宮崎在住の小説家・高山環が、車中泊 × グルメ小説『最果てキッチン』に込めた想い「心を動かすには時間が必要です」

高山環『最果てキッチン』インタビュー

 宮崎在住の小説家・高山環による小説『最果てキッチン』(ポプラ社)が発売された。

 料理人として目標のフレンチレストラン開業を目前にすべてを失った青年・田所圭介が、失意の中、妻が残した写真を元に、宮崎で車中泊をしながら、さまざまな人と触れ合い、心を癒していく再生物語。グルメや車中泊、道の駅、観光スポット、ミステリーとさまざまな要素が絡み合う構成に、多くの人に小説へ触れてほしいという高山の思いが溢れている。

人が何かを失った時にどうするのかに興味があった

高山環『最果てキッチン』(ポプラ社)

――ロードムービー要素やミステリー要素などさまざまに好奇心を掻き立てられる構成に、夢中で拝読しました。本作のアイデアはどんなところから生まれたのでしょうか。

高山環(以下、高山):勤めていた会社を辞めて専業作家になったあと、年に1回くらい、車中泊をするようになったんです。ゆっくりと自分のペースで旅をしたかったですし、節約したくて始めたことだったんですけど、許可されている場所で車中泊をしていた時、深夜12時すぎくらいに軽自動車の中から出てきたおばあさんがベンチに座って、こくりこくりと居眠りしている場面を見たんです。その後、おじいさんも出てきて。車中泊をしている人はキャンプを目的とした楽しそうな人が多い中で、そんな老夫婦と思われる二人の姿が印象に残っていたんです。

 次は何を書こうかと考えていた時、あの時に見た二人の姿が浮かんで、車中泊で旅をしながらいろんな人に出会う物語はどうかと思いつきました。何ヵ月もかけて旅をする人は実際そんなにいないので、何か条件を考えないといけないと思い、主人公が写真の撮影場所を探すというのはどうだろうと思い付いたんです。

――実際に見た情景がきっかけだったと。

高山:そうですね。また、僕は人が何かを失った時にどうするのかに興味があって。そういう物語って何かを失って終わるか、再生へ向かうことが多いですが、今作は失ってから少し時間が経ったあと、人がどう行動するのか。旅とも非常に相性が良さそうだったので、そういう設定にしました。

 過去に辛い出来事をした場合、人はどうしても受け身になりがちですが、主人公・圭介のキャラクターは受け身というより自ら動く人にしようと。最初は誰かの問題を圭介が解決していく物語を考えていたのですが、よくよく考えると見ず知らずの人が抱えている問題を解決することに、傷ついている人が躍起にならないだろうということに気づいて、周りから癒されて心の傷を回復していくのではなく、自ら行動して傷を癒す人にすることを意識しました。また、いろんなやり方で解決するよりは、何か一つに決めたほうが読者も読みやすいだろうというところから、編集担当からもアドバイスをいただきつつ、元料理人という設定にしました。

――現在、住まれている宮崎県を舞台としたのは?

高山:宮崎は20年近く住んでますが、大好きで第2の故郷だと思っている場所です。元々は宮崎を舞台にするつもりはなく、もっと広い範囲――例えば九州一帯を考えていたんですが、そうなると範囲が広い分、一度、偶然会った人と再会することがなくなってしまう。ある程度、行動範囲が狭いほうが、同じ人にも会いやすいですし、写真の撮影場所を探すという設定に説得力が出るだろうと考えました。そこで、東北のどこか1県でどうだろうと考えたのですが、馴染みのある宮崎ならば食べ物のことも、人についてもよく知っているなと。移住して以来、地元のいろんな方にお世話になっているので、宮崎を舞台とすることによってみなさんに喜んでもらえたらと思ったことも、舞台を宮崎とした決め手となりました。

 何より、宮崎の人はすごく優しいんですよ。子供が生まれた時、すでに宮崎で暮らしていたんですが、いろんな人にあそこに行ったほうがいいよとアドバイスをもらったり、街中で話しかけられたりして。閉塞的だとよく言われることも多いそうですが、たしかに陸の孤島とよく言われているように、大分に出るまで車で2時間くらいかかりますし、福岡に行くなら飛行機で東京に行ったほうが早い土地。だからこそ、人と人が近いところも、今作の舞台に向いているのではと考えました。

「おいしい」という言葉を使わず、如何においしさを表現するか

――執筆にあたって、いろんなところも回られたのですか?

高山:参考にするところは全部回っていたんですが、執筆にあたって、確認のためにもう一度回りました。改めて宮崎を回ってみて感じたのは、海と山が近いなということ。自然が多いことはもちろんなんですけど、例えば宮崎市内から海まで15分、山も15分くらいで行けるんです。北のほうに行けばスキー場があったりと、ほどよい距離間であることも反映させました。

 宮崎は神話が一つのキーワードになっていて、市内のあちこちに神話にまつわる場所がいくつかあるんです。本当にあったかはもちろんわからないところですが、神話や神社は宮崎にまつわるものなので、新たに感銘を受けたところをさらに勉強して反映させました。物語にはある神社が出てくるんですが、改めて訪れた時、年に数回しかない本殿のご開帳の日で、中に入れたのは印象に残っています。

