも入れて。ジャーメインが歌ってくれることになって、彼から「英語と日本語の歌詞がリンクしたらおもしろくない?」というアイデアが出てきたんですよ。僕も「確かに」と思って、かぐや姫が月に帰るときに、帝(みかど)と歌をやりとりして……という『竹取物語』のストーリーを説明したんです。僕としては「もう2度と会えない」という悲しみにフォーカスしようと思ってたんですけど、ジャーメインが出してきたのが「Life Is Your Thoughts」だったんです。意味としては、“お前の考えで人生は作られている”ということなんですけど、めちゃくちゃポジティブじゃないですか。

ーーそうですね。

泉川:“おまえはすごい宝石を身に付けているけど、それに気づいていない。考え方を変えれば、それはおまえのものだ”という歌詞もありますからね。これは普段から感じていたことなんですけど、ニューヨークにいる人たちは、ちょっと考え方が違うんですよね。「Life Is Your Thoughts」でいうと、僕としては『竹取物語』に沿って、“離れ離れになって、二度と会えない。でも、会いたいし、思い続ける”というイメージだったんです。

ーーJ-POPの王道ですね。

泉川:そうそう。でも、ジャーメインはそうじゃなくて、「会えないという現実はすでにあって、変えられない」と捉えて、いま出来ることを考えるという発想なんですよね。彼にはそういう考え方のクセが付いてるんですよ。歌詞が送られてきたときは衝撃でしたけどね。「え? 俺の説明、聞いてた?」と思って(笑)。でも、しっかり読んでみると「なるほど、別れたことを踏まえて、次のことを歌ってるんだな」とわかって。で、アルバムのタイトルにも使わせてもらったっていう。

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