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傑作『ザ・フォッグ』が教えてくれる、ホラー映画を語る上でジョン・カーペンターが特別な理由

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 日本の映画ファンの間では、黒沢清監督のオールタイム・フェイバリット監督としても知られるジョン・カーペンター。言うまでもなく、ホラー/SF映画を代表する名匠中の名匠なわけだが、そんなカーペンターの1980年の作品『ザ・フォッグ』が遂に日本でもブルーレイでソフト化された。90年代初期までは地上波ゴールデンタイムの洋画劇場でも再三放送されてきたホラー映画の名作だが、タイトルの通り「霧」、そして「夜」が重要な舞台となっていて、テレビの画面では夜霧の中から亡霊たちが現れる肝心のクライマックス・シーンのニュアンスが伝わりにくい作品でもあった。これまで本作を繰り返し観てきた自分にとっても、今回のブルーレイのリマスター映像の鮮明さは感動的なもので、本作の世界にあらためてじっくりと浸ることができた。

 1980年といえば、70年代後半から飛ぶ鳥を落とす勢いだったスティーブン・スピルバーグが『1941』で一時失速、同作の脚本を手がけていたロバート・ゼメキスや、役者から転向したばかりのロン・ハワードもヒットメイカーとして頭角を表す前、ホラー作品やSF作品でキャリアを築いてきたブライアン・デ・パルマが傑作『殺しのドレス』をものにしたばかり、といったような状況。要は、『地獄の黙示録』のフランシス・フォード・コッポラや『レイジング・ブル』のマーティン・スコセッシといった彼らより一つ上の世代の監督が巨匠としての道を歩み始めていた一方、ジョージ・ルーカスを含むその下の世代の若手監督たちは、SF映画やホラー映画の作り手として映画界全体の中ではまだ軽んじられていた時代だった。

 逆に言えば、この時期のカーペンターは、スピルバーグやルーカスとほぼ同列の「期待の若手監督」の筆頭格的なポジション。その後、スピルバーグはジョー・ダンテ、ジョージ・ミラー、ジョン・ランディスと共にオムニバス映画『トワイライトゾーン/超次元の体験』に参加したり、自分は脚本と製作に回ってトビー・フーパーと『ポルターガイスト』を作ったり(実際は演出もスピルバーグがしていたという噂も根強くある)、ドラマシリーズ『世にも不思議なアメージング・ストーリー』の製作に乗り出すなど、ホラーのジャンルにもこだわり続けるが、オスカー10部門にノミネートされながらも無冠に終わった『カラー・パープル』を機に、そのジャンルから離れていく。

 同世代のスピルバーグがホラーに後ろ髪を引かれつつも巨匠の道を歩んでいく一方、最新作『ザ・ウォード/監禁病棟』に至るまで全キャリア通してホラー作品、及びホラー・テイストを持つSF作品にほぼすべて捧げてきたのがジョン・カーペンターだった。また、出世作『ハロウィン』が製作費と世界興収の比率において「最も稼いだインディペンデント映画」と言われているように、低予算映画の優れた作り手として知られているが、80年代には『ゴースト・ハンターズ』などのビッグ・バジェット作品へのチャレンジはあったものの、結局キャリアを通して(本人としては不本意な部分もあるだろうが)「低予算映画の作り手」であり続けてきたというのも、カーペンターという映画作家の特異な点だ。

 映画のスコアを自分が手がけていること、スローモーションなどに頼らない即物的なアクション描写、「敵の本当の姿」を画面に一瞬しか映さない恐怖演出、登場人物たちが一つの場所に集まって、そこで「得体の知れない者たち」からの侵略や攻撃を防ぐ、いわゆる「籠城アクション」。そうしたカーペンターに特有の方法やテクニックは『ザ・フォッグ』の時点で既に垣間見ることができるが、本作を最も特徴づけているのは、全キャリアを通じてシネマスコープのスクリーン・サイズにこだわりつづけてきたカーペーンターの「構図の美学」だろう。「すべての芸術は長方形なんだ」というのはカーペンターの名言だが、まさにそんな「長方形の芸術」を確立させたのがこの作品だった。

 カーペンターが生み出した(彼は多くの作品で脚本も自分で手がけてきた)『ハロウィン』の1作目は「スプラッター映画」最初の作品として、後の『13日の金曜日』シリーズのジェイソンや『エルム街の悪夢』のフレディにも多大な影響を与えたことで知られている。その2年後に製作されたこの『ザ・フォッグ』でも、序盤ではのちの『ポルターガイスト』シリーズを思わせるような怪奇現象が街を襲うシーンがその当時としては圧倒的に新しく、改めて「ホラーのオリジネイター」としてのカーペンターの偉大さに気づかされる。しかし、本作の真骨頂はスプラッター以前のホラー映画(実は『ハロウィン』1作目も今観返すといわゆる「スプラッター描写」はほとんどない)ならではの、むしろ「怪談」と呼んだ方が相応しいようなクラシックな語り口だ。その後、多くの作品にオマージュを捧げられてきた、本作冒頭の海辺のキャンプファイアーを囲む老人(語り手)と子供たち(聞き手)のシーンは、本作が正確に映画誕生以前からある伝統的な形式としての「怪談」であることを示している。

      

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