 道の駅で車中泊もしました。編集担当も車中泊に挑戦してくれたみたいですが、体が痛くて寝るのが大変だったらしいです(笑)。

――作品のために、そこまでやるとはすごいですね。道の駅は、物語の中で大事な場所の一つです。

高山:道の駅って、実はすごく面白い場所なんです。特に地方の場合、スーパーのないところとかがたくさんある中で、街の人も利用していて、生活の場だったり、コミュニティの場だったりと、街の重要な拠点なんです。もちろん誰でも行っていい場所ですが、実際、車中泊をするとなるといろんなルールがあって、今作にも描いたように車中泊ができる道の駅とできない道の駅があるんですよね。最近、ローソンで車中泊ができるサービスが始まったことも話題になっていましたが、面白い場所なので物語に取り入れました。

――さらに、圭介の出会う人々はさまざまな問題をそれぞれ抱えています。

高山:それぞれが抱えていることは個人の問題だけにせず、社会の問題につなげたかったですし、ただ問題に直面して打ちひしがれているわけではないというところも大事にして。圭介には自身の問題に向き合わせる必要もあったので、出会う人々が前向きに解決しようとすることに影響を受けて、圭介自身の回復にも繋げることを意識しながら書きました。

――あと、物語の中に出てくる道の駅で売っている柑橘類は、実際にあるものではないんですね。料理の描写を含めて、あまりにリアルなので、思わず検索してしまいました。

高山:モデルとなっている柑橘類は実際にありますし、物語の中に出てくる道の駅名などもモデルとなった場所は実際にありますが、すべて名称は変えてあります。今までの作品ではあまり使うことがなかったので、本当の名称を使うかどうかはかなり迷いました。

 料理の描写に関しては、宮崎のラーメンはすべて食べたくらい、僕は食べるのが好きですし、多少、料理はするので(物語に)取り入れたんですが、描写となると非常に難しかった。読者においしく感じてもらわないと意味がないですし、この物語は食べ物を食べて心を動かすところが重要なので、YouTubeで料理動画を観たり、お店に何度も足を運んでフレンチ料理を食べたり、感触の表現とはどれくらいあるのか調べたりしました。例えば、一度「おいしい」という言葉を使うともう使えなくなる。「おいしい」という言葉を使わず、如何においしさを表現するかはすごく苦労しました。

――確かに、感触的な表現は非常に難しそうですね。

高山:グルメ小説では「五感を使え」とよく言われるんです。鼻から匂いが入って、歯触り、食感があって味覚があって、耳から入っていく音があるので、五感をフルに活用して書きました。おいしいというのは、こういうことなのかと再発見する機会にもなりましたね。

 何より、主人公はシェフなんですよ。食べ物が出てくる話ってたくさんありますけど、大体は食べる側だから、おいしそうな描写が活かせるんですが、シェフはあまり食べないということに気づいて、如何に、圭介に食べさせるか。味見したりとかほかの登場人物に「それ食べてください」って言わせたりして、なんとか味の表現を盛り込みました。そこが一番苦労したところでしたね。

一つの物語に溶け込める時間が長いのが小説のいいところ

――いろんな要素が盛り込まれた本作ですが、どんな人に届けたいですか?

高山:真っ先に浮かんだのは、困っている人。食べる、旅をするという娯楽に近いことを、小説で擬似体験していただきたいなと。戒壇巡りをすると、出た時に自分が少しだけ変わったような気がすると思うんですが、旅もそうだと思うので、日常の閉塞感を和らげたり、もっと気楽でもいいんだみたいな気持ちになっていただけたら嬉しいですね。

――ご自身のnoteに書かれていた「小説はコスパが悪い?」という記事、興味深く拝読しました。改めて、小説の良さはどんなところに感じますか?

高山:一つの物語に溶け込める時間が長いのが小説のいいところなんじゃないかなと。タイパできているかどうかはわかりませんが、読み終わったあとには綺麗な装丁の本が残るという意味でも、コスパ面ではかなりいいんじゃないかなと思います。

 また、心を動かすには時間が必要です。長い時間、楽しめるということは、それがただ文字を追っているだけだとしても、きっと自分自身に変化がある。小説は章ごとに区切られているので、自分のペースで時間を区切って楽しむこともできますし、読んですぐ忘れてしまったこともふとしたタイミングで、小説で触れた風景が浮かんだりすることもあるでしょう。それは、時間をかけて自分の中に物語が染み込んでいるのだと思うんですよね。そういう体験ができるのは、小説の良さだと思います。

――本作を読んで思ったのは、登場人物が必ずしもいい人ではないところ。SNSはアルゴリズムで自分の好きなものしか出てこないですが、小説に出てくる人の中には共感できない人も登場します。一瞬、嫌だなと思うかもしれませんが、読み進めることで、その人がそうなってしまった理由が判明したり、優しい一面に触れたりして、そんなに悪い人ではないんだと自分の考えを改められる。人を多面的に感じることができるのも、小説の良さだと感じました。

高山:おっしゃる通りですね。時間芸術、物語芸術にすべて共通するかもしれないですが、自分自身ではできない体験ができるのはいいところですよね。本作に出てくる老夫婦、YouTuberのような幅広い人に一堂に会う機会はなかなかないでしょうし、車で暮らす人に会うこともあまりないことだと思います。そして、たとえフィクションだとしても、人の裏側などを知るのは貴重な経験になると思います。

 もちろん最後まで読んでいただくためには、物語自体を面白くしなきゃいけないんですけれどね。本作で言うと、グルメであったり、ミステリーであったりといろんな要素を盛り込んで、少しでも興味を持ってもらえるように工夫もしてあります。いろんなことを考えながら楽しめる1冊なので、ぜひ手に取っていただけたら嬉しいですね。

■書誌情報
『最果てキッチン』
著者:高山環
価格:1,980円
発売日:2026年3月18日
出版社:ポプラ社

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