『虎に翼』開始2カ月とは思えない濃密さ 吉田恵里香によって濃密に描かれた寅子の“幼年期”

『虎に翼』濃密に描かれた寅子の“幼年期”

 寅子(伊藤沙莉)の近しい人たちが次々と亡くなっていったNHK連続テレビ小説『虎に翼』第9週「男は度胸、女は愛嬌?」。直道(上川周作)の戦死、直言(岡部たかし)の病死、優三(仲野太賀)の戦病死。その間に終戦もあった。それぞれの悲劇をまったく違ったテイストで描き、特急で1週間を駆け抜けたどりついた先は、昭和21年11月3日の日本国憲法公布。

第13条
“すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第14条
”すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

 戦争に起因する悲劇によってすっかり骨抜きにされた寅子はこの憲法によって再び奮い立つ。

 ここでいったん、それぞれの死を思い返してみよう。直道の戦死を知らされた花江(森田望智)は泣き崩れる。彼女は両親も空襲で亡くした。戦争で夫を亡くすオーソドックスな描き方のなかで、直道の口癖「おれにはわかる」をはる(石田ゆり子)や息子たちが真似ることで、直道を悼む想いが伝わってくる。

 寅子は花江を気遣い、優三と写った写真をそっとしまい、彼の話題も語らないようにする。それを花江は気づいて申し訳なく思いながらも自分に余裕がなくそんなことしないでいいと言うまでに時間を要する。ところが、じつは優三も戦病死していて、その情報を直言がなぜか隠していた。

 直言が病に倒れ、あとわずかの命のなかで優三の死が判明し、直言は最期の力を振り絞って懺悔する。花江を気遣っていた寅子だったが、じつは同じく未亡人になっていたこと、それを知らずにいたというふたつの事実に言葉もない寅子。彼女に代わって花江が病床の直言をなじる。猪爪家の家長であった彼は「おれは弱くてだめ」と自虐しながらこの世を去る。

 これまで隠していたことを次々と明かしていく直言の場面は、向田邦子の『阿修羅のごとく』的な「地獄」を喜劇にしたかのようだった。どうしても、戦争のエピソードはしんどさがつきものにもかかわらず、一週間で一気に悲しい体験を手際よくまとめあげ、まなざしは早々に未来の希望へと向かう。

 夫の死に際し、はるは家族の最年長としての自覚であろうか、いっさい弱音をはかず、子供や孫たちのことを気遣う。その姿は石田ゆり子の存在感と相まって痛ましく美しい。納骨しないで家にお骨壺をおいているらしき様子にも言葉にしない愛情を感じた。

 はるは夫の遺品のカメラを売ってお金を作り、寅子に贅沢して心を保つように促す。そこで寅子は闇市で焼き鳥とどぶろくを注文するも、食べる気力が出ずお金だけ払って店を出る。と、お店の人(金民樹)が追いかけてきて焼き鳥を持ち帰るよう手渡す。その包み紙が日本国憲法の公布を知らせる新聞だったという仕掛けが鮮やかだった。

 ここで第1話の冒頭、河原で憲法の載った新聞を読んで涙する寅子の場面に戻るのだが、ここにもまた一手がある。第1話で、国民の平等を掲げた憲法を読んで感動しているのだと思いこんで観ていた視聴者は、いい意味で裏切られるのだ。女性の権利獲得の第一歩の喜びと同時に、寅子の優三への強烈な思慕に彩られた涙であったのだ。フラッシュフォワード(未来を先に見せる)手法はよくあるが、最初に観てきたものをミスリードさせたことには作者の意欲を感じる。

 寅子のあまりにも個人的な欲望のためだった契約結婚は、優三の尊厳をふみにじりかねないものではあったが、結果的に優三は大好きな寅子といっしょになれて子供もできて幸福だっただろう。ウィンウィンな関係であり、あの手この手で国民を縛りつけてくる厄介な制度に、ふたりはある意味勝利したのだ。憲法も改正されたし。

 ただし、その勝利には大きな犠牲が伴われた。優三は巨大で残酷な社会のシステムに倣って出征し、結果、命を落とした。まだまだ社会は人間を縛り続ける。そこに立ち向かい、真の平等を手にしなくてはならない。寅子たちの戦いはこれからなのだ。

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