物理学者・野村泰紀が量子力学をゼロから解説したYouTube動画に注目集まる 「世界がこうなのだと示すのが物理学」


2025年は、物理学に量子力学という理論体系が誕生して、100年という節目にあたる。人間は太古の昔から宇宙に関心を抱いてきた。それが数々の神話や哲学を生む土壌となり、そして科学技術の進歩に大きな貢献を果たしてきたのである。
そして、20世紀は人類が宇宙に進出した時代でもあり、宇宙の研究が飛躍的に進み、謎だらけだった宇宙の一端を知ることができるようになった。量子力学、そして宇宙論は人間の知的好奇心の扉を大きく広げた学問といえるだろう。
宇宙論や素粒子論、宇宙や重力の研究に長年携わってきた理論物理学者の野村泰紀は、『なぜ宇宙は存在するのか はじめての現代宇宙論』(ブルーバックス、2022年)で、宇宙誕生からマルチバースまで、最先端の宇宙論を体系的に解説している。YouTubeチャンネル『【科学の教養】ブルーバックスチャンネル』では、野村が量子力学をゼロから解説した動画が公開され、大きな注目を集めている(聞き手は、フリーアナウンサーの赤井麻衣子)。
リアルサウンド ブックでは、本動画の撮影現場を取材。野村泰紀に、量子力学の始まりと歴史、その魅力について話を聞いた。
量子とは何か

――量子力学とはなんでしょうか。量子について知っておくと、どんないいことがあるのでしょう。
野村:知っておいて、日常生活に役立つようなことはないとは思います。地球が丸いことや、宇宙が膨張していることを知っても、直接お得なことは何もありませんからね。ただし、知っておくだけで物事を一味違った目線から見ることができるので、“知っていてもいい”と思うんですよ。
量子と聞くと非現実的におもえるかもしれませんが,実は私たちの生活に深く関わっています。量子力学は、携帯電話など、身近なところにもその技術が使われています。手元にある携帯電話がどうやって動いているのかを知らないで死ぬのは、もったいないと思いませんか。
――では、量子とはどのようなものなのでしょう。
野村:量子は量子です。そして、他の言葉に言い換えようとすると、途端にわからなくなるんですよ。量子は、ある条件下では、私たちが“粒”だと思うような振る舞いをします。そんな粒のような性質を持っているくせに、別の条件下だと、“波”のように振る舞ったりするので混乱してしまうのです。
つまり、量子は条件によって、私たちの従来の概念に当てはめたときには異なる姿となって見える「なにものか」です。量子力学では、量子は“波でもあり粒でもある”などと表現しますが、そういう特殊な性質をもつ存在を量子と名付けたわけですね。量子は本当に身近にあふれています。例えば、光や原子も量子にあたります。
量子は概念である
――量子とは考え方、概念なのですね。
野村:その通りです。波と言ったときには、水の波のような具体的なものを指すときも、概念としての波を指すときもありますよね。量子も概念で、光の量子、電子の量子、物を作っている量子など、様々なものがあります。そのような量子について探究していったのが、20世紀の科学の歴史でもあります。そんな量子の状態を記述する方程式が、ドイツの理論物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクによって最初に書かれたのが1925年で、今年はそれから100年経ったわけですね。
また、その翌年の1926年には、オーストリアのエルヴィン・シュレーディンガーにより、現在シュレーディンガー方程式と呼ばれる別の形式の方程式も発見され、ドイツのマックス・ボルンにより、その解釈も確定しました。このようにして、1925~1926年にかけて、現代的な量子力学が完成をみたわけです。
この理論があれば、実際に実験をやらなくても、量子の現在の状態から、将来の状態が計算できます。実験を行い、その後の結果と比べることもできます。なぜ世界がこうなのかと考えるのが哲学だとすれば、世界がこうなのだと示すのが物理学です。
――量子の研究はどのように発展していったのでしょう。
野村:量子力学はそれまでの物理学の概念を完全に覆すほど、衝撃的なものでした。その本質的な性質が、それまでの物理学の常識と、全然違っていたのです。なので、それまでの物理学の歴史を知らないと、その衝撃度合いはわかりにくいかもしれません。
そもそも、なぜ物理学という学問があるのかというと、自然界にルールがあるからです。野球のボールを完全に同じ条件で同じように投げた場合でも、その都度、違う動きをするのなら、練習をする意味はありません。しかし、同じように動くのであれば、練習をすることによって上達できます。そのルールを数式にしよう、というのが物理学です。数式にすれば、誰でも計算し、シミュレーションができますよね。
