『Red Bull Music Academy』が示す“コミュニティの重要性”とは? ベルリン現地レポート

『Red Bull Music Academy』現地レポ

 レクチャーの後半では、<Underground Resistance>の創作活動に話題が移った。オリジナルメンバーの一人でミニマルテクノの代表格であるロバート・フッドがベルリンテクノに与えた影響についてマイク・バンクスが語ったほか、Galaxy 2 Galaxyが2005年に日本で開催されたテクノフェス『METAMORPHOSE』に出演した映像を紹介する場面もあった。

 トークの最後に設けられた生徒からの質問では、“イベントスペースの確保や運営維持のために、自治体にどれだけの働きかけができるのか”といったコミュニティ作りについて問いかけるアーティストや、音楽で新しいムーブメントを生み出す上での課題やその克服方法について熱心に尋ねるアーティストの姿があり、バンクスやヘーゲマンは彼らに対して真剣に答えていた。

 レクチャーは3時間以上に及ぶ長時間セッションだった。にも関わらず、終わってからもゲストの周りには、積極的に意見交換するアーティストたちの輪が広がっていた。スタジオの中だけでなく、レクチャーでさえもアイデアをお互いがぶつけ合い、音楽や文化について議論する場所なのだ。多種多様なバックグラウンドと実績を積んだ、音楽のプロフェッショナルたちと考えをストレートに交える機会など、なかなか得ることはできない。音楽やアートの世界で、自らの道を切り開こうとしている新世代のアーティストたちに、新たな視座を確実に与えたことだろう。

(写真=©Fabian Brennecke / Red Bull Content Pool)

 筆者がベルリンに滞在する以前、レクチャーのためにベルリンを訪れたアーティストには多彩なメンバーが顔を揃えていた。ここで名前だけでも紹介したい。

 ニューヨーク出身のヒップホップアーティストのプシャ・T。グラミー賞ノミネートのR&Bシンガー、ジャネール・モネイ。デリック・メイやホアン・アトキンスと共にデトロイトテクノを作った創始者の一人、ケヴィン・サンダーソン。Abelton Liveの共同開発者でもある、ベルリン在住の電子音楽家ロバート・ヘンケ。ロシア出身のDJ、ニーナ・クラヴィッツ。元Canのリードシンガーであるダモ鈴木。ドイツのフリージャズ・サキソフォン奏者、ピーター・ブロッツマン。フィラデルフィアソウルやネオソウルを代表するアレンジャーのラリー・ゴールド。

 音楽カンファレンスでも決して見ることの出来ないこのような多彩なゲストの並びは、まぎれもなく、『Red Bull Music Academy』を構成する上での重要な要素の一つと言える。

 ちなみに、『Red Bull Music Academy』のレクチャーは、基本、生徒であるアーティストのみしか参加できない。SNS用の写真撮影や動画シェアも原則NG。

 ゲストのトークや音楽のテーマが気になる方向けには、レッドブルがYouTube チャンネルで随時レクチャーの様子を公開している。是非一度動画アーカイブを掘ってみて欲しい。

(写真=©Dan Wilton / Red Bull Content Pool)

 参加した生徒であるアーティストたちにも触れておきたい。前述したようにアカデミーの審査を通り、世界37カ国から選ばれた61人だが、音楽ジャンルや創作活動スタイル、目指す方向性も多種多様である。

 今回日本からは仙台出身のアンビエントミュージシャン佐藤那美が参加したことはすでに述べた。佐藤は2011年の東日本大震災を機に、本格的な音楽活動を開始。仙台の荒浜を拠点にフィールドレコーディングで集めた音や電子音から作られる彼女の音楽世界には、普遍的な感覚と、強迫観念的に変化し続ける社会環境を表現するかのような壮大なテーマが感じられる。

(写真=©Dan Wilton / Red Bull Content Pool)

 参加アーティストたちの中には、日本で暮らしていては想像できない、”異質”な音楽人生を送ってきた人も見かけることができる。イランの首都テヘラン出身のアート・セイブスは、夜のクラブイベントが法律で禁止されている環境下で、ひそかにエレクトロニックミュージックのイベントを開催しながら創作活動を行っていた。

 南アフリカ出身のJakindaは、わずか2年前にYouTubeの動画から音楽制作を学び、キャリアをスタートさせ、その1年後の2017年にデビュートラックをリリースしたプロデューサーだ。自身のスタイルをヒップホップに南アフリカのGQOM、Kwaitoを合わせた、「アフロフューチャーエレクトロニカ」と表現する彼独自の音楽観は、映画『ブラックパンサー』が表現したアフロフューチャリズムにも通じるところがある。

(写真=©Dan Wilton / Red Bull Content Pool)

 出身国だけで分類しても、アメリカやドイツ、イギリスといった国は勿論、韓国、フィリピン、インド、南アフリカ、ケニア、ナイジェリア、トルコ、エストニア、メキシコ、チリなど世界各地に散らばっている。

 音楽のジャンルやスタイルも、エレクトロニックミュージックからヒップホップ、エレクトロクラシック、アンビエントテクノ、ジャズと、細分化とマイクロジャンル化が際立つ。

 「音楽は国境やジャンルを超える」と言うは易く行うは難し。実践するのは、アーティストやクリエイターの行動や意識に委ねられるのだが、『Red Bull Music Academy』はそうした化学反応を強制的に作るのではなく、お互いが初めて触れるであろう異なる音楽文化圏やダイナミズムを緩やかにつなぐ音楽コミュニティ作りのファシリテーション役に徹していることが何より大きい。

(写真=©Fabian Brennecke / Red Bull Content Pool)

 さらに、音楽を取り巻く社会環境の変化も加速する一方だ。ベルリンというテクノの街の関係者たちが、マクロな視点で都市開発やローカルコミュニティ作りについて語っていたことは音楽環境の変化や問題意識を示している。「デトロイトは今でもテクノの街だが、テクノのクラブはもはや存在しない。皮肉だな」とシニカルな笑みを浮かべてマイク・バンクスは語ったことが印象的だった。

(写真=©Fabian Brennecke / Red Bull Content Pool)

 音楽の学校である『Red Bull Music Academy』は、今後も続く。過去20年間に渡り、先鋭的な音楽の実験場を提供してきた彼らの活動を、”未来の音楽”、”アンダーグラウンド・ミュージック”の学校と捉えることができるが、それは本質の一部分にすぎない。

 レッドブルの音楽学校は、音楽文化の過去・現在・未来を行き来するコミュニティの重要性を、より強く意識させるものだった。未来の音楽シーンを創造するのは、常にアーティストやクリエイターが中心になるだろう。だが、音楽に何らかの形で携わる全ての人も一緒に様々なことを学び続けることで、次世代の音楽に向けて可能性を広げていくことにもつながっていくはずだ。

(メイン写真=© Dan Wilton / Red Bull Content Pool)

■ジェイ・コウガミ(音楽ブロガー、All Digital Music
デジタル音楽ブロガー。音楽ブログ「All Digital Music」編集長。「世界のデジタル音楽」をテーマに、日本のメディアでは紹介されないサービスやテクノロジー、ビジネス、最新トレンドを幅広く分析し紹介する。オンラインメディアや経済誌での寄稿のほか、テレビ、ラジオなどで活動する。
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