なぜミッドウェイ海戦には俗説が多いのか 現代史家・大木毅に聞く「運命の五分間」という作り話

『ミッドウェイ海戦』から学ぶ組織論

 現代史家・大木毅の『ミッドウェイ海戦』(文春新書)は、戦後日本に広まった「運命の五分間」等の俗説や隠蔽工作を排し、国内外の最新の史料からその実態を紐解いたミッドウェイ海戦の解説書であり、大昔に否定された説が未だに定説として広まる現状に一石を投じている。海軍が敗北を糊塗するために作り上げた神話の欺瞞や、硬直化した日本型組織の悪癖、さらに現代日本にも通じる教訓について大木に話を聞いた。

語り下ろしのきっかけは「昭和の研究結果が忘れられている」こと

大木毅氏

──ミッドウェイ海戦をテーマにした本を作ることになった理由を教えてください。

大木毅(以下、大木):大きな理由としては、平成の終わりから令和に入ったあたりから、Webメディアや個人のブログ、SNSなどで太平洋戦争のことが語られる際に、それはもう半世紀も前に決着がついただろうということが議論になっていたり、否定された説が蒸し返されたりしているのが目につくようになったことですかね。とくにミッドウェイ海戦については、そうした傾向が顕著だと思いました。「運命の五分間」のような、そんな事実はなかったと確認された主張が、いまさら定説であるかのごとくに語られる。この状況は、いったい何なのだろうと疑問を感じたことが、本書をまとめるに至ったきっかけです。

──太平洋戦争に関しては、そういった動きは確かに多いですね。

大木:つらつらとそういった事例をながめていると、昭和のころに、ジャーナリストや研究者が調べたり、あるいは当事者が語ったことを吟味した結果、共通の認識となったことが、どうやら忘れられているらしいと思いました。若い方が戦争や軍隊について知りたいときには、各種のWebサイトを参照することが多いのでしょうが、それらは必ずしもプロの編集者や校閲者のチェックを受けているわけではなく、50~60年前、場合によっては戦後すぐに否定されたような話が堂々と載っていたりします。

 そんな現状を確認した以上は、やはり「今のところはこのあたりまでわかっています。ここから先は不明な点があります」「こういった議論があった末に、現在ではこういう解釈が定説となっています」という、研究史の“決算”のようなものを書いておくべきだろうと考えたのですね。“決算”であって“総決算”でないのは、歴史の事実確認・解釈は日々進むものですから、まずは現時点でのまとめを、ということです。

──日本が負けるきっかけになった戦いでもありますし、確かに昔から色々な説が唱えられてきました。

大木:ミッドウェイ海戦は太平洋戦争の中でも非常に大きなテーマですし、やる価値はあると思ったのですが、すでに動いている企画が立て込んでいて、とても連載や書き下ろしはできそうにありませんでした。そこに文藝春秋さんが語りおろしではいかがですかと声をかけてくださいまして、それならばできるだろうということでお引き受けしたんです。

「運命の五分間」「日本軍の優勢」……ミッドウェイ開戦に関する俗説とは

大木毅『ミッドウェイ海戦』(文春新書)

──いまだに聞かれるミッドウェイ海戦に関する誤った情報・言説というのは、具体的にどのようなものでしょうか? 日本軍航空機の兵装転換のタイミングに関する「運命の五分間」などは、現在では否定されている説として有名ですが。

大木:「運命の五分間」については、これはもう意図的に作られたものであることがはっきりとしています。ミッドウェイではあまりにも悲惨な敗北を喫したもので、それをどう言い訳しようかというところから「あともう5分あれば、兵装を取り替えて米空母部隊を叩きにいけたんだ」というストーリーを、第一航空艦隊参謀長の草鹿龍之介のようなミッドウェイ海戦の当事者が作ったわけです。後年の研究から、アメリカの急降下爆撃隊の攻撃を受けた時には、とてもじゃないが攻撃隊を発進できる状態ではなかったということがはっきりしている。にもかかわらず、「運命の五分間は作り話ではなかった」ということを、令和の今になっても旧軍高級将校の縁者が主張していたりします。

