3度目逮捕のラッパーD.Oに息づく「手塚治虫DNA」 自伝から読み解く“リアル”と“アート”

ラッパーのD.Oが麻薬取締法違反の疑いで逮捕されたというニュースが、7月7日に飛び込んできた。報道によれば、今年4月、新宿区大久保の路上で乾燥大麻とコカインをそれぞれ微量所持した疑いが持たれており、本人は取り調べに対して「自分のものではない」と容疑を否認しているとのこと。
報道内容以上の詳細は不明で、これから起訴されるか否かもわからない。なので、今回の件について現段階ではこれ以上コメントのしようがないが、逮捕自体は彼がラッパーとして世に知られるようになって以降3回目ということになる。これまでの1回目、2回目の逮捕は、その前後もふくめてじつにドラマチックな展開を見せた。
この記事では、彼が2019年に出版した自伝『悪党の詩』(彩図社)を中心に著書や関連本を読み解きながら、これまでのストーリーも含めて「ラッパーD.Oとはどのような存在か」を紹介したい。
「いいぜメーン」でお茶の間は爆笑

リアルタイム組もそうでないひともご存じの方は多いと思うが、念のため「いいぜメーン」の件を振り返る。“事件”が起きたのは、2007年9月に放送されたバラエティ番組「リンカーン」内のパロディ企画「世界ウルリン滞在記」。お笑い芸人の中川家・剛が、練馬のヒップホップ集団「練マザファッカー」と1週間を過ごし、ラッパーの文化を知るという内容である(ちなみにパロディ元の「世界ウルルン滞在記」は、芸能人が海外で異文化に触れる番組だった)。
冒頭で剛はいきなりいかついラッパーたちのなかに放り込まれ、すごまれる。ただ、なかでもコワモテのスキンヘッドの男(bay4k)が、「ふざけた企画だけど、うちのボスがOKって言うなら受け入れてやってもいいよ」という。そこで場所を移し登場するのがD.Oだ。三つ編みの長髪にグラサンというインパクト抜群のルックスで、大柄の身体をかがめてたたずんでいる。よくわからないがヤバそうな男が出てきた、とだれもが思った。「お願いします」と頼む剛。「……」と無表情でしばし沈黙するD.O。やばい、どうなるんだ……。からの、あの鼻にかかった意外と甲高い声で「いいぜメーン」。見事な緊張と緩和、スタジオやお茶の間は大爆笑、という流れである。
この放送を機に「ディスる」という言葉が世に広まるなど、本来アンダーグラウンドな存在である彼らの知名度は跳ね上がった(それこそなにも知らない地方の野球小僧だった筆者も「こんなひとたちがいるんだなあ」と思った)。
当時のD.Oがどういうフェーズだったかというと、前年にファースト・アルバム『JUST HUSTLIN’ NOW』をリリースしたばかり。自伝から引用すると、「合法/非合法を問わず金を作っている、つまり今まさにハッスルしていて、そんな僕の名刺代わりとして出すもの」として作られたアルバムだ。そこでのラップの内容は、「地元のこいつはブッ刺されたのに敵から逃げなかったとか、あいつはパクられても僕らのことを密告(うたわ)なかったとか、僕がフッドからのし上がろうとしている今も懲役に行っている仲間がいるとか」である。要はゴリゴリのギャングスタ・ラップのアーティストが、お茶の間に迷い込んできていたのだ。
