ほしおさなえが語る『ある小説家の死からはじまる物語』と書く覚悟「父の言葉のリズムが宿っていた」

ある人気作家の死を起点に、大学の創作ゼミでその作家の教え子だった卒業生たちがそれぞれに「書く」ことへの思いを語ってゆく。ほしおさなえの新刊『ある小説家の死からはじまる物語』(中央公論新社)は、複数の人物の視点から創作することへの対峙を綴った物語だ。著者のほしお自身もまた、フェリス女学院大学で創作ゼミを受け持ち、学生や卒業生たちとともに文芸同人誌を継続的に作り続けている。キャリア30年を迎えたほしおが本作に込めた思いや、「書く」ことについてなど、詳しく話を聞いた。
「弔い」という一生続く営みを描きたかった

――『ある小説家の死からはじまる物語』は人気作家・時任晶子の死と、彼女の創作ゼミで学んだ教え子たちの姿を描いた物語です。本作を着想した経緯を教えてください。
ほしおさなえ(以下、ほしお):三回忌、七回忌と続いていく弔いの儀式に以前から関心を持っていました。人が亡くなった直後の濃い悲しみが、年月とともに少しずつ遠ざかっていく。その過程で人々がまた集い、故人の思い出を語り合う景色は、人間にとって大事なものではないかと思います。それを強く意識したのは、年配の知人が亡くなったときのこと。コロナ禍で葬儀ができなかったため、その方の三回忌に偲ぶ会が開かれたんです。仕事仲間や家族など故人の異なる人生ステージに関わっていた人たちが、それぞれの思いを持って一堂に会している姿がとても印象的でした。
――本作も時任晶子の葬儀から始まり、三回忌、七回忌と時を重ねる中での教え子たちの姿や変化が描かれています。
ほしお:以前、私の母方の伯父が祖母の三十三回忌の弔い上げを終えた際、「ここまで無事に出せてよかった」と安堵していた姿から、弔いとは一生をかけて続いていく営みであると気づかされました。回忌を重ねる中で参加者の顔ぶれも変わり、かつての子どもが大人になっていく。長い時間軸の中で、故人を思い続けながら自分たちも歳を重ねていくという、移ろいゆく人々の姿をドラマにできたらいいなと思ったことが執筆のきっかけになりました。
――小説家や創作ゼミというモチーフ先行で着想された物語かと思っていましたが、そこが出発点ではなかったのですね。
ほしお:最初は小説家という設定ではなかったんです。自分にとって近すぎる題材は書きにくいというためらいもありましたし、そもそも小説を書くという行為は地味なものなので、物語のモチーフとしては面白みに欠けると感じていて(笑)。ただ、いろいろと考える中で、私自身が最も深く理解して、リアリティを持って描写できるのはやはり小説を書くことだと思い直しました。
「書くこと」のリアルを投影した5人の教え子たち

(中央公論新社)
――物語の語り手は里見女子大学で時任ゼミに所属していた5人の学生です。5人のキャラクターはどのように生まれたのでしょうか。
ほしお:これまで多くの学生を見てきたので、その面影を融合することでキャラクターたちを形作っていきました。今の時代はハラスメントなどへの配慮もあって、学生と個人的に飲みに行くような深い私的交流はしていません。ただ、学生たちが書く作品を通じて悩みや切実な思いを感じ取ることがあって、そうしたものが私の中で練り合わさって人物像が生まれています。
――特に思い入れが深いキャラや、生みの苦しみがあった人物などはいますか?