──根深いものがありますね……。

大木:それから「米空母が近づいていることに、日本側はまったく気づいていなかった」という話もありますが、必ずしもそうではなかったということも、平成に入ってからはわかってきています。実は、米空母の呼出符号を傍受したり、相手の艦隊が出動する兆候をつかんでいるのです。問題なのはそこから先で、その情報が連合艦隊や機動部隊に打電されているはずなのに、それに反応した形跡がない。どうしてその情報は消えてしまったのか、どこかで握りつぶされてしまったのかという謎は残っています。もうひとつ、兵力差に関する言説も、今となっては否定されています。

──日本軍の方が優勢だったから勝てたのではないか……という話ですね。

大木:そうです。ミッドウェイでは日本軍が質量共に優勢で、圧倒的に勝てたはずだという話があります。確かに全体で投入された艦船・航空機の数を全て含めれば米軍より多いのですが、ミッドウェイ海戦に投入された戦力だけを見ると、実は圧倒的に優勢というほどでもない。航空機の性能や搭乗員の技量を措いて、数だけをみるならば、日本の赤城・加賀・蒼龍・飛龍の艦上機すべてを合わせた数よりも、アメリカのエンタープライズ・ヨークタウン・ホーネットの搭載機数、それからミッドウェイの基地航空隊の保有機数の合計のほうが多いのです。

 これら、海軍が失敗を糊塗するために作り上げた“伝説”の大半は、昭和の頃に「作り話であって、本当はこうだった」ということがわかっています。しかし、ネットを見るといまだにこの手の話を事実と書いている記事があったり、それを前提に議論している人もいるので、いったん事実関係や先行研究を整理しましょうというのが、本書の意図するところのひとつでありますね。

あらゆる立場から必要とされた「敗北の言い訳」

──ミッドウェイ海戦に関してそういった俗説や誤った情報がいまだに数多く存在しているのは、一体なぜなのでしょうか?

大木:はっきり言ってしまえば、国民に対して、あるいは戦っている相手であるアメリカに対して、海戦の詳細や損害を隠さなくてはならなかったところに起源があると思います。とにかく惨敗ですから。海軍には一度海戦をやるたびに反省会と称して、戦訓検討をやる文化があって、そこでミッドウェイ海戦の戦訓研究会もやったのですが、これは秘密裡に行われ、出された結果も極秘扱いとなりました。これについてはごく目立たないようにコソコソとやっただけで、当然反省会の結果も機密扱いにしています。とても実情は公表できなかったのですね。

 大本営発表では赤城と飛龍は沈んでいないことにされました。ところが、「戦闘序列」と呼ばれる艦隊の構成は天皇の統帥権に属しています。ですから、戦時編制表が変われば、昭和天皇に報告しなくてはならないのですが、その際にも赤城と飛龍は健在であるとメイキングしているのです。このように、実態を徹頭徹尾隠したことが、俗説、神話、伝説がはびこる温床となったのでしょう。

──そういった敗戦の言い訳は、戦後の日本人にとっても耳当たりがよかったのではないかとも思いました。

大木:「本当はあと一息、5分だけあったら攻撃隊が飛び立って、あっという間にアメリカの空母を沈められたのだ」というのは、たしかに日本人としては溜飲が下がるストーリーです。先ほど申し上げたように、航空機の数で圧倒していたという主張は、現在では否定されていますが、戦後しばらくは「数でも優っている、勝てるはずの戦いに負けた」という話が説得力を持ったのですね。また、「運命の五分間」の話は、実はアメリカ人にとっても気持ちがいいんです。

──アメリカでも知られているんですか?

