KIRINJI、最新アルバム『cherish』レビュー 時代性を伴った音像と歌詞に感じる新たな到達点

 2018年に結成20周年の区切りを迎え、ベテランの域に達しつつも、なお意欲的にリリースを続けるKIRINJI。彼らの14枚目となるアルバム『cherish』が11月20日に発売された。前作『愛をあるだけ、すべて』(2018年)から本格化していった、ダンスミュージック的な力強い音像が引き続き追求された新譜では、DJ/シンガーソングライターのYonYonや、ラッパーの鎮座DOPENESSをフィーチャーしたリードトラックを中心としながら、さまざまな挑戦を試みた全9曲が収録されている。多彩でユニークな楽曲が並びつつ、アルバムとして統一されたサウンドの心地よさが保たれているのもすばらしい。彼らの長い活動歴において、あきらかにひとつの到達点となる作品であり、これまでKIRINJIを知らなかった音楽ファンにもアピールする内容ではないだろうか。

Almond Eyes feat. 鎮座DOPENESS
killer tune kills me feat. YonYon
KIRINJI『cherish』(通常盤)

 本作の白眉は、アルバム1曲目「『あの娘は誰?』とか言わせたい」に尽きる。堀込高樹はつねづね、マンネリに陥らない、新しい要素を表現に取り込む、いまこの作品を発表する必然性を持たせる、といった目標をみずからに課してきたが、「『あの娘は誰?』とか言わせたい」はその狙いが圧倒的なクオリティで実現された驚きの楽曲だ。パワフルに鳴り響く低音域と美しいハーモニーに乗せて歌われる、2019年の日本社会が抱えた虚無。〈インスタ〉や〈タワマン〉、〈美しい国〉といった語彙をあえて選択する軽さ、表層的な華やかさの向こう側に見え隠れする疲弊した社会をイメージさせる手法に、いまの日本で聴かれるべきポップミュージックはこれだと快哉を叫ばずにいられない。また「まずはこの曲を聴いてほしい」とばかりに、アルバムの冒頭に配置したバンド側の自信もうかがえる。最新型のサウンドと時代性をともなった歌詞とが、これまでにない一体感を持ってひとつの世界を描き出す、KIRINJIのあらたな代表曲と呼べるだろう。

「あの娘は誰?」とか言わせたい

 同曲中、語り手の女性は〈インスタなら南瓜は馬車に/見て欲しい この私〉と、SNSを駆使して日常を巧みに「盛り」ながら、日々を機嫌よく暮らしているかのように見える。恋人らしき男性の運転するきらびやかな車で、優雅な夜のドライブとしゃれこんだ女性。しかし曲を聴き進めていくと、彼女の「盛り」への努力も虚しく、実際には羽振りのよかった男性は破産して行方知れずであり、彼女自身もまた満員のネットカフェの前で立ち往生している酷薄な現実が明かされる。聴き手はこの落差にはっとさせられるのだ。社会はより不寛容になり、人びとは差し迫った貧困や不安定な暮らしにあえいでいるが、それらは可視化されない。かくして、現実を「盛り」ながら楽しく生きる人びとを描写してきたはずのこの曲は、終盤において〈息できない〉〈美しい国はディストピア〉と本音を吐露してしまう。

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