『愛をあるだけ、すべて』インタビュー
KIRINJI堀込高樹が語る“サウンドを刷新し続けることの重要性”「最近の音楽は未知で驚かされる」
KIRINJIが約2年ぶりとなるニューアルバム『愛をあるだけ、すべて』をリリースする。
シングル曲「AIの逃避行 feat.Charisma.com」「時間がない」を含む本作は、生演奏とエレクトロニクスを融合させた現代的なサウンドメイク、そして、これまでのキャリアのなかで培われたポップマエストロとしての技術がバランスよく共存した作品に仕上がっている。
リアルサウンドでは、堀込高樹(Vo/Gt)にインタビュー。本作のコンセプト、制作スタイルを軸にしながら、メジャーデビュー20周年を迎えた心境、現在のポップス観などについて語ってもらった。(森朋之)
「今回のアルバムは低域の処理がキモになっている」
ーー前作『ネオ』は現代的なダンスミュージックにも通じるサウンドメイクを施した作品だったと思いますが、本作『愛をあるだけ、すべて』に関しては、どんなビジョンがあったんでしょうか?
堀込高樹(以下、堀込):基本的には前作のサウンドを押し進めるイメージで制作にあたっていましたね。ただ『ネオ』は生の演奏の割合が比較的多くて、曲によっては“いなたく”聴こえる瞬間もあって。いまのダンスミュージック、打ち込みを主体とした音楽に比べると“もったり”聴こえるというか。だから今回はもうちょっとシャープで緊密な感じにしたかったんですよね。とはいえバンドにはドラマー(楠 均)とベーシスト(千ヶ崎 学)がいるので、彼らの個性が消えない形で上手い具合に落とし込めないかなと。アコースティック楽器よりも、シンセ、エレクトロニクスを中心にしたアンサンブルにしたいという意図もありました。
ーー楠さん、千ヶ崎さんのリズムセクションは現在のKIRINJIの核でもあるし、打ち込みの音とのバランスはかなり難しそうですね。
堀込:最近はロックバンドもドラムを編集して、スクエアな感じになっていたりするじゃないですか。そういう音楽が溢れているんだから、生の音をイジってはいけないということはないのかなと。ただ、生のドラムを編集するだけではつまらないというか、厄介なだけ。だから今回は、いくつかの曲で新しい方法を試しているんです。リズムに関しては、まず生のキックの音を録音して、それをジャストの位置に貼っていく。さらにシーケンスやハイハットも打ち込んだトラックを作って、それに合わせて生のハット、スネアなどをプレイしてもらったんです。機械に合わせてドラムを叩いてもらうことで、楠さんのグルーヴを添えてもらうということですね。
ーーなるほど。
堀込:キックの音色は生なんだけど、リズム自体はスクエアにしたくて。たとえば16ビートのテクニカルなフレーズは機械でやって、楠さんには8ビートを中心に刻んでもらったりしてるんです。そうすることで機械と生の対比ができるので。どこまで上手くいくかわからなかったし、手探りではあったんだけど、メンバーが意図を理解してくれて良いところに収めてくれたと思います。
ーー“AIとの共存する人間の未来”みたいな話ですね。そういうサウンドメイクは堀込さん自身のモードなんでしょうか? それともKIRINJIの音楽を現代的にアップデートしたいということなのか……?
堀込:両方でしょうね、それは。以前は「機械的過ぎる」「スクエア過ぎる」と思っていたタイプの曲がすんなり聴けるようになっていて、「こういう音でやってみたい」という気持ちもあったし。要はいまの気分みたいなものが出ているんだと思います。メンバーも「プログラミングを多用したトラックにどう対応するか?」ということを考えてくれたので、そこは上手くいったのかなと。アルバムの制作に入るときに「曲によっては“演奏するパートがない”“すごく少ない”ということがあるかもしれない」という話はしていたし、そのうえで僕が作ったトラックにアプローチしてくれたというか。スタジオで録ったのはドラムやスティールパンだけで、あとはそれぞれの家でダビングしたんですよ。トラックのデータをメンバーに送って、ベースだとかペダルスティールを入れてもらい、また戻してもらって。スタジオで面と向かってやってると「こうしてほしい」と意見を言ってしまうけど、個々がひとりでフレーズを入れることでメンバーの個性も反映できたかなと。千ヶ崎くんにはベースだけではなく、ブラスアレンジもやってもらっています。今回のアルバムは低域の処理がキモになっているんだけど、そこに関しても千ヶ崎くんの意見も参考にしました。
ーー低音の音色は楽曲全体のイメージを左右しますからね。
堀込:そうなんですよね。いまはダンスミュージック、ヒップホップが盛隆だし、そういう音楽に影響を受けたポップスも山ほどあって。たとえばサブスクでKIRINJIの曲を聴いたときに「音像がショボい」と思われるのは困るなと。特に今回はファンキーな曲がわりと多いので、低域をしっかり出さないと曲の魅力が伝わらないよねという話はしていました。まあ、かつてはトランジスタラジオで聴いてグッと来ていたわけだから、最終的には曲が魅力的かどうかということだと思いますが。
