『映像研』大童澄瞳 × 『少し長めの一瞬』熊倉献 初対談 “リアリティを宿す漫画術”とは?

『ブランクスペース』で知られる漫画家・熊倉献の最新短編集『少し長めの一瞬』(東京創元社)の発売を記念し、『映像研には手を出すな!』(小学館)の著者である漫画家・大童澄瞳との初対談が実現した。作品への深い観察眼を持つ同世代の二人が、互いの作風へのリスペクトや創作の裏側を語り合う。短編漫画における「着地の美学」から、緻密なキャラクター設定、作品に息づくリアルな動きや表現の工夫まで、創作の苦悩と愛に溢れた議論を繰り広げた。日常と隣り合わせの不思議を描く熊倉作品を大童はどう読んだのか。
一度も話したことがない同級生のような存在

――おふたりは本日が初対面とのことですが、互いの活動や作品にはどんな印象を持たれていましたか。
熊倉献(以下、熊倉):同世代で、デビューした時期が近かったこともあり、私は大童さんのことを勝手に“一度も話したことがない同級生”みたいに思っていたんです(笑)。ヘンに意識しすぎてしまい、構えてしまって大童さんの作品を読めずにいた時期もありました。
大童澄瞳(以下、大童):あー、わかります! すごく気になるんだけど、本格的に漫画を描き始めると、人の漫画って読みづらくなっちゃいますよね。
熊倉:そうなんです(笑)。だから最近になって一気に読ませていただいたんですが、本当に素晴らしくて。私自身は機械とかメカに興味がなくて一切描けないので、『メカが好きな人の脳内ってこんな感じなんだ!』と感動しました。
大童:僕は一方的に熊倉さんの絵が好きだったんですよね。自分自身は恋愛の描写が描けないので、それをちゃんと描ける作家さんだなと思って読ませていただいていました。作中に独特で不思議な世界観やSF、ファンタジーが入ってくるのもすごく好み。鋭さを感じつつ、いつもすごく刺激を受けていました。
熊倉:嬉しいです。実は私、高校生の頃にアニメを作っていたことがあるんです。デザイン学科のある高校に通っていたんですが、3年生の時に選択で映像の授業があって。長編アニメの『予告編』という設定で、短い映像を作りました。『映像研には手を出すな!』を読んで、その頃の感覚を思い出しました。
大童:えっ、そうだったんですね! チャレンジしたい世界や憧れが目の前にあるけれど、高校生のお財布事情や時間じゃ長編なんて到底作れない。だから最初は「予告編」を作る形になるんですよね。
「居酒屋のコマ送りがカッコいい」。漫画家視点で好きなシーン

大童:短編『切り絵宇宙の人々』は切り絵をしている描写がありますよね。あれって、本当にご自身で切り絵をされたんですか?
熊倉:そうですね、カッターとハサミでチョキチョキと作画しました。時間と手間が恐ろしくかかったので、もう二度とやりたくないですけど(笑)。
大童:やっぱりそうだったんですね、すごいなあ。切り絵で漫画を作るっていう発想としては「誰でもやる可能性があったはず」なのに、面倒くさすぎて誰もやってこなかったじゃないですか。
熊倉:私はそういうことに挑むのが好きなんですよね。好奇心が勝っちゃうというか。
大童:その熱量が誌面から伝わってきます。あと僕は、熊倉さんの線の滑らかさと「動いている途中」の絵の切り取り方がすごく羨ましいんです。
たとえば『いさなとり』の17ページに、男性がグラスを持って喋っているシーン。グラスを口につけて、喋りながら少しずつグラスを下ろしていって、手にフォーカスしていくというコマ運び。こう、動きで時間経過を表す作り方がカッコよすぎますね。
熊倉:そんなマニアックなところまで見ていただいて嬉しいです(笑)。
大童:僕自身、リュックを背負う途中に、手が後ろに回る不格好な瞬間とかを描くのが大好きなんです。でもそれって、アニメのコマ送りみたいで描くのがものすごく大変。熊倉さんの漫画は、そういう微妙な体の動きや空間の余韻がものすごく滑らかに繋がっていて、時間を生み出す技術が本当にすごいなと感じます。
作品ができるまでと、短編漫画における着地の美学

