ポップ・スモークとは何者なのか 遺作となったデビューアルバムがチャート独占する理由
今年の2月に僅か20歳という若さで命を落とした、アメリカ・ブルックリン出身の若手ラッパーのポップ・スモーク。彼のデビューアルバムにして遺作となった『Shoot for the Stars, Aim for the Moon』が7月3日にリリースされた。本作はアメリカを中心に大ヒットを記録し、翌週の全米アルバムチャートで初登場1位を達成するだけではなく、同作収録の全19曲を全て全米シングルチャートの100位以内にランクインさせるという、ドレイクなどの大スターに匹敵する偉業を成し遂げることに成功している。この数字が物語る通り、本来ならば、ポップ・スモークが次のヒップホップスターになるはずだったのだ。もしまだ彼が生きていれば、2020年のヒップホップシーンはより大きな変化を迎えていたのではないだろうか。
"ブルックリンドリル"を武器にギャングスタ・ラップの復権を担う若きホープ
ポップ・スモークは2018年に音楽活動を開始し、2019年4月に初作となるミックステープ『Meet the Woo』をリリース。同作収録の「Welcome to the Party」が話題となり、ブレイクを果たすことになる。
彼の音楽はヒップホップのサブジャンルとして、"Brooklyn Drill(ブルックリンドリル)"にカテゴライズされている。元となった"Drill(ドリル)"は元々2010年代前半に、チーフ・キーフやG ハーボを中心にアメリカ・シカゴで誕生したものであり、同郷のビートメイカーが作る凶悪なトラックに合わせて、シカゴのアンダーグラウンドで起きているリアルな景色=銃や暴力に札束、そしてドラッグが飛び交う様子を描いたリリックを乗せた「シカゴのアンダーグラウンドをリアルに描いたギャングスタラップ」を意味している。
この“ドリル"は世界に波及し、特にイギリス・ロンドンでは同じく地元発のサブジャンルとして2000年代初期から根付いているグライムと融合した"UKドリル"というサブジャンルが誕生する。グライムと融合したことで、そのサウンドにはベースミュージック、重い電子音が取り入れられるようになり、ギャングスタラップの音楽性が変化していくことになる。これに逆輸入的に影響を受けたアメリカ・ブルックリンの人々が中心となって誕生したのが"ブルックリンドリル"である。どの"ドリル"においても、現地の貧困層の生活やギャングによる抗争など、アンダーグラウンドのリアルを描いたギャングスタラップであることが特徴であり、さらにUKの影響を受けたことでそのサウンドは重い電子音がフィーチャーされたより凶悪なものとなる。オリジネーターとしては22GzとSheff Gが挙げられるが、彼らが生んだこのシーンで育ったのがポップ・スモークである。
2010年代、ヒップホップは完全にポップ・カルチャーのメインストリームと同化し、チャートの大部分を占めるようになっていた。しかし、そこには「リアル」が欠けていたのではないか、と感じる人々も少なくない。
だからこそ、UKとUSを繋いだ新たな音楽を使ってブルックリンのリアルなストリートの景色を描いたポップ・スモークの音楽は、ニューヨークを中心に大きな話題と支持を集めることになる。ちなみに前述の「Welcome to the Party」にはRemixとしてニッキー・ミナージュとスケプタが参加している。共にUS、UKのトップアーティストであり、いかにポップ・スモークの注目度が高かったのかがよく分かる。
ポップ・スモークのメインストリーム進出と、メンター・50セントとの出会い
同年7月にリリースされた「Dior」が新たなスマッシュヒットとなり、ポップ・スモークの音楽はさらに世界に広がっていく。その波は日本にも波及し、2019年のクラブに行けば、まず間違いなく「Welcome to the Party」と「Dior」は流れているという状況となっていた。昨年末にはトラヴィス・スコットらが立ち上げたプロジェクト、Jackboysの音楽作品『Jackboys』にドン・トリヴァーやシェック・ウェスといった若手と並んで参加を果たしており、先輩からのフックアップもより強力になっていく。
その中でも特に大きかったのが、後にポップ・スモークにとってのメンター的存在となる50セントとの出会いであろう。ニューヨークのリアルを描いたギャングスタラップで世界的なブレイクを果たしてメインストリームへと進出した彼がポップ・スモークに与えた影響は絶大で、彼のラップにおけるローの効いた声質や独特なフロウについて、本人自ら50セントのスタイルを意識したと語っている。
ブレイクの過程で、ポップ・スモークは見事50セントと会うことに成功し、すぐに意気投合することになる。制作中のアルバムの音源を聴いてもらいフィードバックを受けたり、生活面においてもすでにギャングスタから抜け出した先輩として、より健全な生き方を目指すようにアドバイスを受けたりと、様々な面においてポップ・スモークは50セントのサポートを受けるようになっていた。これを受けて、ポップ・スモークも今の生活からの脱却を考えるようになっていたという話もある。そもそも彼はギャングとの繋がりがあり、銃を使う機会も決して少なくはなかったと言われている。
そのような好調な流れの中、翌年2月にリリースされた新たなミックステープ『Meet the Woo 2』では、後年非常に仲が良かったと言われているMigosのクエヴォやア・ブギー・ウィット・ダ・フーディ、そしてブロンクス出身の若手であるリル・ティージェイといったゲストラッパーが客演として参加するようになり、ブルックリンドリルを中心としながらもより幅広い音楽性を提示した作品となった。しかし、この作品がリリースされた2週間後、50セントの助言も虚しく、ポップ・スモークは強盗による銃撃を受け、命を落とすことになる。
『Shoot for the Stars Aim for the Moon』の制作における中心人物=エグゼクティブ・プロデューサーが50セントとなっているのは、こういった背景があるからである。自分の音楽に影響を受け、自分と同じようにストリートのリアルを語りながらメインストリームに挑もうとするポップ・スモークを我が子のように支援してきたにも関わらず、彼を失ってしまった。しかし、50セントやポップ・スモークの周りの人々は、彼がアルバムを制作しようとしていることを知っていて、共に作り、助言を与えていた。だからこそ、これは最後まで完成させなければならない。だからこそ、この「デビューアルバム」は生まれたのである。