フィレンツェを「花の都」たらしめたものは何か 『名画で読み解く メディチ家12の物語』を読む

名画で読み解くメディチ家の物語

メディチ家が輩出した個性豊かな人物たちの「物語」

 「怖い絵」シリーズと並んで高い人気を誇る、中野京子の「名画で読み解く12の物語」シリーズ。『名画で読み解く メディチ家12の物語』(光文社新書)は、そのシリーズ第6弾にして、最終章となる一冊だ。いわゆる「名画」を糸口に、その成り立ちから歴史的な背景、さらにはそこで描かれている人物の「家系」にまつわる複雑な人間模様を解説することで好評を博している本シリーズだが、本書の「あとがき」で著者自らが語っているように、ハプスブルク家、ブルボン王朝、ロマノフ家、イギリス王家、プロイセン王家と続いてきた本シリーズにあって、今回の「メディチ家」は、これまでとは少し毛色の違うセレクトとなっている。

 というのも、やがて「トスカーナ大公」の称号(“大公家”は“王家”に次ぐ地位にあたる)を得るものの、メディチ家のルーツは、あくまでも商人であり、彼らが巨万の富を築き上げたのは、銀行業をはじめとする金融事業なのだ。つまり、彼らは「王家」でもなければ、生まれながらの「貴族」でもないのだ。しかしながらメディチ家は、「美術史への貢献」という意味で、他の王家をしのぐ圧倒的な存在感を打ち放っている。そう、かの有名なボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』をはじめ、イタリア・ルネサンス最大の芸術支援者ーーそれがメディチ家なのだ。

 かくして、メディチ家の「始祖」であるジョヴァンニ・ディ・ビッチ・デ・メディチ(1360‐1429年)の肖像で幕を開ける本作は、フィレンツェから「祖国の父」の称号を与えられたコジモ(1389‐1464年)、ミケランジェロを庇護したことでも知られる「豪華王」ロレンツォ(1449‐92年)、やがてローマ教皇「レオ10世」となるジョヴァンニ(1475‐1521年)、「稀代の悪女」と呼ばれながらも、やがてフランス王妃となったカテリーナ(1519‐89年)、ウフィツィ美術館やヴェッキオ宮殿など、現在もフィレンツェに残る名跡を建造した「初代トスカーナ大公」コジモ1世(1519‐74年)など、メディチ家が輩出した個性豊かな人物たちの「物語」を解説してゆく。

フィレンツェという街の「したたかさ」

中野京子『名画で読み解く メディチ家12の物語』(光文社新書)

 そこで、改めて驚かされるのは、高利貸しを発端としつつも、やがて銀行業に乗り出し、実業家、政治家としてはもちろん、果ては教皇庁の財務管理者になるなど、単なる「商人」のイメージとはかけ離れたメディチ家の姿だ。権謀術数渦巻くフィレンツェの街にあって、ときに敵対勢力から命を狙われながら、あるいは逆にそれらの勢力を強引な手法で排除しながら、虎視眈々と生き残ってきたメディチ家。そこには、ローマ帝国の崩壊以降、1400年近くものあいだ国家統一を果たせなかった、イタリアの歴史的な事情も大きく関係しているのだろう。それにしても、刃傷沙汰や不審死の多いことよ(他国からは「毒殺と言えば、イタリアのボルジア家とメディチ家」というイメージだったとか……)。

 そんな策謀家のイメージとは裏腹に、「芸術支援者」としての側面が代々継承されているところもまた、メディチ家の興味深いところだろう。フィリッピーノ・リッピ、ボッティチェリ、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、ヴァザーリ、ブロンツィーノ、アッローリ、マキャベリ、ガリレオ……メディチ家が関わった芸術家・文化人は数知れず、かの有名なバチカン宮殿、システィーナ礼拝堂の『最後の審判』を描くことをミケランジェロに命じたのが、メディチ家のジュリオ/教皇クレメンス7世(1478‐1534年)であったことにも、改めて驚かされる。その威光たるや。けれども、その繁栄は「メディチ家最後の名君」フランチェスコ1世(1541‐87年)以降、緩やかに衰退。メディチ家最後の直系子孫となったアンナ・マリア・ルイーザ(1667‐1743年)が、新たなトスカーナ大公にその財産のすべてを移譲することによって、メディチ家は歴史の大舞台から消え去ってゆくのだった。勃興から衰退まで約350年。

 しかしながら、本書が興味深いのは、そのアンナ・マリア・ルイーザが、財産移譲の際にひとつ提示したという「ある条件」なのだった。その具体的な内容については、是非本書を手に取って自分の目で確認してもらいたいところだが、ひとつ言えるのは、これら12のメディチ家の「物語」を通じて浮かび上がってくるのは、現在も「花の都」として世界の人々を魅了し続けているフィレンツェという街の「したたかさ」なのだった。メディチ家の専横を許しながらも、場合によっては共和制に移行してメディチ家を追放するなど、けっして一筋縄ではいかない、複雑な歴史を刻んできた古都・フィレンツェ。いまもなお、世界中から観光客が押し寄せるフィレンツェは、そもそもなぜ、そのような形で今日まで存続することができたのだろうか。それはまさしく「文化」の力なのだった。それを作らせたものが去ろうとも、そこで作られたものは、街に残り続けるのだ。その意味で本書は、美術史やメディチ家に関心のある人はもちろん、フィレンツェという街の歴史自体に興味のある人も、必読の一冊と言えるだろう。

■書誌情報
『名画で読み解く メディチ家12の物語』
著者:中野京子
価格:1,078円
発売日:2026年2月18日
出版社:光文社
レーベル:光文社新書

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