――作品のアイデアやネームは、普段どのように組み立てられているのでしょうか。
大童:僕はネームにめちゃくちゃ時間がかかるタイプです。最初に編集さんと大まかな方向性を決めたら、あとはずっと家で寝ています。
熊倉:寝るんですね(笑)。
大童:はい、目をつむってずっと考えて、目覚ましてちょっとメモしてまた目をつむって、みたいなサイクルをずっと続けて、締め切りが近くなったタイミングでそれまで考えていたものをまとめて送る感じです。熊倉さんはどうですか?
熊倉:私も同じかもしれません。何かきっかけになるアイデアが出てくるまで描けないので、横になってずっと考えています。傍から見たら『この人、1日中何もしないで転がっているな』と思われるくらい何もしていなくて(笑)。
大童:いやー、そうですよね、分かります(笑)。ノートが開いて置いてあっても白紙のままで。
熊倉:そうなんです。たとえば文字の形をした家に住む『口口口口口』のように、漢字を家にするという決定的なアイデアや、シーンとシーンの間をうまく繋ぐピースがパッと浮かんできたら、スッと一気に描けるようになるんですけど。それが出てくるまでは本当に苦しいですよね。
大童:うんうん。苦しいぶん、ピッタリハマるコマや展開が見つかった瞬間はめちゃくちゃ嬉しいんですけどね。今回、短編集『少し長めの一瞬』を拝読して、僕自身も「短編を描いてみたい!」という気持ちがフツフツと湧いてきたんです。でも、いざ想像すると、「うわ、短編ってめちゃくちゃ難しいぞ」とひよってしまって……。
熊倉:ええっ、そうなんですか?
大童:短編ってしっかりしたオチや着地点が必要じゃないですか。熊倉さんの短編は、登場人物たちが不思議な納得感を抱いたまま終わったり、ぼんやりとした切なさや美しさが綺麗にまとまっている。これって作家の技量が問われる部分だと思うので、自分が短編をやろうとしても再現できるのかなと不安になりましたね。
熊倉:私としては、今作は文芸誌(東京創元社の『紙魚の手帖』)に掲載される作品だったので、読者の方が新聞に掲載されている4コマ漫画『サザエさん』や『コボちゃん』を読むような気楽さで楽しめるものにしたいと思っていたんです。だから、後味がすっきりまとまるように心がけて描いていました。
大童:『サザエさん』や『コボちゃん』!その軽やかさがありつつ、読後に深い余韻が残るのが本当に素晴らしいです。
キャラクターの奥に潜む緻密なバックボーン
熊倉:大童さんの『映像研』を読んでいて感じたのが、部活以外の学生生活——例えば授業中の退屈さとか、委員会活動、休日に親に無理やり墓参りに連れていかれて絵が描けない苦しさ……みたいな描写がほとんど描かれていない潔さがあるなと。私だったらそういう部分を膨らませて描いちゃいそうだなと思うんですが、描くもの・描かないものの割り振りはどう決めているんですか?
大童:実は『映像研』はかなり打算的に描いている部分があって。連載直前に映画『シン・ゴジラ』が公開されたんですが、あの作品って足を引っ張る人物が一切出てこないじゃないですか。かつてのアニメ制作の先人たちみたいに、強烈にパワフルな人間たちがただ好き勝手に自分の突き詰めたい道を進んでいく。そういう爽快感を描きたかったので、あえて雑音になる日常要素を削ぎ落としていたんです。
熊倉:なるほど、あえて引いていたんですね。

