シティ・ポップの巨人・大滝詠一は、幼少期から「オタク気質」だった? 死後10年以上を経て明かされる、その濃密な人生

大滝詠一が遺した「幸せな結末」への全軌跡

Amazonベストセラー漂流記

 3月26日のAmazon売れ筋ランキング「本」部門で55位にランクインしていたのが、音楽評論家・DJなどで活躍する萩原健太氏の『幸せな結末 大滝詠一ができるまで』(文藝春秋)だ。タイトルの通り、大滝詠一が自らの人生について語ったインタビューを再構成した一冊である。

死後10年、ついに明かされる全貌

萩原健太『幸せな結末 大滝詠一ができるまで』(文藝春秋)

 大滝詠一といえば、稀代のミュージシャン・シンガーソングライターにして作曲家、DJ、レコーディングエンジニア、著述家などなど、音楽を中心にとんでもなく幅広いジャンルで活躍した人物。日本語によるロックの黎明期に一世を風靡したバンド「はっぴいえんど」でボーカル・ギターを担当し、その後は自らが主導するレーベルの運営やレコーディング・エンジニアとして活躍しつつ、ソロアルバム『A LONG VACATION』をヒットさせた。2013年に65歳の若さで死去したが、名前は知らずとも「君は天然色」や「幸せな結末」といった楽曲を、一度は聞いたことがある人は多いのではないだろうか。

 本書は、大滝詠一が1997年に発売した『幸せな結末』のリリース前後に関する著者・萩原氏の貴重な体験の回想に始まる。そこから1991年8月、大滝宅に隣接した仕事場で三日三晩泊まりがけて収録されたインタビューを元に、少年時代からの大滝詠一の歩みを辿る構成だ。本文の多くは大滝氏と萩原氏の掛け合いを並べたインタビュー形式となっており、各章の頭に萩原氏による解説が入る形となっている。

 大滝氏から「これが遺作だな。死後公開だ。死んだらすぐに出していいよ」と言われていたというインタビューということで、実際に大滝氏の死後10年以上経過しての発表となった本インタビュー。その語り口はとにかく軽妙洒脱で、ミュージシャンの名前や曲名が滔々と連打されたかと思えば口三味線でのリズムやメロディの解説が入り、その合間にジョークとも真面目とも取れる韜晦気味の冗談が挟まれるという、独特の読み味だ。大滝氏はさほどメディア露出が多かった人物ではなく、自分もその語り口について多くを知っているわけでもないが、この本を読むだけでも「一筋縄ではいかない人の話しぶりだな……」というのが伝わってくる。

すべてを「大滝流」に変換する語り口

 話の内容もとにかく振れ幅が大きく、音楽の話について高密度で語ったかと思えば、野球、落語、相撲といったジャンルへとビュンビュン話が飛ぶ。萩原氏の解説によれば、大滝詠一という人はとにかく興味を持ったものに対しては常人の何倍もの熱量でのめり込む人だったようで、壁一面を埋めるビデオデッキでテレビ番組を録画しまくっていたり、パソコン通信時代からパソコンを使って情報の発信・受信に努めたりと、相当にマニアックな一面もあったそう。ともすればオタクくさくなりがちなそういった話題についても、完全に大滝氏が噛み砕いて納得した上で話しているので全てが大滝流にチューンされており、大人っぽい余裕を感じさせる語り口になっている。

 そんな話しぶりで語られるのが、幼少期に始まる自らの人生と音楽遍歴についてだ。子供の頃からマニア・コレクター気質を爆発させ、のちにはっぴいえんどを結成するメンバーたちと半ば偶然、半ば必然のような形で出会い、さまざまな音楽的実験を繰り返しながらレーベル「ナイアガラ」を立ち上げ、セールス面で苦戦しつつも『A LONG VACATION』へと辿り着く……。大滝氏の個人史でありながら大量の登場人物が現れ、日本のロック・ポップス史のある系統の歴史そのものという趣もある。とにかく出てくる固有名詞の量が凄まじく、常人はついていけないこと確実なので、パソコンやスマホで逐一検索しながら読むのがオススメだ。

 大滝氏が自らの実績の背景について惜しげもなく開陳してくれている本書の内容はファンならずとも面白く、近年のシティ・ポップの流行などでその名を知った若い人が読んでも「こんなにヤバい大人がいたのか……」と思えること請け合い。それと同時に読んでいて感じるのが、聞き手としての萩原健太氏の絶妙な仕事ぶりだ。元々大の大滝詠一マニアであり、各国のロック・ポップスに通暁している萩原氏だからこそ、大滝氏の繰り出す大量の固有名詞やあちらこちらに飛ぶ話題についていけている。並大抵の知識量の書き手では、この超々ロングインタビューについていき、噛み砕き、語り口のニュアンスを取りこぼさずに原稿にまとめることはできなかっただろう。インタビュー収録時ですでに10年ほどの付き合いだったという、大滝氏と萩原氏の信頼関係も伝わってくるような内容だ。

幼少期から爆発していたコレクター気質

 もうひとつ印象的だったのが、子供時代の大滝氏の様子である。母子家庭で育った大滝氏は幼少期から蓄音機に親しみ、端唄や三橋美智也、春日八郎、島倉千代子といった歌謡曲を聞いて育つ。ラジオに触れてからは浪曲も聴きつつ、漫画雑誌は出ているものを全部読み、コニー・フランシスからアメリカのポップス、そしてプレスリーからビートルズへと突き進む。一方で野球や相撲にも親しみつつ、幼少期からコレクター気質を爆発させて大量の情報を取り込んでいたことが、本人の語りで明かされる。

 漫画雑誌を5誌も読み、野球や相撲のテーブルゲームを自作し、野球のラジオ放送を聴きながらスコアブックをつけ、修学旅行で東京に行けばお土産代を全部レコードに注ぎ込む……。本書を読む限り、言ってしまえば大滝少年は幼少期からオタク気質な奇行を連発している。が、時々母親から怒られつつも、平気の平左で自分を貫き、ミュージシャンとして大成した。現在4歳の子供を育てている身としては、子供が何かやるごとに「ちょっとそれは……」と言いたくなることもある。が、大滝氏の例を見る限り、子供がやりたいと思うことは余程でもない限り放っておいて、本人が納得するまでやらせた方がいいのではないかと思わされるものがある。妙な話だが、本書の前半1/3くらいは「ちょっと変わった育児書」としても読めそうなところがあるのだ。

 というわけで、本書は育児中の読者ならば「これは子供が妙なことを始めても、出来る限り放っておいた方がいいな……」という気持ちにちょっとなる一冊でもある。もちろん、日本のロック・ポップスの歴史を作り上げた巨人の自分語りを目的で入手しても、確実に満足できる内容なのは間違いない。大滝氏本人の活躍同様、多角的に楽しめる一冊だ。

■書誌情報
『幸せな結末 大滝詠一ができるまで』
著者:萩原健太
価格:1,925円
発売日:2026年3月12日
出版社:文藝春秋

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「連載」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる