アマテラス粒子の発見者、藤井俊博に聞く宇宙線のひみつ「宇宙は謎だらけ、だからこそ研究し甲斐がある」

1912年に発見されて以来、宇宙の謎を解明するヒントとして、研究者を魅了し続けてきた「宇宙線」。宇宙の彼方から届く“謎の手紙”と表現されるにふさわしく、宇宙の起源であるビッグバン、さらには生命の進化を解明するカギになるといわれている。
アマテラス粒子の発見者として知られる宇宙線の研究者・藤井俊博が、『宇宙線のひみつ』(ブルーバックス)を執筆した。人々はなぜ宇宙に魅せられるのか。そもそも宇宙線とはいかなる存在なのか。この度、YouTubeチャンネル『【科学の教養】ブルーバックスチャンネル』に藤井が出演、フリーアナウンサーの赤井麻衣子が聞き手となり、「宇宙線のひみつ」を深掘りする動画が公開された。
リアルサウンド ブックでは、本動画の撮影現場を取材。藤井が発見に関わったアマテラス粒子、そして宇宙線に秘められた謎について話を聞いた。
宇宙線は“身近な存在”

――宇宙線とはそもそもどのような存在で、私たちの日常の生活にはどう関係しているのでしょう。
藤井:日常生活で意識する機会はありませんが、実はとても身近な存在です。太陽から出る紫外線はおなじみの存在ですが、宇宙から降り注いでいるのが宇宙線で、これは宇宙を構成する重要な要素の一つです。一つ一つは小さな粒子でエネルギーをもっているのですが、地球が生まれる前から絶えず降り注いでいます。
私は宇宙線を、“宇宙から送られた手紙”と捉えています。発見からまだ110年ほどですが、宇宙線を調べることで、生命の進化や人類のルーツを解き明かすことができるかもしれません。もしかすると宇宙線には、我々の「生みの親」の情報が書かれているかもしれないのです。
――宇宙線はそもそも、宇宙のどこからやってくるのでしょう。
藤井:宇宙のどこかでは常に星の爆発が起きています。比較的低いエネルギーの宇宙線は主に星の爆発によって生まれ、天の川銀河に蓄えられていると考えられています。そこから生まれたものが、時々地球にやってくるのです。一方、高エネルギーの宇宙線は、別の銀河や想像もつかないほど遠い所からやってきた可能性もあります。いずれにせよ、宇宙から長い旅を経て地球にやってくるのです。宇宙線の観測からは、ニュートリノの発見など多くのノーベル賞級の成果が生まれています。
宇宙線の主成分は陽子で、プラスの電荷を持つ粒子です。そこに含まれるのが、物質を構成する最小単位である素粒子。クォークやレプトンなど17種類が知られ、これらの研究によって宇宙の謎に迫れると考えられています。
宇宙線はこう観測する