大木:「運命の五分間」は日本発の俗説ですが、淵田美津雄の『ミッドウェー』が1955年に英訳刊行されたことで伝わっているのです。実際のミッドウェイ海戦は、零戦隊が低空で迫ってくる米雷撃隊にひきつけられ、回避運動の結果として機動部隊の陣形も乱れたところで、ポンと急降下爆撃機隊が日本空母を発見して奇襲をかけたという、アメリカにとって、非常にラッキーだった側面があります。しかし「あと5分遅ければ日本軍の攻撃隊が発艦するといった非常に危ないタイミングで、急降下爆撃隊が突撃して勝利した」という話のほうが、アメリカ人にとっては気持ちがいいでしょう?

──「運命の五分間」は、日米双方にとって気持ちのいいナラティブだったわけですね……。

「日本人は戦争に向いていない」理由とは

──しかし、あのくらい酷い負け方となると、誰に責任を持っていったらいいのか、果たして責任は取れるのかという問題にもなりますよね。

大木:責任ということになると、もう山本五十六までいってしまいますね。海戦敗北の直接責任であれば、作戦を立てた連合艦隊作戦参謀の黒島亀人が負うべきだったはずですが、実際には無傷で済んでいます。このように責任者の追及ができなかった原因として、ひとつには海軍の人事の問題があります。海軍の人事はよく言えば精妙にできている、悪くいえば硬直していて、一人を動かそうと思うと先任順序などがからまって大人事異動をしなくてはならない。ミッドウェイでの敗戦後に南雲忠一第一航空艦隊司令長官と草鹿龍之介参謀長が「恥を忍んで頼むが、かたき討ちをしたいので機動部隊の指揮官に残してほしい」と頼み込んで、山本五十六も認めてしまうんですが、これも司令長官とその参謀長といったクラスの更迭をやると、玉突きで大幅な人事異動をやらなくてはならないという事情があったと思いますね。

──非常にお役所的というか官僚的というか、硬直した組織だったわけですね。

大木:昭和の陸海軍というのは、とくに小役人化がすさまじいですが、それを見るとやはり日本人が組織を作るとこうなるのか……と思わせるものがあります。私がこの仕事をしてつくづく思ったのが、「本当に日本人は戦争に向いていない」ということです。ルーティンワークをテキパキとこなすのは日本人が得意とするところでしょう。しかし、いつ、どんな不測の事態が起こるかわからない状況で、集団の力を結集して組織を機能させるということに、これほど不得手な国民というのは、世界を探してもそうはいないと思います。戦争というのは、まさにそうした混沌であるわけですが。

──本書に書かれているミッドウェイ海戦の前後の海軍の動きも、非常に雑というか、杜撰です。

大木:日露戦争の時、もしくは太平洋戦争初期の南方侵攻については、精妙な作戦も展開しています。だから、これで失敗したら抜き差しならないことになるというような局面では、日本人も火事場の馬鹿力が出ることもあるのでしょう。ところが、「これでもう大丈夫だ」と思った瞬間に地が出る。この本にも引用したヤーコプ・メッケル(明治時代前期に日本に兵学教官として赴任した、ドイツ帝国の軍人)の言葉に「日本人将校の癖として、いったん計画を立てると、本当にできるかどうか検証もせず、可能だと思い込む悪癖がある」というものがあります。ミッドウェイ海戦にしても「アリューシャンを突けばアメリカは驚いて対応し、次にミッドウェイを叩くと今度はこちらにあわてて出てくるはず」と思い込む。けっして、そうなる保証がないことを大前提にしてしまうあたり、その悪癖が表れていますね。

ミッドウェイ海戦を考えることは、現代の日本を考えることにつながる

──厳しい指摘ですね……。

大木:本書はミッドウェイ海戦の本ではあるのですが、実際の海戦そのものについては全ページの3分の1程度しか書いておらず、それ以外のページの多くは「どうしてこの海戦に至ったのか」という点に割いています。私が書いた他の本にも共通しているのですが、組織の優秀さ・ダメさというのは「なぜこの行動に至ったのか」「どうしてそういう結論に至ったのか」という点に出るものであり、それを知ることがいちばん大事だと考えているからです。そこについて考えると、ミッドウェイ海戦というのは「日本側が自ら勝てる要素をつぎつぎに捨てていった戦い」であると思います。