その後のストーリーもざっくりとだけ振り返っておこう。D.Oは「リンカーン」で爆上がりした知名度と自身のスタイルを武器にメジャーデビューアルバムの制作にまでこぎつけるが、発売直前の2009年に逮捕。判決は執行猶予付きとなるものの有罪、メジャーデビューもポシャるなど多くのものを失う。しかし、復活の名曲「I’m Back」をきっかけに、いまや盟友とも言える同世代のラッパー・漢 a.k.a. GAMIが主宰するレーベル9SARI GROUPに加入、リアルなラッパーとして順調に活動継続。と思っていたら、2018年に2度目の逮捕。今度は実刑判決を受け、2019年から約2年の服役。とはいえ、のちに単行本化される獄中記『JUST PRISON NOW』(彩図社)が協力者の手でnote連載されるなど不屈の姿勢で話題を振りまきつづけ、出所したのちはまたまた幅広く活躍、24年には約10年ぶりのアルバム『Rain』も発表した。と思っていた矢先、このたび3度目の逮捕、ということになる。
“リアル”と台本のせめぎあい
では、そんなD.Oとはどんな存在なのか。自伝『悪党の詩』では、幼少のころから二度目の逮捕に至るまでが描かれており、とにかくワルかったりときに笑えたりする地元エピソードが連発される。幼稚園のマサルは高級車を見つけたら窓をバリバリに割って遊ぶヤツだったとか、小学生の仲間は自衛隊朝霞駐屯地にロケット花火を打ち込んで遊んだりゲーセンで強盗(タタキ)のようなことをしてたとか、自身は中学生時代ケンカの相手を鉄パイプでボコボコにしてそのとき初めて逮捕されたとかいった話が、定時制高校に通っていたとき地元の極道に「ヤクザやるか、ラップで音楽家になるのか――。今ここで選べよ」と迫られるエピソードへとつながり、そこからラッパーとしての下積みと成功と苦難の物語にシームレスにつながっていくのだ。
ピカレスク・ロマン的な興奮でどんどん読み進めさせるこの自伝は、シンプルに読み物として面白い。思えば、彼と近い世代で親交も深いラッパーが書いた自伝はどれもそうだ。漢 a.k.a. GAMI『ヒップホップ・ドリーム』(河出文庫)やANARCHY『痛みの作文』(ちくま文庫)がそれに当たる。自らの境遇をリアルにラップすることと自伝を書くことが、根本的に近い営みだからだろう。
しかし他方で、D.Oが語るエピソードひとつひとつをどれくらい“真に受ける”べきかは微妙な問題だ。もちろん、本人に聞けば「全部リアルだってハナシ、当たり前だろメーン」というであろう。しかし、その一方でD.Oは、(レジェンドラッパーのRINOやTWIGYを師匠にした下積み時代を振り返りつつ)こうも書いている。
僕はTWIGYの動きを見て、ラッパーとして武装しておかなきゃいけないことをひとつずつ手に入れていった。音源やミュージック・ビデオはもちろん、メディアに出た際の写真撮影、インタビューの受け答え、さらにはラッパーとしてのキャラ設定など、すべて自分の中で台本を緻密に作っておかなければいけないということを学んだ。
キャラ設定や台本といった言葉が堂々と書かれていて興味深い。もちろん、D.Oのリリックやストーリーは“リアル”なものだ。そうでなければ、耳ざといヘッズたちに“フェイク”だとジャッジされ、ここまで支持を獲得していないだろう。彼が“リアル”かどうかは、リリックでも言われているとおり「分かる奴だけ分かればそれでいい」(「FUCK THE INFORMERS」)たぐいのものである。
野暮を承知でさらに言い換えれば、「“リアル”か否か」と「みみっちい“ファクト”か否か」は別の問題だ、という表現もできるかもしれない。D.Oは自らのラップについても、「僕は[アドリブではなく]しっかりとスタジオ・ワークして細かく作り込むスタイルが好きだ。なぜなら、そのやり方を最初にTWIGYに見せてもらったから」とつづって高らかに“計算派宣言”をしている。
この姿勢は、じつはさきほど触れたバラエティ番組でも共通していた。D.Oはがんがんぶっちゃける。
