『生きてるだけで、愛。』本谷有希子×関根光才監督対談ーー表現者は“共感時代”に何を描くべきか
![『生きてるだけで、愛。』特別対談](/wp-content/uploads/2019/06/20190531-ikiterudake-1.jpg)
“共感お化け”に捕まらないように
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――本谷さんは、そもそも何を描こうと思って、この小説を書いたのですか?
関根:それは僕も知りたいですね。
本谷:うーん、結構昔のことなので、自分でもあんまり覚えてないんですけど、そもそも私は、自分が面白いなとか興味あるなって思う人間を書くのが好きなんですよね。だからこの小説の場合は、「もし“寧子”みたいな女性がいたとしたら、彼女に見えている世界はどんな感じなんだろう?」って思いながら書いていったような気がするんですけど。そしたら最終的に、ああいう形になった(笑)。だから、「生きづらい人間を書こう」みたいな、そういう狙いみたいなものは、まったくなかったです。
――ましてや、「この人物に共感してほしい」みたいなことは……。
本谷:無いです無いです、まったく考えてない。そう、共感というか、むしろよくわからないからこそ、面白いんですよね。私の場合、「読者が共感するものを」って言われて書いたものは全然ダメ。そういうものを度外視したほうが、意外と共感されるんですよね(笑)。何に共感されるのかわかんないなあっていうのが、正直な感想ですね。
――なるほど。
本谷:あと、自分の中で、“共感”とか“生きづらさ”って、そもそもあんまり好きな言葉ではないんですよね。だから今回の映画も、あまり甘い匂いのする映画にはなってほしくなかったというか、生きづらい人たちのための映画みたいな感じにはなってほしくなかったんです。
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――そのあたりは、関根監督も意識されたのですか?
関根:うーん……僕自身、「共感されたい」みたいなことは、そんなに思ってないんですよね。だから、最初に本谷さんからそういう話を聞いたときに、「そうだよな」ってすごい思ったし、映画を作っているうちに、「誰かに寄り添えたら」みたいなことはあんまり関係なくなったというか、それどころではなくなってきてしまったところがあって。
本谷:作品を作るときって、目の前のことを考えるだけで一杯一杯になっちゃいますよね。
関根:そうなんですよね。でも、今回の映画の場合は、そのほうが良かったというか、その都度その都度、自分自身と向き合ったり、役者をはじめ目の前の人たちと真剣に向き合ったりしたことが、映画としての“深み”に繋がったような感じがして……結果的に、良かったんじゃないかと思っているんですよね。
本谷:でも、“共感”も“生きづらさ”も、多分この小説を書いたぐらいの頃から言われ始めた、盛り上がった言葉のような気がするんですよね。で、その後、震災があって“絆”っていう言葉が出てきたり……そう、だから今、自分がものを作っている上で思っているのは、共感されたら終わりだなってことなんですよね。それは感覚として。
関根:すごい極端ですね(笑)。
本谷:もっと正確に言うと、共感を求めるようになっちゃ終わりだなってことなんですけど。たとえば「人にこう思われたい」と思って書いた小説は、小説ではなくなる、みたいな。確かに極端だけど、でも今、世の中見てると、それぐらい思いながら作ったほうがいいんじゃないかなあって気がするんですよね。それでも絶対、共鳴する人は共鳴するだろうし……とにかく、共感を狙いにいったら終わりだっていう感覚があるんです。だから、J-POPとかでもあるじゃないですか。バーッて売れたりする曲や人々を見ると、「うわっ、(“共感”に)捕まったな」って思っちゃう。
関根:わかります(笑)。でも、自分から捕まりにいってるような人たちもいますよね?
