100年前も酔っぱらいは終電を気にしていた? 社会学者が解説する、酒とアルコールの社会史

社会学者が解説する、酒の社会史
右田裕規『「酔っぱらい」たちの日本近代 酒とアルコールの社会史』(角川新書)

 タイトルからして年末年始の飲み会シーズンにぴったりな、12月10日刊行の本書『「酔っぱらい」たちの日本近代 酒とアルコールの社会史』(角川新書)。著者の右田裕規は、近代社会固有の時間経験・知覚を研究する社会学者である。これまでにも『夜食の文化誌』(共著・第3章「ラーメン史を「夜」から読む」を執筆、青弓社)、『夜更かしの社会史』(共編著、吉川弘文館)といったユニークな著書を出しているが、今回は労働を切り口に20世紀における日本の都市飲酒文化を検証していく。

 第1章「つぶれるまで飲む」では導入として、近世・徳川時代の飲酒事情が紹介される。今と比べて飲酒の量も機会も少なかったこの頃、人口の多くを占める農業従事者たちが酒を飲むのは、祭日・年中行事・冠婚葬祭など特別な日に限られていた。そこでは〈諸々の日付の特別さ(非日常性)を集団で体感する上での、重要な儀礼〉として、皆酔いつぶれるまで飲むのが義務となる。故に儀式の主催者は、参加者に大量に酒を振る舞って酔わせ、若い酔っぱらいたちの暴走――喧嘩や破壊行為にも地域全体で寛容だった。

 ここで興味深いのは、当時の人々が酒に込めていた価値観だ。祭儀や祝儀で飲まれる酒は、村の重要な生産物である米を使った濁酒が主となっていた。著者は酒が持つ浪費的・反生産的イメージを指摘した過去の論考を踏まえつつ、高価な清酒ではなく濁酒が好まれた経済面以外の理由をこう説明する。〈濾過され琥珀色をした清酒とは異なり、米の形姿や色みを濃厚にとどめていたこと。村外の人間が、村外の米を使って生産した清酒とは異なり、自分たちの村・地帯の余剰米を用いた自家醸造という形式をとったこと。この2点において濁酒は、労働成果の無目的な浪費という「象徴的意味」を、清酒よりもずっと濃厚に含んでいた〉。ところが飲酒に含まれる非日常や無駄を尊ぶ文化は、明治維新以後になると次第に廃れていく。

 第2章「仕事帰りに飲む、終電で帰る」では、都市部を中心に飲酒文化の変化する様子が描かれる。たとえば、酒を飲む時間。近世の社会では夜以外の時間に酒を飲むのも、よくあることだった。大酒飲みだった福沢諭吉も若かりし頃は、時を選ばず酒を飲んでいたという。また仕事の依頼主が酒を提供する習慣もあり、大工をはじめ職人たちの間では、勤務中の飲酒が多くの地域で常態化。盛り場は、夜ではなく昼間に賑わっていた。だが近代に入ると、日本の資本主義化・工業化により労働に勤勉さが求められるようになる。アルコール飲用が生産性を下げるという海外由来の知見のもと、行政の定めた法令や企業の就業規則を通じて、職場での飲酒は制限される。以降、都市勤労者の飲酒時間帯は余暇となる休日や夜に固定され、会社の酒宴・接待も増えていく。

 職場で酒を飲めるような大らかさがなくなり、飲酒文化が労働的性格を持ち始めた20世紀前半。そこで目立つようになった飲酒様式が、「絶対に終電で帰る」である。仕事を忘れて酒を飲んでいるつもりでも、終電の時間になると急いで帰宅し次の日の勤務に備える。現代でもお馴染みの行動である。そのルーツは100年近く前にあったことが、本書で引用される昭和の学者や作家が残した酒にまつわる失敗談や、新聞記者による夜の盛り場の記録、1935年に調査された商店街を歩く人々の時間別平均速度(23時半の速度指数が、朝の出勤ラッシュ時に次いで速い)など様々な観点から証明されていく。

 だがこれはまだ序の口。訓練すれば酒に強くなるという信仰。酔っているのにシラフを装う。酒で記憶をなくすことへの恐怖。ワリカンでの支払い。酒は疲れをいやすというイメージなどなど。近代以降の飲酒にまつわる習慣・認識の多くが労働と結びついていると、第3章「曖昧な仕事と飲酒」・第4章「飲んで、燃料補給する」でも次々と明らかとなる。そんな本書の読みどころは、現代の酔っぱらいであったり勤労者であったりする我々読み手からすると、空恐ろしいものを感じたりもする。さらに最後を飾る第5章「米から麦へ」では、麦の酒であるビールの覇権化と米の酒で酔い潰れる飲酒文化の終わりという、太平洋戦争を起点とした酒の主役交代劇も展開されていく。

 その延長線上にある、酒離れが進みノンアルコール飲料がシェアを伸ばすようになった今の時代。果たして飲酒は何を象徴しているのだろうか? 特別な存在ではなくなり、酒好きにとっても酒の席が苦手な人にとっても、気楽でいい時代になったということなのだろうか? と、本書を読んでいると今まで気にしていなかった、酒の味以外のあれこれについて考えさせられる。そんな簡単には答えの出ない問いを肴に、だらだら酒を飲む年末年始というのも、乙なものなのかも。

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