80年代ホラーの金字塔『ハウリング』は今こそ観るべき! 特殊メイクの歴史を変えた、その革新性

80年代ホラーの金字塔『ハウリング』評

 ドラマ作品『ストレンジャー・シングス』が世界的な人気を得て、映画『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』が、現時点でホラー映画歴代興行収入1位の大ヒットを達成、日本でも若い世代を中心に話題沸騰するなど、にわかにホラーブーム到来の予感である。

 これらの作品の共通点は、「80年代」を舞台にしているという部分だ。ホラーに限らず、いまアメリカの映画やドラマ業界では、70、80年代を扱った、優れた作品が目立っている。それは、現在クリエイターとして力を持って活躍している世代が、少年時代や青年時代を過ごした年代であるからだろう。そして、その時代に観た映画こそが、彼らの作家性に大きな影響を及ぼしているはずである。つまり、現在ブームを巻き起こしつつあるホラー映画の原点が、80年代のホラー作品にあるのだ。

 『13日の金曜日』、『死霊のはらわた』、『エルム街の悪夢』、『バタリアン』、『チャイルド・プレイ』など、80年代はホラー映画の有名なタイトルが数多く生まれている。これらは第1作が人気となり続編が多数作られたシリーズ作品でもある。8作まで制作された、狼男を題材とした『ハウリング』も、もちろんそのシリーズ作品の代表的な一つだ。ここでは、その第1作、2作の、日本で初めてとなるブルーレイ版発売に合わせ、この対照的ながら伝説となった2作品の内容をじっくりと紹介していきたい。『ハウリング』を観ることは、いまのホラー映画の原点への探訪である。

 まず感激するのは、ブルーレイならではの画面の美しさだ。DVDに比べ詳細な表現が可能になったため、スクリーンに投影された際に見られる、フィルムの微小な粒子が揺れ動く美しさを感じることができる。アナログフィルムの美しさをデジタル技術によって再確認するというのも不思議だが、劇場での上映に近い質感の映像を楽しめるのは嬉しい。

特殊メイクブームを生んだ第1作『ハウリング』

 ホラー映画の題材として、制作当時「狼男」は人気がなくなって久しい存在だったという。そこで、その古いモンスターを使って、視覚効果を駆使した現代的なスラッシャー映画として甦らせてみようというのが、本作のねらいである。最も評価されたのは、なんといっても人間が狼男に変身する過程をじっくりと見せる描写であった。顔が変形して鼻が伸びていくという場面を、クロスフェードなどの画面転移でごまかすことなく、そのまま見せ切っているのである。スタッフの一人であるディック・スミスは、特殊メイクの下に空気袋を仕込み、ポンプで空気を送り込むことによって、狼男の描写に圧倒的な生々しさを与えることに成功した。従来のメイクの枠を大幅に超えた技術は話題を呼び、ハリウッドではその後、特殊メイクを使った作品が増加することになった。


 本作の視覚効果をまず担当したのが、メイクアップ・アーティストのリック・ベイカーだった。『キングコング』(1976)、『スター・ウォーズ』シリーズ、マイケル・ジャクソン『スリラー』のミュージック・ヴィデオ、『メン・イン・ブラック』シリーズを手がけた、特殊メイク界の「マスター」と呼ばれる人物である。だがベイカーは、そのときたまたま同じような試みをしていたジョン・ランディス監督の求めに応じ、『狼男アメリカン』に参加するために現場を離れなければならず、『ハウリング』には後任として自分が指導していたロブ・ボッティンを紹介し、自らは仕事の出来をチェックするコンサルタントを請け負うことになった。

 ロブ・ボッティンもまた、本作での仕事が評価され、『遊星からの物体X』、『ロボコップ』シリーズ、『ミッション・インポッシブル』など、特殊メイクの達人としてキャリアを積んでいくことになる。特殊メイクは、CGが出現してからも、「実物」のリアリティを求められる映画作品に必要な「現役の技術」なのだ。

 伝説となった本作の監督を務めたのは、後に『グレムリン』や『インナースペース』などのヒット作を手がけることになるジョー・ダンテである。ジョージ・ルーカスやスティーヴン・スピルバーグと同世代の彼は、自身がホラー映画とアニメーション作品のマニアであることが象徴しているように、恐怖表現とユーモラスな表現を同時に描くことができる希有な映画作家の一人だ。それが最大限に花開いた『グレムリン』では、ディズニーの劇場アニメ『白雪姫』が劇中で流れる印象的なシーンがあったように、本作でも登場人物が狼男に襲われるシーンで、テレビに映ったアニメーション作品"The Big Bad Wolf"の映像が流れる。