本谷:そうなんですよね。捕まりにいったし、捕まっちゃったしっていう。特に、それが若い人たちの表現だったりすると、余計そう感じる。やっぱり今、何かを表現していくとしたら、“共感”からどう逃れるかを考えないといけないような気がします。
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――それこそ、SNSの時代になって、「フォロワー」や「いいね」の数で“共感”が数値化されるようになりました。
本谷:そうですね。でも、昔は“共感”っていう言葉が、そこまで怪しくなかったような気もするんですよね。今は何か怪しい言葉になってますよね。
関根:今の時代って、“共感”が数値化されて、お金になっちゃっているんじゃないですか。それが、売れるものとされているというか。SNSの「いいね」の数じゃないですけど、みんなに共感されれば、経済的にもどうにかなるというか、そういうことをどっか裏で考えているフシがあるんじゃないでしょうか。
――なるほど。だから“共感“という言葉に、一抹の怪しさを感じてしまうというか……。
関根:そうですね。で、僕もそういうのはすごく嫌だなと思うから、さっきの本谷さんの話じゃないですけど、若い人たちがそういうことを必死にやっているのを見ると、何かドキドキしてしまうんです。もちろん、別に僕が心配するようなことではないんですけど、「みんな大丈夫?」「全員が同じようなこと考えていて、大丈夫かな?」って思ってしまう。
――それが、先ほどの「賛否両論あったほうがいい」という発言に繋がるわけですね。
関根:あと、何か震災のあとの日本って、コンプライアンスの時代になってしまったような気がするんですよね。震災によって既存の価値観がひっくり返されて、その後は勝手に自分たちで生きるみたいな感じになっていくのかと思ったら、逆にすごくみんなで寄り添って、それこそ“絆”じゃないけど、みんなで手を繋いで、和を乱さないようにしないと生きられないみたいな感じになってしまった。
――確かに。
関根:そういう中で、何かを疑うことって、すごい大事なことだなって思うんです。「いやいや、そんなもんじゃないでしょ」とか「私はそう感じなかった」とか、いろんなことを常に疑って掛からないと、何も進まなくなるじゃないですか。それが僕は怖いので、今回この小説を映画化する際にも、そういうものは、ちょっと込めたかもしれないですね。
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本谷:“共感お化け”に捕まらないように(笑)。
関根:そうですね(笑)。
本谷:私はたとえ、その最後に救いがあったとしても、傍から見たらド不幸であるとか、そのズレみたいなものが好きなんですよ。本人たちはそこで幸せ、気付きを得た感じになっているけど、現実的に見たらよりドツボにハマってたり、間違ってたり……。主観と客観が一致しないほうが好きなんですよね。究極的にはその人たちが幸せって思えば、どんな状態だっていいわけじゃないですか。
――まあ、そうですね。
本谷:だから、他人が心配するぐらいがいいんですよね(笑)。「この人たち、大丈夫なの?」「でも、本人たちは幸せって言ってるよな?」みたいな。そうやって混乱させて、“共感お化け”に捕まらないようにする(笑)。そこは、『生きてるだけで、愛。』を書いていた頃とは、ちょっと変わってきている部分かもしれないです。だから、もし今、自分がこういうちょっとした依存関係にあるような人たちを書くとしたら、いろいろあって自立して家を出ますっていう話にはしないんじゃないかな。本人たちに何らかの気づきがあっても、状況的には明らかに悪化している話にするかもしれない(笑)。
――なるほど。最近の本谷さんの小説っぽいですね。
関根:そう、僕が本谷さんの作品を読んでいつも思うのは、すごい“足が速い”なっていうことなんですよね。
本谷:足が速い?
関根:捕まえようとすると、ものすごい勢いでパーンって走り出すというか(笑)。何かそういう感じが、いつもするんですよね。
――わかります(笑)。
本谷:なんだろう。そもそも私は、あんまり残そうと思って小説を書いてないんですよね。だから、固有名詞もあえて使うし、今書いているものも、今この時代の言葉であって、来年にはないかもねみたいな言葉であろうと、どんどん使おうと思っていて。やっぱり今を生きているんだから、その今を書かないと意味がないじゃないですか。特に今の時代ってすごいスピードで変動してる。これからいろんなことがガラッと変わっていくんだろうなっていう感じがある。そこで普遍性とか考えてても、意味ないなとか思っちゃって(笑)。来年読んだら「古っ!」ってなるのかもしれないけど、そのときの“今”が読めることには別の意味がある、“記録”っていう意味があるんだろうなと個人的には思ってるんです。
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――常にその“今”を更新し続けているというか……確かに“足が速い”ですね(笑)。
関根:そういう意味で言ったら、僕は足が遅いほうなのかもしれないですよね。だから、今回の映画で僕は、逆に古くならない“普遍性”みたいなことを、どっかで持ち込みたいなと思っていたところもあって……原作に出てくる「2ちゃんねる」的なものを、別のものに変えさせてもらったりもしたのも、そういうことなんですよね。それは、小説と映画っていうジャンルの違いもあるのかもしれないですけど、その違いみたいなものを突き合わせながらこの映画を観てもらえたら、きっとまた違った面白さがあるんじゃないですかね。
(取材・文=麦倉正樹/写真=服部健太郎)
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■リリース情報
『生きてるだけで、愛。』
6月4日(火)Blu-ray&DVD発売
Blu-ray豪華版:6,800円+税
Blu-ray通常版:4,800円+税
DVD通常版:3,900円+税
【豪華版特典】
●外装封入特典
・アウターケース
・フォトブック(28ページ)
●映像特典
・メイキング
・舞台挨拶(完成披露試写会/公開記念)
出演:趣里、菅田将暉、田中哲司、西田尚美、松重豊、石橋静河、織田梨沙、仲里依紗
原作:本谷有希子『生きてるだけで、愛。』(新潮文庫刊)
監督・脚本:関根光才
製作幹事 :ハピネット、スタイルジャム
配給:クロックワークス
発売元・販売元:株式会社ハピネット
(c)2018『生きてるだけで、愛。』製作委員会
公式サイト:http://ikiai.jp