あれは実際、番組側による演出。(中略)「世界ウルリン滞在記」はドキュメンタリー的な企画なんだけど、いろんな“仕込み”の元に話は進んだ。/僕は常に裏方目線も持って音源やミュージック・ビデオを作ってきたから、そういうバラエティ番組のあり方はわからないでもなかった。(中略)それどころか、番組側が用意した台本に「そんなんじゃ、笑いとして全然甘いんじゃないっすか? こうしたほうが絶対面白いっすから」ってどんどんと口を出すようになった。
あの番組の視聴者の何割かは当時、「なんかキャラ芸人みたいな感じのひとなのかな」と思ったかもしれない(筆者もそう思った)。そんな一般人の感想とは裏腹にD.Oはリアルにハッスルする怖いラッパーだったわけだが、とはいえ多くのひとが直感したとおり、彼は旺盛なサービス精神をあの場で発揮していた。そのサービス精神も含めて彼の“リアル”なのだ。
漫画とアニメの聖地・練馬
D.Oと“リアル”の関係を考えるうえでおもしろいのは、彼のルーツである。じつはこの自伝はこんな文章から始まる。
僕の名前はD.O。「デンジャラス・オリジナル」を略したものだ。本名は須藤慈容(しげやす)、今は訳あって嫁方の姓を苗字にしている。慈容は「じよう」とも読めるけど、親父が『明日のジョー』(1967~73)から拝借して考えたものだ。
漫画からつけられたという本名。では両親はどんなひとだったかというと、なんともともと手塚治虫のプロダクション=虫プロで働いていたとのこと。住んでいたのも、あの漫画とアニメの聖地・大泉学園だったという。「小学4年生の頃だったかな、オサム先生が亡くなって、僕もお通夜に参加した」ともD.Oはつづる。練マザファッカーが歩いていた地元が大泉学園だったと聞くと、その光景がすこしちがったかたちで脳内再生されてくるかのようだ。

そんな彼の“もうひとつの姿”をより直接的に捉えたドキュメントもある。雑誌『散歩の達人』(交通新聞社)の24年6月号「みんなの練馬」特集である。「D.Oが語る、HOOD・練馬の半世紀」と題されたリラックスしたインタビューで、彼は自身のビジュアルへのこだわりにアニメや漫画の影響があるかを尋ねられ、こう答えている。
完全に治虫DNAを受け継いでるね。先生のすごさは自分の信念を曲げないこと。僕も、自分のアートを妥協せずに納得いくまで作り上げたいんだ。
手塚治虫のDNAを受け継いで妥協せず作りあげる“アート”――。そこにはラップも、ラッパーとしての立ち居振る舞いも、自身の人生と生き様も、それをつづった自伝や獄中記も入るのだろう。彼にとってすべては“アート”なのであり、“リアル”とはそれの強度のことにほかならない。
最後に冒頭のニュースに戻ろう。ラッパーの人生という“アート”をつくりつづけてきたD.Oは今回で3度目の逮捕となった。前回の出所後、D.Oはこう歌っていたというのに。「一晩中降り続いた雨が何もなかったように止んだ朝/改めて誓ったことがあるいくつか/リスペクトを忘れないとか/全部を愛することとか/もう二度とパクられないとか/中指を立て続けることとか」(「FLY9」)。しかし、またしてもD.Oはパクられてしまった。もし刑務所に戻ることになれば、獄中記でしばしば登場していた愛する家族からも再び遠ざかることになってしまう。はたして大丈夫なのだろうか……?
もちろんD.Oは、苛立った様子でこう歌う。「みんな俺に大丈夫か?って聞くがみんなは逆に大丈夫か?」。そして曲の終わり間際、一転して怪しい笑いを炸裂させながら付け足す、「冗談だって、愛してるぜメーン」(「I’m Back」)。どちらの表情が彼の真意をあらわしているかはわからない。“アート”のカルマを背負ったD.Oにとって、真意やファクトなどどうでもいいものなのかもしれない。
■書誌情報
『悪党の詩』
著者:D.O
価格:1,650円(税込)
発売日:2019年9月30日
出版社:彩図社


























