『聖闘士星矢』なぜ規格外の成功を収めた? 現代のファンダム文化にも通じる、そのエポックメイキングな作風

『聖闘士星矢』なぜ規格外の成功を収めた?

 『リングにかけろ』『風魔の小次郎』『聖闘士星矢』など数々の大ヒット作を生み出してきた漫画家・車田正美氏が、先日、元経理担当者から“46億円超”にも及ぶ巨額の横領被害に遭っていたことを告白し、世間に大きな衝撃を与えた。著名人が巨額の金銭被害に遭った過去の例としては、1998年頃に話題となった矢沢永吉氏の35億円詐欺・横領事件などが挙げられるが、この規格外のスケールは「スーパースターだからこそ巻き込まれてしまう事件」と言えるだろう。

 この莫大な金額は、車田氏の代表作がいかに巨大な富を生み出したかという証左でもある。そこで今回は、その金額の大きさから改めて『聖闘士星矢』がどれだけエポックメイキングな作品だったのかを、評論家のさやわか氏に聞いた。

 さやわか氏がまず指摘するのは、『聖闘士星矢』が現代の「推し文化」や二次創作の隆盛に繋がるファンダムカルチャーの先駆者であったという点だ。

2015年発売の『月刊チャンピオンRED』の付録となった「高河ゆん『星矢』同人作品傑作集」

「車田正美氏は1984年に発表した『男坂』という意欲作が短期間で連載終了となった後、読者層やアニメ化を強く意識し、路線を変更して本作を生み出しました。そこで描かれたのは、クールで熱い美少年・美青年たちが戦うという、『風魔の小次郎』までに培った路線をより強化した、現在のイケメンバトル漫画の走りとも言えるスタイルでした。これがメインターゲットの少年たちのみならず、女性層の心を見事に掴み、同人誌などの二次創作カルチャーが爆発的に盛り上がるきっかけになりました。

 車田正美氏に関連する同人誌の周辺界隈からは、80〜90年代の同人カルチャーを牽引した高河ゆん氏をはじめ、多くのプロ漫画家も輩出されていきました。その後、彼女が同人イベントに参加する際のスペース拡張のために作られたダミーサークルが後の「CLAMP」結成へと繋がったという伝説的なエピソードもあるほどです。高河ゆん氏のほか、手代木史織氏などは、後に公式のスピンオフ作品や外伝を手掛けるようになっていて、ファンが作り手に回り、作品世界を拡張していくという意味では、まさに現代のファンダムカルチャーの雛形となった作品と言えそうです」

 『聖闘士星矢』は玩具展開やゲーム化などでも大成功を収めており、現代で言う「IP(知的財産)ビジネス」の先駆けであったことも重要なポイントだ。

理不尽なほどの難易度の高さで全国の少年たちを泣かせた『聖闘士星矢 黄金伝説』

「80年代後半、ジャンプ作品のアニメ化が巨大なビジネスになり始めた時代において、『聖闘士星矢』はホビー文化と完璧にマッチしていました。その象徴が1987年に最も売れた男子向け玩具となった『聖闘士聖衣大系』(※メイン画像)で、星座や動物のオブジェがキャラクターの戦闘服へと変形するギミックは、全国の少年たちを夢中にしました。

 また、物語の構造自体が極めてゲーム的であったことも画期的で、「十二宮編」では十二宮を守る強敵を1人ずつ倒していくというボスラッシュ的な展開が用意されていました。この設定はそのまま大ヒットしたファミコンソフト『聖闘士星矢 黄金伝説』(1987年)で再現されています。さらに『聖闘士星矢』の世界には、青銅(ブロンズ)、白銀(シルバー)、黄金(ゴールド)という明確な階級制度があり、格下が最強の黄金聖闘士を打ち破るジャイアントキリングのカタルシスがありました。こうした世界観の構造化は、のちの『ワールドトリガー』や『鬼滅の刃』などの大ヒット作にも通じるものだったと思います」

 『聖闘士星矢』の凄さは、日本国内にとどまらない。さやわか氏は、「海外での熱狂的な人気は今なお健在であり、世界的に愛され続けている」と語る。

「『聖闘士星矢』は、ギリシャ神話や88星座といった世界中で通用するモチーフを採用している点もポイントです。この普遍的な世界観のおかげで国境を越えて受け入れられやすかったのだと思います。何年か前にタイのショッピングモールに行ったら本作のフィギュアが売られており、アジア圏から欧米に至るまで根強いファン層があるのを実感しました。

 2019年には、Netflixで新たに3DCGアニメ『聖闘士星矢: Knights of the Zodiac』が配信されて、日本の視聴者からすると「なぜ今のタイミングで?」という感覚があったかもしれませんが、海外ファン層の圧倒的な厚さがあるからこそ実現したプロジェクトだったのでしょう」

 『聖闘士星矢』は、ファンダムカルチャー、メディアミックス展開、グローバルな世界観の構築など、現在のエンターテインメント・ビジネスにおいては定番となっている要素を約40年も前に先取りしていた、まさに「巨塔」と呼ぶべき作品である。46億円という途方もない額は、このエポックメイキングな作品が生み出した巨大な経済圏のほんの一部に過ぎないのかもしれない。

 車田氏は、もし横領されたお金が戻ってきたら全額寄付する意向を示しているという。さやわか氏は、そんな車田氏を「本当に男気の人であり、そういう姿勢を見せるところがかっこいい」と評した。日本のエンタメの礎を築いた漫画家の規格外のスケール感と生き様は、その作品同様に、これからも多くの人を惹きつけてやまないだろう。

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