カニエ・ウェストが歩み始めた『God’s Country』へと続く道 新曲「Wash Us In The Blood」を歌詞・MVなどから考察

Kanye West「Wash Us In The Blood」

 しばらく沈黙を続けていたカニエ・ウェストが新アルバム『God’s Country』の発表をアナウンスし、その先行曲「Wash Us In The Blood」がMVと合わせて公開された。プロデュースはDr.Dreが務め、客演にはトラヴィス・スコットを迎えている。先月末にはGAPとの業務提携や、村上隆を監督に迎えたKIDS SEE GHOSTS(カニエとキッド・カディによるユニット)のアニメーション制作が発表されるなど、全方位的に「カニエ再始動」の狼煙が上がった形となる。さらに同曲の公開から一週間経たないうちに、2020年の米大統領選への出馬を表明するなど、アルバム名に恥じないカニエ的「God’s Country(神の国)」構想が本格的に動き出しているようだ。

 同曲の歌詞には前作『Jesus Is King』同様に、神のイメージが散りばめられている。カニエのキリスト教信仰への傾倒は健在らしい。その反面、前作のゴスペルに寄ったサウンドとは対照的に、2013年の『Yeezus』に回帰したような、インダストリアルなサウンドが印象的な1曲だ。MV監督は、カニエとはこれが実質2度目のタッグとなるビデオアーティストのアーサー・ジャファ。前作同様、実際の映像素材がコラージュされた作品だ。

Kanye West – Wash Us In The Blood feat. Travis Scott (Official Video)

 前作に顕著なカニエのキリスト教への傾倒は、驚きをもって迎え入れられた。皮肉にも、彼の出世作「Jesus Walks」(2004年)の「イエスのこと以外だったら何だって歌っていいと、奴らは言う(中略)でも俺が神様のことをラップしたらラジオで掛からないって?」という歌詞は、ゴスペル/クリスチャンラップに振り切った彼に対するリスナーの戸惑いを予見する結果となった。カニエは2013年、「I Am A God」に象徴されるゴッドコンプレックス(尊大な全能感)のフェーズを通過した後に、本曲の歌詞のとおり「神は俺に遠回りをさせ」て信仰に再び辿り着く。太陽に近寄りすぎたカニエは、信仰による「インナーピース(内なる心の平和)」を求め始めたのだ。これはSNSに疲弊する現代アメリカに再来した、スピリチュアリズムブームの波を反映しているかのようだ。

Kanye West – Jesus Walks (Version 2)

 その姿勢から一転して、「Wash Us In The Blood」では外界へのアクションが示されている。歌詞自体はBlack Lives Matter運動(BLM)に直接触れてはいないが、その内容は「黒人の命」に直結している。「キリストの血で不条理に満ちた世界を清め給え」と祈りを捧げつつ、黒人を狙い撃ちする大量投獄によって維持され続ける実質的な奴隷制度と、それに伴う暴力と貧困の現状が綴られている。3rdバースでは自身を扱うメディアの悪意に対する鬱憤をもぶちまけているのだ。

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