ほしお:登場する5人の学生全員に共感するところがありますし、一人ひとりに深い思い入れがあります。むしろ、書きたい候補が多すぎて5人に絞るのに苦労しましたね。また「時任晶子の遺作をめぐる謎」というミステリー要素を組み込むために、設定を少し工夫しないといけない人もいたりして、不自然にならないようにするのが難しかったです。
――時任の葬儀パートを担う最初の語り手は編集者志望の岡島麻里奈です。
ほしお:岡島は、読者を物語に引き込むナビゲーター的なキャラクターとして造形しました。個性が強すぎたり感情に流されすぎたりする人物よりも、書くことに対して客観的な距離を保てる人物が必要だと考えて戦略的に設定しています。
――続く語り手は広瀬恵。広瀬が子どもの頃から愛読している時任の代表作「雨使い」シリーズは、作中作として大切な役割を果たします。
ほしお:私は作中作が大好きで、これまでの作品にもほぼ必ず登場させてきました。通常の執筆では、綿密な設定や取材を経て結末までを厳密に決める必要がありますが、作中作は最後の一歩まで書き切る必要がない分、自由度が高くて楽なんです。苦労を感じるどころか、いつもノリノリで楽しく書き進めています。
――もう一つの作中作『木蓮の家』は時任最期の作品で、結末をめぐる疑惑も本作の読みどころの一つです。
ほしお:『木蓮の家』は、人生の中の大事な場面で出会うものについての物語を書きたくて取り入れました。昔読んだ短編小説がずっと心に残っており、こんなお話をいつか自分でも書いてみたいと思っていたんです。
――他にも作家デビューを夢見る浅野美雨など、それぞれの思いを抱えた学生たちの視点から物語は展開します。
ほしお:浅野はある種の諦めを内包しているからこそ、プロの作家になれる人物として描いています。大学生という若さで、自分をここまで客観視し、覚悟を決められる人間は意外と珍しいんですよね。
――浅野のパートでは『雨使い』シリーズの二次創作にまつわる葛藤も描かれていて興味深かったです。
ほしお:一つの作品の周囲には、本編では選ばれなかった無数のあり得た世界、ifの世界が影のように重なり合っています。本来、小説を書くとはその中から一つの結末を選ぶ行為ですが、あえて一つに絞らず、別の可能性を提示するようなあり方があってもいい。そうした別の選択肢をすくい上げるのが、二次創作という表現の面白さだと考えています。
文芸同人誌『ほしのたね』と、地続きにある表現の場
――ほしおさんがこれまで指導してきた学生たちは、小説家になりたいという子が多かったのでしょうか。
ほしお:身近にプロの作家がいる環境とは異なり、フェリスの学生たちにとって作家はまだ遠い存在のようです。密かに小説を書き溜めたり、ネットで二次創作を発表したりする人はいても、プロデビューまでを視野に入れている人は多くありません。表舞台に立つことへの戸惑いや、自分の大切な作品だからこそ他人に評価されたくない、という思いもあるようです。
――大切な作品を評価される苦しさは広瀬のパートでも描かれています。書くことが好きな人にとって、必ずしも作家としてデビューすることだけがゴールではないですよね。
ほしお:ここに並んでいる『ほしのたね』は、フェリスで小説創作を学んだ卒業生と在校生で作っている文芸同人誌です。卒業した学生から頼まれて始めた勉強会がきっかけだったのですが、その後、東日本大震災が起きたことを契機にちゃんと作品を表に出そうという気持ちが強くなり雑誌を作り始めました。文学フリマで頒布するために、年に2冊のペースで刊行しています。
――こうして並ぶと壮観ですね。「遊園地」や「禁忌」といった毎回の特集テーマも面白いし、今秋に30号を刊行するそうで積み重ねられた歴史の重みを感じます。
ほしお:参加者には卒業から10年経つ社会人もいます。プロデビューを目的としなくても、社会生活の中で書きたいことを持ち続け、自分たちのペースで作品を形にする、大切な居場所となっているようです。20号記念の「遊園地」特集では、「星ヶ谷アストロランド」という架空の遊園地を舞台に合作を行いました。1926年の開園から2005年の閉園までの詳細な年表や、園内マップやオリジナルキャラクターまで作り込んだんです。合作の物語には、閉園後の跡地に建ったマンションの住人の話まで盛り込まれています。制作当時はコロナ禍だったこともあり、皆いつもとはどこか違う情熱を注いでいたと思います。
――「星ヶ谷アストロランド」まわりの緻密な作り込みがすごいです。ほしおさんの指導はまさにリアル時任ゼミですね! 時任の回忌にあわせてテーマを決めて創作や合作を続けている卒業生たちの姿と重なります。
ほしお:そうですね。大学の授業は成績をつけることが前提となるものですが、『ほしのたね』はもっと同志に近い感覚で楽しんでやっています。
震災後の無力感と、父・小鷹信光から受け継いだリズム
――時任と学生たちの関係のように、ほしおさんにとって作家としての自分を形作る上で大きな影響を与えた人物や作家、あるいは作品などはありますか?
