ネオソウルは拡張しているーー“新たなネオソウル像”築くムーンチャイルドを軸に現行シーンを紐解く
さらに続けて記載されているのは「テープディレイソウル」という聞きなれないジャンル。おそらくは、アナログ的な温かみのあるサウンドを作る「テープディレイ」機能のエフェクターに掛けた造語で、ある種のノスタルジーを抱かせると共に心地よい“揺らぎ”を響かせる彼らのサウンドを表したものだろう。そこには、アンバー・ナヴランの歌声も重要な役割を果たしている。空間に溶けていくような、囁くような声によるハーモニーは、ムーンチャイルド作品における、徹底的に心地よい聴感を決定づけているのだから。
そしてこれは同時に、今様ネオソウルの特徴でもあるかもしれない。クエストラヴは2014年、米タイム誌のインタビューの中で、ハイエイタス・カイヨーテに言及しながら、最近の彼のお気に入りのシンガーにオーストラリア出身が多いことについて、「今の俺たち(アフリカ系アメリカ人)よりソウルフルな人たちも多い。ソウルミュージックという時、アレサ・フランクリンだとかバプテスト生まれの歌手をイメージするのは古いよ。俺たちは昔ほど教会に行っていないし、今の楽曲にはそうした状況が反映されている」と語った。つまり、現代におけるソウルミュージックを定義する際、ゴスペルをルーツとする歌唱は必要条件ではない、という見解を示したのだ。たとえばムーンチャイルドと同じLAのジ・インターネットも、ボーカルを務めるシドは、声が大きいとか、歌で圧倒するといったタイプのシンガーではない。かつてのネオソウルアーティストは、エリカ・バドゥにせよジル・スコットにせよ、ライブではバリバリに歌えるというタイプのシンガーたちが多かったが、スタジオアルバムではそうした“歌ぢから”はほとんど抑制し、コントロールしていた。そうした第一世代による、録音芸術における歌とサウンドのバランス感覚が、第二世代にも継承されているということかもしれない。そして、こうしたバランス感覚と、非ゴスペル的なボーカルが、第二世代によるネオソウルの心地よさを強調しているとも言えるだろう。
9月6日に待望の新作『Little Ghost』を発表するムーンチャイルドは、Pop Dustのインタビューで、このように語っている。彼らは、ジャズへの愛は変わらないと語りつつ、「どのアルバムにおいても、他のジャンルの音楽に手を広げ、取り入れようとしてきた。それが私たちのユニークさになっている」のだと自分たちの音楽性について表現。また、ネオソウルという言葉について、「ジャンルの境界線は薄れつつあると思うし、ネオソウルの要素のあるグループなんて山ほどいる。音楽や情報に無制限にアクセスできる時代になったがゆえに、そうなっているんだろう」と語っている。まさにこれは、ネオソウル第二世代で起こっていることだ。
ネオソウルは拡張されている。第一世代が送りだしたネオソウルは、世界中にファンを生み、サブジャンルとして確立された。そしてこれに魅了されたファンたちが今、第二世代としてさらなるジャンルの交配を進め、新しいネオソウル像を築いている。だからこそ、ネオソウルは“今”おもしろい音楽として、世界各地で同時多発的に登場しているのだし、ムーンチャイルドは、ネオソウルやジャズを起点に新たなジャンルの地平を切り拓こうとする、目の離せない開拓者なのだ。
■末﨑裕之 Twitte
福岡県出身。ブラック・ミュージック専門誌/ウェブ・メディア「bmr」の編集を10年務めた後、R&Bを中心にフリーの音楽ライターとして活動中。共著に、2010年~2016年のR&Bを総括したディスクガイド本『新R&B教本』。NHK第一、FM802、block fmでのラジオ出演も。
『LITTLE GHOST』
発売:9月6日(金)
国内盤CD BRC-612
価格:¥2,200(税抜)
国内盤特典:ボーナストラック追加収録/解説書封入