『呪術廻戦』五条悟の影響? ジャンプ漫画で“序盤から最強キャラ”が定番になった背景

『呪術廻戦≡』虎杖との決戦が濃厚?

 近年の『週刊少年ジャンプ』(集英社)の作品を見渡すと、とある傾向が存在していることに気づかされる。それは端的に言えば、序盤から“最強キャラ”が登場するというパターンだ。『呪術廻戦』を筆頭として、さまざまなヒット作で共通の展開が描かれている。

 言うまでもなく『呪術廻戦』の最強キャラといえば五条悟。“現代最強の呪術師”と明言されている作中トップの実力者であると同時に、序盤から主人公・虎杖悠仁を教え導く師匠的なポジションとして描かれていく。

 その一方、第1話で虎杖悠仁に受肉する特級呪霊・両面宿儺もまた「呪いの王」と称される伝説の存在だ。すなわち同作では第1話から、敵と味方の最強キャラが揃い踏みしていることになる。

 もちろん萩原一至の『BASTARD!!』や藤田和日郎の『うしおとら』など、物語の冒頭から最強格に近いキャラを登場させる作品は昔から存在した。しかし最近の『週刊少年ジャンプ』では、同系統の作品が次々とヒットしている印象が強い。

 たとえば女性しか魔法が使えない世界で“魔男”となった少年を描く『魔男のイチ』では、第1話から主人公・イチを導く存在として“現代最強の魔女”であるデスカラスが登場。同時に人類に仇をなす魔法の最強格「王の魔法」(キング・ウロロ)も登場している。すなわち『呪術廻戦』と同じく、敵味方の最強が揃うという設定だ。

 また「幻妖」と呼ばれる人外存在との戦いを描いたバトル漫画『鵺の陰陽師』では、第1話から作中最強格のキャラクターとされる鵺が、主人公の師匠兼パートナーとして登場している。

 さらに別系統として、主人公自身が“元最強”、あるいは“何らかの縛りがあるけど最強格”というパターンの作品も。前者の代表格はTVアニメ化もされた『SAKAMOTO DAYS』で、引退した元最強の殺し屋・坂本太郎が主人公に据えられている。すでに連載が終わった作品だが、『キルアオ』も中学生の姿に変えられた“伝説の殺し屋”を主人公とする話だった。

 また2024年6月から始まった『悪祓士のキヨシくん』は16歳にして「史上最強」と呼ばれている超天才悪祓士(エクソシスト)のキヨシが主人公で、2024年9月から連載されている『しのびごと』はコミュ障ながら公安警察忍部隊で同世代最強と称されるヨダカが主人公だ。

 とはいえ、そもそも少年漫画では「パワーインフレ」という概念があるように、主人公が戦いや修行を経て徐々に強くなる一方、それに応じた強さの敵や仲間が増えていく……というストーリー構成が定番だと思われる。なぜ一見型破りな作品が、次々とヒットを記録しているのだろうか。

■最強キャラが加速させる物語の速度

 序盤から最強キャラを登場させる手法には、パワーインフレが起きやすくなることや、作品内の強さの“天井”が露呈してしまうといったリスクがあるように見える。しかしそれは裏を返せば、序盤から作品全体のスケールの大きさを示すことができるということでもあるだろう。一気に壮大な規模の戦いを見せつけることで、読者を退屈させずに物語の世界に引き込めるのだ。

 また、物語のテンポ感が速くなるという点も大きな特徴。『呪術廻戦』や『鵺の陰陽師』のように師匠ポジションが最強格という設定にすれば、主人公が効率よくパワーアップしていくところを自然に描くことができる。

 そして『SAKAMOTO DAYS』や『キルアオ』のような「実は主人公が最強」というパターンの場合も、全盛期の力を取り戻す、もしくは本来のポテンシャルを発揮できるようになるという形でテンポよく物語が進んでいく。

 現代はさまざまなコンテンツが溢れかえっている飽食の時代。人々の関心がすぐに他の作品に移っていくため、ファーストインプレッションで受け手の心を掴むことが重要だと言われがちだ。音楽業界でいえば、TikTokの影響でイントロからキャッチーな展開の曲がより多く作られるようになったという分析もある。

 『週刊少年ジャンプ』で序盤から最強キャラを登場させるパターンが多くなっているのは、そうした時代の流れに適応した結果なのかもしれない。

 ただしこれが意味するのは、昔の漫画と比べて重厚な物語を描きにくくなったということではない。あくまで作中で描かれるテーマが努力・成長の軸から別の軸に移っただけで、個々の作品の深みは失われていないからだ。

 たとえば『呪術廻戦』は強くなることそのものが目的ではなく、「強さを持った人間が何を選ぶか」という倫理を探求した物語という側面がある。それを象徴するのが五条悟の存在で、たんなる無敵キャラではなく、「仲間を救うことができなかった最強」という矛盾と痛みを抱えた存在として描かれている。

 「本当の強さとは何か」という問いを深化させているという意味で、現代のバトル漫画もまた豊かなポテンシャルを秘めているのではないだろうか。

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