 ジョー・ダンテ監督は、「B級映画の帝王」と呼ばれる、映画プロデューサーのロジャー・コーマン門下として低予算作品の編集を手がけ、本作で監督としての出世を果たした。リドリー・スコット、スティーヴン・スピルバーグ、ジェームズ・キャメロン、ピーター・ジャクソン、ギレルモ・デル・トロなど、視覚効果への意識が強く、圧倒的な映像表現によって、ハリウッドの娯楽映画を牽引してきた監督たちは、キャリアの初期に、やはり低予算のホラー、スリラー映画を手がけている。ジョー・ダンテ監督も、彼らの系譜に連なり、その後もジャンル映画を手がけ続けてきた作家である。『ハウリング』は、そんな監督がブレイクしたという意味でも伝説の一作といえる。

歴史的迷走作品『ハウリング II』

 さて、『ハウリング』の成功を受け、フィリップ・モーラ監督にバトンタッチした第2弾『ハウリング II』は、とんでもない作品になった。チェコスロヴァキアの不気味な古城の風景、狼男、狼女たちの大乱交シーン、そこにパンクロックのライヴシーンが断続的に差し挟まれる、ゴシック・ホラーとセックスとロックが同時に描かれていく、カオスとしか言いようがない内容になっていたのだ。

 最も印象に残るのは、映画でセクシーな役を無数に演じてきた、セックス・アイコンのシビル・ダニングが演じる狼人間の女王役のセクシー・ショットである。情欲が高まり、勢いよく胸をはだけてトップレスになるカットが、編集によって、なんと17回も使われている。本作の鑑賞者は、永遠に続くのではないかと思われる、彼女の胸が露わになる場面を目にすることになるのだ。『悪魔のいけにえ2』や『死霊のはらわた II』など、2作目でぶっ飛んだ内容になったホラー作品は多いが、ここまでのカオスに陥った作品も珍しいだろう。

 本物の古城を使ったシーンは非常に美しく、アメリカにはないヨーロッパ文化の息吹を感じる部分である。当時は冷戦下で東側陣営であった、ロケ地のチェコスロバキアでは、撮影クルーはスパイであることを疑われ、KGBによる監視や、アメリカへの国際電話が盗聴されるなどの劣悪な環境に置かれ、おそらく人件費による撮影日数などの問題もあり、現地での撮影は昼夜を問わず、かなり過酷なスケジュールで行われたということだ。その極限状況と、「早く帰りたい」という切迫感が、画面からひしひしと伝わってくる。

 そして、ドラキュラ伯爵の役で名を馳せた名優、クリストファー・リーが演じるのが、吸血鬼ハンターならぬ「狼人間ハンター」である。狼男を題材にした映画は初めてということで出演した彼だが、その後、ジョー・ダンテ監督と仕事で出会った際に、俳優という立場にも関わらず、作品の出来について謝罪をしたという。本作はそこまでハチャメチャだったのである。しかし、そこまで狂った内容だからこそ、本作は一部で熱狂的に愛され、他になかなか類を見ないカルト映画としての価値を獲得しているといえる。

≪最終盤≫の映像特典から分かる作品の舞台裏

 『ハウリングI・II≪最終盤≫』 として、本作と続編がセットとなっているBOX仕様のバージョンでは、32ページのブックレットに加え、特典映像がたっぷり詰まったディスクも封入される。その特典映像では、ジョー・ダンテと同じくロジャー・コーマン門下生であり、本作の編集を手がけたマーク・ゴールドブラット(後に『ゾンビコップ』を監督)や、脚本家テレンス・H・ウィンクルスの興味深いインタビュー、現在のロケ地探訪、そして当時話題を集めた、狼男の変身シーンの舞台裏を紹介している。

 個人的に印象に残ったのは、第1作において狼男を人形アニメーションで表現した長い映像を苦心して製作したのに、本編ではほんの少ししか使われなかったという、後に『ミクロキッズ』や『ロボ・ジョックス』などでも辣腕を振るった、コマ撮りアニメーションの名手、デヴィッド・アレンのインタビューである。特殊メイクで脚光を浴びたスタッフの陰で、このように報われない思いをしていた人物もいたという事実は味わい深い。

 『ハウリング II』の方は、なんといっても、シビル・ダニングのインタビューがエキサイティングだ。彼女もジョー・ダンテらと同じ年代のはずだが、現在も妖艶な魅力を発しているのが素晴らしい。ここでとうとう、繰り返されるトップレスのシーンの謎が、彼女の口から明かされるのである。彼女は試写でこの演出を見て激怒し、監督に抗議したという。交渉の結果、このシーンの「繰り返し」は、17回まで減らすことができたのだとシビルは語る。17回でも頭がおかしくなる感覚を味わったのに、もともとは一体何回あったんだ!? と考えると、だんだん怖ろしくなってくる。このセクシー・ショットが何度も作中で使われた意図などは、実際にインタビュー映像を見て確認してほしい。

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