ほしお:実は理系出身ということもあり、大学で専門的に文学を学んだことはありません。ただ、子供の頃から家にはたくさんの本がありました。なかでもアガサ・クリスティなどのミステリー作品が、私の根っこにあると感じています。また、書き手として考えると、翻訳家だった父・小鷹信光の存在がやっぱり大きいです。父が亡くなる半年前、仕事の整理を手伝う中で過去の膨大な雑文や作品に触れました。最近、それらが復刊され改めて読み返す機会が増えたのですが、ふとした瞬間に自分の文章は父に似ていると感じることがあります。父は翻訳が主で小説は少なかったですが、言葉のリズムや話の組み立て方に近いものを感じて、知らず知らずのうちに影響を受けていたようです。
――作中の学生のように書けなくなること、あるいは書くことから離れた時期はほしおさんにもありましたか?
ほしお:子どもが生まれた頃は時間がないのでなかなか書けないという状態がありましたが、本当に書けなくなったのは東日本大震災後です。震災でたくさんの方が亡くなったり、その後の父の死なども重なって、何を書いたところで無意味だという無力感に苛まれました。しばらくは執筆ができない、書いても納得できない時期が続きましたね。この経験があったので、その後のコロナ禍では震災時のときのような書けない状況に陥ることはありませんでした。
――本作ではコロナ禍の状況も描写されています。
ほしお:コロナ禍などの世情を作品にどう反映させるかは、シリーズの性質によって使い分けています。今回の物語は7年間という月日の流れを描くため、避けては通れない世の中の変化としてコロナ禍を組み込みました。ただ、渦中の混乱としてではなく、少し過ぎ去った過去の出来事として扱っています。現実でも多くの人が経験した会えなくなった時間を、物語のトリックとして活用しました。
――作中に描かれる、女性が社会の中で直面する困難や苦しみも個人的な共感ポイントでした。社会的な課題を描くうえで、意識されていることや大切にされていることはありますか?
ほしお:多様性や女性のあり方など、価値観が劇的に変化している現代において、以前の価値観で書いてはいけないという強い意識を持って執筆しました。本作ではコロナ禍を境界線とし、その前後で空気感が変わる構成をとっています。社会の意識が変容していく様子を描くことは、激動の時代を生きる人々の記録としても意味があると考え、今の時代にふさわしい価値観を作品に反映させています。
――『ある小説家の死からはじまる物語』は、本が好きな人はもちろん、創作表現に関心がある人にとって刺激やヒントをもらえる小説だと思います。この本に興味をもった読者に向けてメッセージをお願いします。
ほしお:文章に限らず、表現するということに関心のある方に手に取ってもらえたら嬉しいです。とりわけ言葉で表現するという行為は、プロの作家を目指すか否かに関係なく、自分の言葉で社会をしっかり捉えるということだと思います。世の中にはたくさんの言葉があふれていますが、すぐに手に取れる言葉に流されてしまうのではなく、自分が本当はどう思っているのか、細かく探って言葉にしていってもらいたいですね。そうやってそれぞれが考えていくことが、世の中を動かしていく力になるのだと思います。
■書誌情報
『ある小説家の死からはじまる物語』
著者:ほしおさなえ
価格:2,200円
発売日:2026年4月23日
出版社:中央公論新社



