ーー収録曲についても聞かせてください。まずはシングルとしてリリースされた「時間がない」。“残された時間を思い、大切な人たちに愛を伝えていきたい”という内容の歌詞が話題を集めています。
堀込:“残された時間が少ない”というのは、賢い人なら20代くらいで気付くと思うんですよ(笑)。でも、多くの人は体力が落ちてきたり、以前はできていたことができなくなったり、衰えを感じたときに「のんびりしている時間はない」と気付くんじゃないかなと。僕は先日49歳になったんですが、もうじき50歳になると思うと「あと何枚アルバムを作れるだろう」みたいなことを考えるようになって。体力的なことだけではなく、需要がないと作れないわけですから、残された時間は少ないと実感せざるを得ないというか。それをそのまま歌詞に載せた感じですね。
ーー素晴らしいポップサウンドに〈あと何回、君と会えるか/あと何回、曲作れるか〉という歌詞が乗ると、余計にグッと来ますね。
堀込:「キャッチーな曲にどんな歌詞を乗せるか?」というのは、いつも悩みますね。恋愛の歌、「明日はデートだ。イエー!」という歌詞はこの年齢になるとリアリティがないし、“自分のリアルな部分をいかにヘビーに感じさせないで聴いてもらうか”ということを考えながら書いています。反応はいろいろですね。曲を聴いて「そうだよね」と軽く受け止める人もいれば、「ガーン!」みたいな感じで深刻に考え込む人もいて。あと、平易な歌詞だからか「何か裏があるんじゃないか?」と思う人もいるみたいです。このままというか、別に何もないんだけど(笑)。
ーーちなみに「無限に音楽を作れるわけではない」と実感したことで、創作に対する影響はありますか?
堀込:どうなんだろう? 「残りの時間が限られているんだから、いいものだけを出したい」と思う人もいれば、「とりあえずどんどん出しちゃおう」というタイプの人もいると思うけど……。良いか悪いかは人が判断すればいいから、駄作でもいいから出すという精神でやろうかなと、いま何となく思いました(笑)。とにかく「時間がない」と身構え過ぎないことが大事でしょうね。
ーーアルバム1曲目の「明日こそは/It’s not over yet」も、「時間がない」の気分に通じるものがありますね。〈明日こそは/昨日よりもマシな生き方したいね〉という。
堀込:そんなつもりはなかったんだけど、そうなっていますね。この歌詞もいまの気分が出てるんでしょうね、たぶん。メロディ、サウンドを先に作ってから歌詞を乗せることがほとんどなんですけど、「明日こそは」は前半がブルージーな感じで、後半から明るくなっていくので、あえて同じ言葉を乗せることで、響きが変わって聴こえるといいなと思っていたんです。「明日こそは」で止めておけば、どっちに転ぶかわからないじゃないですか。後ろ向きにも前向きにも取れるというか。
ーー楽曲の構造が先にあった、と。この曲にはSANABAGUN.の髙橋紘一さん(Tp)、谷本大河さん(Sax)が参加。以前から交流があったんですか?
堀込:去年の『人間交差点』(RHYMESTERの主催フェス)に出たときに彼らも一緒だったんです。KIRINJIのステージに興味を持ってくれて、谷本くんと話をしたんだけど、「明日こそは」にブラスを入れることになったときに、彼らに頼むのがいいんじゃないかと。グループのなかで演奏している人と、セッションマンとしていろんな現場で演奏している人とでは、ちょっとノリが違うんですよね。今回は前者のムードがほしいと思って。
ーーいい意味で荒々しさが出てますよね。
堀込:うん。ふたりとも緊張してたみたいだから、我々がもうちょっとほぐしてあげられたら良かったんだけど(笑)、いいテイクが録れたと思います。
ーー「After the Party」は弓木英梨乃さん(Gt)がメインボーカル。これは弓木さんの歌を想定して作られたんですか?
堀込:最初は迷っていたんです。このメロディって、ちょっとヨレてるというか、タメがあるじゃないですか。大人っぽいアンニュイさもあるし、こういう歌をどう表現するのかな? と心配なところがあって、でも、彼女らしさをちゃんと出してくれたし、特別な雰囲気の曲になったと思います。ソウル、ジャズの感じもあるんだけど、このテイストのサウンドに女の子か少年かわからないようなかわいいボーカルが乗っている曲って、あまり聴いたことがないので。
ーー千ヶ崎さんが作曲に参加した「悪夢を見るチーズ」もアルバムのフックになっていると思います。このベースライン、えげつないですね。
堀込:謎のラインですよね(笑)。千ヶ崎くんのデモは歌とベースとドラムだけだったんです。「キーボードはそちらで付けてください」という感じだったんだけど、歌とベースがしっかり練り込んであったから、これを変えるのは違うかなと。いつもとは違う雰囲気のハーモニーが付けられたらいいなと思って、がんばって作った感じですね。たぶん千ヶ崎くんも喜んでくれてるんじゃないかな。