大童:ただ、浅草氏のテストの点数で得意・不得意の極端なギャップを描いたり、人工内耳をつけた人物を描いたりしています。表立って説明はしなくても、キャラクターの奥行きや生活感を出すためのバックボーンはすごく細かく考えて作っていますね。
熊倉:随所にそういった設定をちりばめているんですね。『映像研』最新10巻で登場する綿引氏って、体育館履きを忘れちゃうといった細かなことで自己評価が下がってしまうキャラクターですよね。ちょっと通ずる話題なのですが、私、今日の対談用の資料や電子書籍が入ったタブレットを自宅に丸ごと置いてきてしまって……(頭を抱える)
大童:うわあ、大事なものを忘れちゃうの、すごくわかります!
熊倉:もう自分でも嫌になっちゃいます(笑)。でも、ちゃんと生活しきれていない不器用な設定って、すごく共感できるし愛おしいんですよね。
大童:僕も忘れ物が怖すぎて、カバンの中に非常用の救急セットやライト、メモ帳、非常用現金、頓服薬まで全部詰め込んでサバイバル仕様にしています。旅行もこれ一つで行けるくらい備えているんですけど、それでもたまに何か忘れちゃう。人間ってそういうダメな部分も含めて愛おしいですし、漫画で描きたくなるテーマですよね。
『少し長めの一瞬』を語り尽くす
――『少し長めの一瞬』は、バラエティ豊かな9つの物語が収録されている短編集です。大童さんが特に惹かれたエピソードについて教えてください。
大童:本当にどの話も最高で、どれかひとつに絞るのが難しいんですけど……(ページをめくる)。
熊倉:読む方によって、好きな話がバラけるような一冊にしたいと思って作ったので、嬉しいです。
大童:例えば『左利きの帝国』。右利き中心の社会に対して、左利きの人たちが密かに結社を作って抗っているという話ですが、彼らの抵抗が小さくて些細で、めちゃくちゃ可愛いんですよね。本人たちにとっては大真面目なのが愛おしくて仕方ないです。
熊倉:くすっと笑ってもらえたら嬉しいですね(笑)。
大童:あと『アシアトカクシ、オオユキフラシ』も大好きです。雪山に現れて人間の足跡を消して遭難させる怪物なんですけど、その手段が足跡を消すだけという素朴さ。切なくて静かなストーリーが本当に素晴らしい。
熊倉:妖怪や伝承の不気味さと素朴さを描きたかったエピソードですね。
大童:それから表題作の『少し長めの一瞬』。僕は昔から『エマノン』シリーズ(原作:梶尾真治、漫画:鶴田謙二)が大好きなんです。太古のアメーバの時代からずっと記憶を引き継いで生き続けている存在を描いたSFなんですけど、『少し長めの一瞬』を読んだ時に「あ、エマノン系の話だ!」と感動して。
熊倉:おお……!
大童:記憶を何億年も引き継ぐロマンを描きつつも、熊倉さんの作品では相手を食欲に負けて食べちゃったり、好奇心で突き落としたりする(笑)。あの独特なブラックユーモアと切なさに化けるのがすごいです。“記憶を引き継ぐネタ”は自分でも描いてみたかったんですが、この作品を読んだので僕はもう描けなくなりました! 熊倉さんが完璧な形で描いてくれたので、読む側に回ります(笑)。
熊倉:そんなそんな、恐縮です(笑)。
大童:あと『レーザービーム・ステッチ』も最高でした。腕が4本ある彼氏のために、彼女が服の袖を4本にリメイクしてプレゼントしようとするお話です。こういう、日常の中に自分が知らないだけで、誰かのリアルな生活があるっていう想像をすることとかがすごく好きですね。たとえば手のつなぎ方とか、作中にも出てきましたが、オリジナルのつなぎ方があったりするのかなとか。そういうこと僕もよく考えます。『映像研』でも、人工内耳をつけていたり、身体障害に対する今はまだないアプローチみたいなことを想像してくことに関心がありますね。熊倉さんの作品には架空の生き物や異星人がたくさん登場しますけど、描き方が本当に生き物好きの視点、本気で生き物を観察していないと描けないものだと思います。
熊倉:生き物は昔から本当に大好きなんです。作中に登場する妖怪や怪獣、異星人たちも、特別に怪しい存在としてではなく、この世界に普通に生きている存在として描きたいという気持ちが強くて。
大童:だからこそ、SFの設定なのに、登場人物たちの感情や生活に妙なリアリティが宿るんですね。読んだあとに、日常の中の愛おしさがじんわり残る。本当に宝箱みたいな短編集だなと感じます。『映像研』の世界にも、本当は宇宙人がいるんです。
熊倉:そうなんですか!
大童:実はいるんです。でも、今そっちを描くターンではないので表に出てきていないだけで。
熊倉:今、実は連載準備中の話で。今まではずっとこの現実を舞台に少し違うところにいる人々を描いてきたんですけど、新しい連載では何かちょっとずれた架空の日本、日本史みたいな設定を作らなくちゃいけなくなっていて、すごく苦しんでいます。
大童:設定は、一度できたらあとずっと使い回せるので頑張りどころですよね。とはいえ、後から足すのも、新たな設定を割り込ませることも可能ですから。 僕は映像研が2050年代ぐらいを舞台にしているというのは後から適当に決めて、それまでの話から整合性を取れるように読み返したりとかしながら作ってきました。きっと、大丈夫だと思います……!
熊倉:なんだか救われる気持ちです(笑)。今日はお話できて嬉しかったです。ありがとうございました!
大童:こちらこそ、新しい連載も楽しみにしています!
■書誌情報
『少し長めの一瞬』
著者:熊倉献
価格:990円
発売日:2026年8月31日
出版社:東京創元社

























