サイバーエージェント創業社長・藤田晋が著した、超一流経営者の思考とは? 新刊『勝負眼』に見る、文筆家としての実力

サイバーエージェント創業社長の藤田晋による新刊エッセイ『勝負眼 「押し引き」を見極める思考と技術』(文藝春秋)が11月に発売された。『週刊文春』で2024年春から続いている連載「リーチ・ツモ・ドラ1」を単行本化したもので、発売からわずか6日で5万部を突破するなど注目を集めている。
あらためて説明するまでもないが、藤田といえば2000年に当時26歳で史上最年少の東証マザーズ上場を果たし、その後はネット配信のAbema TV(現ABEMA)や競技麻雀のプロリーグであるMリーグを立ち上げ、近年はサッカーJリーグ・FC町田ゼルビアのオーナーや、競馬で日本調教馬獲得賞金ランキング歴代1位となったフォーエバーヤングの馬主としても知られる、とにかく華々しい経歴を持つカリスマ経営者である。

では、そんな藤田社長の「文筆家」としての実力はどうなのか? というのがこの記事のテーマだ。藤田はこの連載について、〈編集者に自分で書いてみたいとお願いして、毎週2400字、一生懸命書いている〉と明かす。もちろん口述筆記(ライターがインタビューを書き起こして編集したものに手を入れ、文章のかたちにする)だとしても、立派にそのひとの考えをかたちにした「著作」だと言えるし、藤田も過去にその手法を使ったことはあるという。しかし他方で、彼は一から自分で書いて〈思考を整理し言語化する〉ことで〈そのプロセスを通じて自分自身が大きく成長する〉のだとも語っていて、今回の本は後者にあたるというわけだ。
そんな入魂の一冊の中身を見てみよう。
なぜ麻雀は仕事や人生に似ているのか?
本書では、連載で書き貯められた52の文章が8つのテーマ(CHAPTER)に沿って並べられる。なかでもまず、CHAPTER1〈リスクを見極める眼〉に収められた文章は必読だ。
そこで語られるのは、藤田が大学時代に授業そっちのけで熱中した麻雀と、仕事や人生という「勝負」の類似性である。〈麻雀というゲームは世の中の縮図のようだ〉と藤田は書く。
どんなところが似ているのか? 〈常に「平等」な状態から始まる将棋と違って、麻雀ではこの世の中と同じで配牌からして不平等。それでも、良い配牌を得たヤツが勝つとも限らない。ツモを積み重ねていく中で、実力と努力で配牌をひっくり返すこともできる〉。藤田はあくまでこの世界のシビアな現実を直視したうえで物事を考える。というか、そうでなければ経営者として成功を収めることはできないだろう。
問題は、そんな麻雀みたいな世の中でどうすれば「勝つ」ことができるのかだ。キャッチフレーズになりそうな箇所だけを抜き出すと、たとえば〈リスクが小さくて大きなリターンが見込める「チャンス」が目の前に現れた時に大きく勝負に出る〉、〈みんな、自分のタイミングで勝負して自滅する〉、〈麻雀とは、実はシンプルに“一生懸命打っている人が勝つ”ゲーム〉となる。
これだけを見れば、「なんとなく当たり前のことを言ってるように聞こえるんですけど」と言うひともいるかもしれない。しかし、実際に藤田が会社で制度化している事業撤退会議(「KKK会議」という物々しい名前がついている)がどのような基準を定めているか、などといった具体的なエピソードとともにそれが語られるぶん、説得力があり学びも多い。ちなみに藤田がこれまでに麻雀を打ったことがある経営者や著名人のなかで一番強いと思ったのは、ドン・キホーテ創業者の安田隆夫らしい。その理由も経営手腕と結びつけるかたちで分析される。
円熟した視点でまとめられた「引き継ぎ書」
もちろん、あくまで麻雀の話はこの書籍のほんの一部に過ぎない。麻雀論抜きの仕事論のパートでは、若手社員抜擢のシステム化や社内でハラスメントを防ぐために導入したツールが語られるなど、ネタも多彩だ。その他にも、FC町田ゼルビアをどうやってJ1チームにまで押し上げたか、フォーエバーヤングの馬主としてどのように厩舎チームと関わっているかなど、近年の活躍の秘密も明かされる。秋元康や島田紳助といった芸能関係者との交流や、宇野康秀(U-NEXT HOLDINGS社長)・夏野剛(KADOKAWA社長)・見城徹(幻冬舎社長)とのやりとりから「一流の流儀」を学ぶこともできる。
ここでもどこかの皮肉屋が「成功者の華々しい自慢話なんて聞きたくないよ」と言ってくる声が聞こえてくる気もするが、藤田はそこも正直だ。仲の良い夫妻と食事をしたときに〈「藤田さんの連載、面白いんだけどやっぱり自慢だよね」と言われてギクリとした〉ことも文章にしたりしている。個人的には、藤田が若き日に麻雀とともにハマったヒップホップを熱く語る文章や、「もしトランプ型の空気を読まない武闘派リーダーが取引先の社長になったらどう対処するか」を経験から解説する文章がとくにエキサイティングだった。
ところで、若き日にハマったのが麻雀とヒップホップ、ということで思い出されるのは藤田の自伝的著作『渋谷ではたらく社長の告白』(幻冬舎文庫)だ。この本では、藤田の生い立ちからサイバーエージェント起業、当時史上最年少での上場、その後のインターネットバブルの崩壊とそこからの復活までが、「いまだから話せる」タイプの失敗やハッタリのエピソードとともに赤裸々に語られる。そこで藤田は稀代のストーリーテラーぶりを発揮しており、読んでいるだけで「自分もなにかやってやるぞ!」という気持ちが高ぶる「青春小説」になっている。
一方で、今回の『勝負眼』を書いた藤田は、青年経営者ではなく数々の成功を収めまくったうえで50代を迎えた「大御所」である。40歳で電撃引退を表明した安室奈美恵に感銘を受けたエピソードも披露する藤田は、自身も数年前から2026年にサイバーエージェントの社長を退任することを発表していた(2025年12月12日付での新人事も発表された)。今回の本は、〈私の経営者としての想いや心構え、様々な手法をコンパクトに書き残〉した〈引き継ぎ書〉としての側面もあると藤田は言う。いわば「円熟」したカリスマがきちんと整理した情報を提供してくれる学びの多いマニュアルとして、『勝負眼』は多くの人びとにとって有益な本になるだろう。寝る前や通勤電車ですこしずつ読み進める、あるいは一気読みしたあとに手元に置いておき、ふとなにかを考えたいときにパラパラめくってみる。そんな読み方にも向いているかもしれない。
見城徹は「青春小説」のほうである『渋谷ではたらく社長の告白』を読んで「これは文学だよ、感動した」と語ったそうだが、文学の世界にはエドワード・サイードや大江健三郎が使った「晩年様式(晩年のスタイル)」という言葉もある。めちゃくちゃざっくり言うと、「ぶっ飛んだ老人が書いたヤバいもの」くらいの意味である(誤解してたらゴメンナサイ)。もちろん、まだ50代の藤田に「老人」や「晩年」という言葉を使うのはあまりに早過ぎる。ただ、社長を退任してこれからさらに自由になる「文筆家」・藤田晋が、円熟を超えたさらにその先でどんな風に連載を続け、なにを書き残すのかもいまから楽しみである。
■書誌情報
『勝負眼 「押し引き」を見極める思考と技術』
著者:藤田晋
価格:1,870円(税込)
発売日:2025年11月19日
出版社:文藝春秋

