──先ほどの日本型組織の悪癖にも通じるお話ですね。

大木:「勝てる要素を自分で捨てた」ということについて言えば、海軍はミッドウェイ海戦の直前に大人事異動をやっているんです。このタイミングで人事異動をするというのは、戦争自体の見通しや計画がまるで立っていないことを意味しています。短期決戦で終わらせるなら、多少の犠牲を強いてでも補充を考えずに今手元にいるベテランを全員前線に送り込んで押し切らねばならないし、逆に長期の持久戦を戦うのならベテランを後方に下げて教官にし、補充要員を養成しなくてはならない。

 しかし実際に海軍がやったのは、南方侵攻作戦を成功させるために、日中戦争以来の歴戦のベテランたちを中途半端に再配置することでした。人事の動きは戦争の根本的な計画に関わっているはずなのに、それについて議論された形跡がない。

──雑ですね……。

大木:そうして、真珠湾攻撃に備えて猛訓練をした将兵とは、大幅に顔ぶれが変わった人員構成で、ミッドウェイ海戦に突入したんです。加えていえば、太平洋戦争の日本が国家としての統一された戦争目標を確定することは、とうとう敗戦までありませんでした。例えば沖縄にしても、海軍はここを抜かれれば後がないというので、何が何でも沖縄で決戦するつもりでした。一方、陸軍はあくまで本土決戦のための時間稼ぎだと考えている。実は、「沖縄を捨て石にする」という非情な方針さえも統一されたものではなかったのです。「日本人は戦争が下手」という点はこういうところにも表れていると思います。

──「捨て石にするかどうかすら決められなかった」というのが実際のところなんですね。

大木:そうです。そして例えば現在のイラン情勢と原油関連の危機についても、このまま続いて長期的に対応しなくてはいけない場合はどうするか、あるいは急に停戦になって終わったらどうするか、パターンごとに手を考えているかと言われたら、かなり疑問です。そういった日本人の持っている特徴は、負けた戦いからは特によく学ぶことができるのです。

──ミッドウェイ海戦について考えることは、現代の日本について考えることと地続きなのですね。ではそういった点を踏まえて、本書はどのような人に読んでもらいたいとお考えでしょうか?

大木:戦争の本ではありますが、本書は、いわゆる「軍事おたく」に向けて書いたものではありません(苦笑)。「組織とはどういうものか、どう運営したらいいのか」という点に関心を持っているビジネスマンや、あるいは「戦史や軍事に対して関心はあるけれど、どの本を読んでいいかわからない」という学生さんに語りかけるつもりでつくりました。

──確かに自分も「運命の五分間」が否定されているのは知っていましたが、本書に書かれている「山本五十六の名言」の真偽については知らず、読んでいて驚きました。

大木:著者としては、ミッドウェイ海戦について何が問題で、はっきりしていないのはどこなのか、何が今わかっているのかを確認した本に仕上がったかと思っています。これから読者の方が自分でお調べになったりお考えになったりする時に、踏み切り板として使うような読み方をしていただければいいかと。巻末にはもっと詳しく知りたい方に向けての文献紹介も掲載していますので、それも組み合わせて読んでいただければ、ミッドウェイ海戦という事件についてさらに知ることができるはずです。

──語り下ろしということで文章も柔らかいですし、まさにミッドウェイ海戦と日本海軍の入門書としてうってつけだと思います。本日はありがとうございました。

■書誌情報
『ミッドウェイ海戦』
著者:大木毅
価格:1,210円
発売日:2026年6月19日
出版社:文藝春秋
レーベル:文春新書

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