堀込高樹×堀込泰行が奏でた“この瞬間しか味わえない贅沢なサウンド” KIRINJI20周年ライブを見た

堀込高樹×堀込泰行、5年半ぶりの共演

 2018年7月26日、渋谷クラブクアトロ。KIRINJIはその夏、アルバム発表後のツアーとして福岡、大阪、名古屋と各地で公演を行い、東京にて最終日を迎えていた。2日間の東京公演は共にソールドアウト、会場には多数のファンが列を作り、そわそわと開場を待っていた。観客はみな、現行のダンス・ミュージックやヒップホップの力強い音像を取り入れた新しいKIRINJIの楽曲が、どのようにライブで再現されるのかと期待を膨らませている。もしここで安易に「6月に発表した新作『愛をあるだけ、すべて』を"ひっさげて"の公演」などと書けば、常套句やルーティンを何より嫌う堀込高樹に叱られてしまうだろう。「KIRINJIはニューアルバムをひっさげない」「『愛をあるだけ、すべて』を小脇に抱えてやってきました」と語る堀込高樹だからこそ、作品は新鮮さと意外性に満ちているのだ。

KIRINJI

 夏のツアー最終日の開場時間となった18時、入場待ちの列に並びながらスマホを眺めていた人びとが一斉に驚きの声を上げる。いったい何ごとかとまわりの会話に聞き耳を立てると、思ってもみないニュースが飛び込んできた。11月にグループ結成20周年の記念ライブが開催され、堀込高樹、堀込泰行が揃って演奏するというのだ。18時の情報解禁と共にいくつかの音楽ニュースサイトで発表された途端(KIRINJIメジャーデビュー20周年ライブに堀込泰行、キリンジも集結)、会場前はしばし騒然となった。ファンならずとも意外なニュースをよりにもよってライブ開始直前に知らされ、いくぶん不安定な精神状態のまま開演を迎えるほかない観客たち。会場にいた女性ふたりが「今からどんな気持ちでライブを見ればいいのかわからない」と動揺していたことを覚えている。"進んでしまった時計の針は戻せない"とは、何も音楽グループだけに限った話ではなく、さまざまな人間関係にあてはまる普遍的なものだ。別の道を選び、袂を分かった者がふたたび顔を合わせるという行為には、独特の緊張がつきまとう。

堀込泰行

 2013年4月に堀込泰行がキリンジを脱退してから、およそ5年半。堀込高樹はバンド名をKIRINJIとアルファベット表記に変えた上で再出発し、堀込泰行はソロアーティストとなった。そのどちらもがきわめて充実した活動になっており、ファンはキリンジからKIRINJI/堀込泰行への移行を受け入れ、現在の彼らが届ける表現を楽しんでいる。だからこそ、兄弟がふたたび共に演奏する可能性はあるのか、という問いは無期限に留保され続けていた。「いつかそうなる日が来るかもしれない、ただし今ではない」というように……。今回の20周年ライブを見にきたファンの方たちにも会場で話を聞いてみたが、このニュースを最初に知った率直な感想として"複雑"という言葉を選ぶ人は多かった。

 「兄弟での演奏はもうしないと思っていた。やるにしてもちょっと早い気がした」(Uさん)。「今のKIRINJIが楽しいから、ふたりの共演は予想しなかったし、意外」(Aさん)。「20周年のニュースは素直に嬉しかった。ただ、共演するのはふたりがおじいちゃんになってからだと思っていた」(Rさん)。「フェスなどで、KIRINJIと堀込泰行バンドが同じ日に出るといった可能性はあると想像していた。5年半で直接の共演は驚いた」(Qさん)。「あと10年後くらいにもしかしたら……と考えていた。予想よりずっと早かった」(Kさん)。また、今回のライブにコーラスで参加した真城めぐみは「やらないと思ってた」とステージ上で述べたが、それはキリンジをよく知る者がみな考えていたストレートな意見でもあった。

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 ことほどさように、多くの人が「やらないと思ってた」兄弟揃ってのライブは大きな話題となり、大阪1公演、東京2公演はすべて瞬時に完売。惑星直列か、秘仏開帳かという注目度の中、転売されたチケットが異様な高値になるなど、公演への期待は高まっていった。この盛り上がりを危惧したのか、堀込高樹は、今回の兄弟での演奏はあくまでエキシビションであるため、あまりウェットにならずに楽しんでほしいと伝えている(会員制ホームページ内での発言を要約)。たしかに、感傷的に過去をふりかえる態度は堀込高樹がもっとも苦手とするところだろう。彼は、懐古的な手法や表現のルーティン化をかたくなに拒否し、アルバムを出すたびに新鮮なサプライズを提供することをみずからに厳しく課してきた音楽家だ(参考:堀込泰行、音楽を通して描く未来の可能性 KIRINJI 堀込高樹との関係性から考察)。だからこそ、堀込高樹が20周年ライブに対して抱く逡巡もまた想像がつく。KIRINJIはあくまで現役のバンドとして前進しており、今回の共演は20周年という節目におけるささやかなエキシビションであると、堀込高樹は伝えたかったのだろう。

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