――宇宙線を生み出した天体を調べることはできるのでしょうか。
藤井:まず理論研究者が、宇宙線の起源となりうる天体を予測します。その後、実験によって予測が正しいかを検証します。観測範囲には制限があり、高エネルギーの宇宙線は約1.5億光年以内の天体からしか来ないと考えられています。
この範囲の天体は比較的よく調べられているため、候補は絞りやすいのです。ただし宇宙線はあまのじゃくな存在で、予想どおり進まないこともしばしばあります。
――観測方法を教えてください。
藤井:地球は大気によって守られていますが、高エネルギーの宇宙線が大気に入ると細分化され、弱まった素粒子群が広い範囲に降り注ぎます。これが“空気シャワー現象”です。これをターゲットにして観測し、研究対象にするのです。
空気シャワー現象は地球上のあらゆる場所で起こり得ます。私たちはゲリラ豪雨のように到来する宇宙線を検出するため、アメリカ・ユタ州の砂漠地帯に約1.2キロ間隔で検出器を設置しています。複数の検出器が同時に反応すると、高エネルギーの宇宙線が到来したと判断できます。
アマテラス粒子検出の裏側
――アマテラス粒子はその検出器で観測されたのですね。
藤井:507台の検出器が自動でデータを送るのですが、ある日、異常に高いエネルギー値が届きました。いつもは“1”や“2”と表示されるところが、そのときだけ“244”と表示されたのです。検出器の不具合か、私のミスを疑ったほどです。
しかし、丁寧にデータを調べたところ、どうやら観測データが正しいとわかりました。驚きと同時に嬉しさがこみあげてきて、誰かに話したくて仕方ありませんでした。高エネルギー粒子の到来はある程度予想されていましたが、「自分が先に見つけたかった」と悔しがる共同研究者もいましたね(笑)。
――発表までには時間がかかりましたか。
藤井:共同研究者が論文化に合意し、何度もミーティングを重ねて仕上げました。アメリカの科学誌「Science」に投稿してから公開まで約1年半。査読者3名から厳しい指摘を受けましたが、おかげでより信頼性の高い解析結果になったと思います。
相対性理論が実感できる研究
――藤井先生の宇宙への興味はどこから始まったのでしょう。
藤井:2002年、小柴昌俊先生がニュートリノ観測の成果を評価され、ノーベル賞を受賞したことがきっかけです。当時は高校生で、心が躍り、この分野に足を踏み入れたいと思いました。宇宙は謎が多いぶん、研究し甲斐があります。アインシュタインは「宇宙で最も理解できないことは、それが理解できるということだ」と語っていますが、アマテラス粒子の発生源もわかっていません。だからこそ、これから明らかにしていきたいと思っています。
――アマテラス粒子は、国際的な共同研究が行われているそうですね。
藤井:私たちは、約150名からなる研究グループを結成し、密なコミュニケーションを取りながら研究を進めています。月1回のオンライン会議で解析状況を報告し、週1回の打ち合わせで運用状況を共有します。半年に一度は対面で議論し、論文化へ向けた調整を重ねます。海外では検出器があるユタ州はもちろん、それ以外の場所に出かけることもありますね。
研究者同士が仲良くなることで、頼りになる関係が生まれます。同じ方向を向いているときは良いのですが、意見が違うときもあります。そんなときは対話を重ね、何に納得がいかないのかを話し合うことが大事ですね。
――宇宙線の研究は、相対性理論を実感できると聞きます。
藤井:相対性理論の有名な式“E=mc²”は、光の速度 C がどこで測っても一定であり、エネルギーと質量が等価であることを示しています。この式自体は、粒子のエネルギーと質量の関係を表すもので、高エネルギーの粒子が大気中の原子と衝突すると、多数の二次粒子を生み出すことができます。
宇宙線のエネルギーは10⁸電子ボルト(100メガ電子ボルト)から1020電子ボルト(100エクサ電子ボルト)を超えるものまであり、後者は地上最大の粒子加速器で得られるエネルギーよりも7桁以上大きく、宇宙で最もエネルギーの高い粒子とされています。その起源は未解明であり、現代物理学の範囲では説明しきれない部分も含まれるため、新しい物理を発見する手がかりになる可能性があります。
アマテラス粒子の正体とは
――アマテラス粒子はまだ謎が多いのですね。
藤井:極めて高いエネルギーを持つ粒子ですが、その正体は依然として不明です。ガンマ線でも、光でも、ニュートリノでもなく、原子核であることだけが明らかになっています。そのエネルギーは244エクサ電子ボルト。1エクサは2.4“垓”電子ボルトに相当します。
とてつもない数字ですが、実は“電球を1秒つける程度のエネルギー”でしかありません。ただし、それをひとつの粒子が持っているというのが驚異的なのです。
1991年には320エクサ電子ボルトの“オーマイゴット粒子”が観測されていますが、アマテラス粒子は地上の検出器で捉えられた粒子としては最大級のエネルギーになります。
――宇宙線研究の醍醐味と、研究者に必要な資質を教えてください。
藤井:湯川秀樹氏が、原子核中の陽子と中性子を結びつける中間子を予言しましたが、それは宇宙線の研究で明らかになりました。また、宇宙線の観測でニュートリノに質量があることを明らかにしたのが、梶田隆章氏です。宇宙線研究からはこれからも大きな発見が期待されています。
観測と理論の両輪で研究を進めることが物理学の本質です。ガリレオが地動説を唱えたときも、観測と理論が揃ったからこそ世界を変えました。理論に基づき実験し、その両者がぴたりと一致したとき、宇宙の謎がまたひとつ解き明かされるのだと思います。
■書誌情報
『宇宙線のひみつ 「宇宙最強のエネルギー」の謎を追って』
著者:藤井俊博
価格:1,320円
発売日:2025年7月17日
出版社:講談社
レーベル:ブルーバックス
























