KIRINJI、最新アルバム『cherish』レビュー 時代性を伴った音像と歌詞に感じる新たな到達点

 こうした歌詞が、ここ数年KIRINJIが追い求めてきたダンスミュージック的音像とみごとにマッチする。彼らは、サブスクリプションサービス以降の音楽傾向と、バンドが本来持つ方向性をどのように擦り合わせるかに苦心してきた。「ラジオなりサブスクリプションなりで、世の中の音楽と一緒に混ざって聴かれるわけじゃないですか。そのときに自分の音楽だけ『ローが軽いな』とか『レベルが小さいな』とか、もっと言えば『何か古臭いな』と思われたら悔しいですよね」(参考:DI:GA ONLINE KIRINJIインタビュー)。かくして、曲の開始と共にぐっと重いバスドラムが響き、さらにはより深く重みのあるベースが続く「『あの娘は誰?』とか言わせたい」は、海外のヒップホップやR&Bと並べても遜色ない音像を備えた、2019年のポップミュージックとして成立している。前作『愛をあるだけ、すべて』で音像の更新に取り組んだバンドは、今作では歌詞とサウンドを共に、より時代に寄り添うかたちで進化させるあらたな試みに成功しており、「いま聴かれるべき楽曲」としてのさらなる必然性を獲得したのだ。

「Pizza VS Hamburger」
善人の反省

 また、今回のアルバムで感じられる遊びの要素、毒のある歌詞やユーモアのセンスは実に印象的だ。堀込は「どうなるかわからないけど、なんだかおもしろいものができそうだとか、もしかしたらダサいかもとか、こっちいったらヤバイかもとか、そういう怖いところっていうか、ギリギリの感じを今回は辿ってみた」(参考:CDJournal KIRINJIインタビュー)と語るが、彼の言う「ギリギリの感じ」はどれもプラスに働いている。わけても、ピザ派とハンバーガー派が〈今日こそ白黒つけようじゃないか〉と雌雄を決する「Pizza VS Hamburger」の無意味さや(歌詞は〈俺、ピザだな、ピザだな〉と連呼し、ハンバーガーを勝たせる気がない)、ジャズギター風のシングルノートに乗せて〈善人て気に入らないよね/アレは酔いしれている/図に乗っているんだよ〉と身も蓋もない非難を始める「善人の反省」など、どれもからっとした笑いやシニカルな毒をともなって聴き手を楽しませる。こうした風通しのよさや軽さも、今作で際立った特徴のひとつだと言えるだろう。

 長いキャリアを積み重ねながら、ストイックなまで、みずからに変化を義務づけてきた堀込。彼ほどに、自分自身へ高いハードルを設ける表現者もめずらしいだろう。表現のルーティン化や硬直をかたくなに避けつづけた彼が到着した、あらたな地平が『cherish』である。20年以上のキャリアを経て、いまだ柔軟に進化していく姿勢に感服しつつ、ディスコグラフィの分岐点となるあらたな代表作に出会えたことを嬉しく思う。

KIRINJI『cherish』

■伊藤聡
海外文学批評、映画批評を中心に執筆。cakesにて映画評を連載中。著書『生きる技術は名作に学べ』(ソフトバンク新書)。

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