自然のルールを数式にする
――物理学は自然界のルールを数式にする学問、ということですね。
野村:物理学と聞くと難解なイメージがありますが、実は、一部の職人や天才でなくても、ルールを数式化することで、同じことをできるようにしようというのが物理学なのです。私たちの暮らしを便利にしている自動車や携帯電話、パソコンなどを構成するものは、すべて物理学の研究の賜物だといえます。
繰り返しますが、自然界にはルールがあり、毎回同じことをやれば同じことが起きる。これが物理学の原則で、ガリレオ・ガリレイ、ケプラー、ニュートンなどによって確立されました。ちなみに、ニュートンといえば、よくリンゴが落ちるのを見て、万有引力の法則を思いついたとされますね。
しかし、ニュートンが本当に疑問に思ったことはこうです。りんごは地面に落ちるし、それは高いところから落としても同じです。では、なぜ月は落ちてこないのでしょうか。これが、ニュートンの問いなのです。当時の常識では、リンゴが落ちるのは地上のルール、月が落ちないのは天界のルールに従うためと考えられていました。
――ニュートンはそれをしっかり学問的に解析したのですね。
野村:ニュートンの時代には、ガリレオ=ガリレイなどの先駆者により、物体は何もしなければまっすぐ進み続けるということは理解されていました。つまり、もし月に何の力も働かなければ、月はまっすぐ飛んでいってしまうはずなのです。ところが、月は地球に引っ張られているから、つまり地球に「落ち続けて」いるから、地球の周りを回るのです。
ニュートンの万有引力の法則が画期的だったのは、りんごが落ちるのと、月が地球の周りを回っているのは、同じ力によるものだったということを示した点です。つまり、地上のルールや、天界のルールが別々にあるわけではなかったのです。これが、現代物理学の始まりです。これによって、自然界には普遍的なルールがあることがわかったのです。
電気と磁気、電場と磁場
――ニュートンの次に、物理学に革命をもたらした重要な科学者は誰でしょうか。
野村:18~19世紀に明らかにされたのは、重力以外の力です。それは、電気や磁気です。電気にはプラスとマイナスがあり、プラスとプラスは反発し、プラスとマイナスは引き合う。同じものは反発し、違うものは引き付けあう、これはNとSの磁気も同じですね。
この過程で、ファラデーという人が、この電気と磁気の力は、プラスやマイナス、NやSから発せられるオーラのようなものを通じて働いていることを見つけました。このオーラを、電気の場合は電場、磁気の場合は磁場、と呼びます。砂鉄のなかに磁石を置いたときに、砂鉄が動いて模様ができるのを見たことがあるかもしれません。これは、磁場が可視化されたものです。
――だんだん、私たちにも身近な話になってきた気がします。
野村:この電気と磁気の力は、互いに関係したものであることが分かります。磁場が変化すると電場ができ、電流が流れます。たとえば磁石を水車につけて動かせば、水の力で電気を作れます。これが水力発電です。風力や火力、原子力を使っての発電も原理は同じです。また逆に、電場が変化すると磁場ができます。電流をコイルに流すことによって磁石にする、電磁石がまさにこれです。
この電場や磁場がどのように変化するかの式を最終的に書き下したのが、マクスウェルです。これによって「電磁気学」が完成しました。19世紀のことです。
光の正体は電磁波
――電気と磁気の力が、新たに数式になったということですね。
野村:はい。そしてその式を解いてみると、電場の変化が磁場の変化を生み、その磁場の変化がまた電場を生み、というように電場と磁場が互いに絡み合うようにしながら、波のように伝搬していく解がみつかりました。さらに、この電磁波と呼ばれるものは、私たちが光と呼んでいたものと完璧に同じ性質を示すことがわかりました。
こうして、光の正体が電磁波だったということがわかったのです。ちなみに、人間の目が光として認識できている電磁波は、その波長がある範囲に収まったものだけです。これを可視光線といい、私たちはその波長の違いを“色”として認識します。波長が短いほどエネルギーが高いのですが、短いものは紫っぽく、長いものは赤っぽく見える。
そして、紫の光よりもさらにエネルギーが高い電磁波を紫外線、さらに高いものはX線、そしてもっと高いものをガンマ線といいます。いわゆる放射線の一つです。一方で、赤い光よりエネルギーが低いものは赤外線、そしてもっとエネルギーが低いものは電波といいます。このようにしてその存在がしられるようになった電波は、今ではリモコン、携帯、ラジオなどに幅広く利用されています。
20世紀は量子力学の時代
――こういった原理原則が、19世紀までの間に解明されたことに驚きます。
野村:そうですね。そのため19世紀には、ニュートン、マクスウェルらによって物理学は完成されたとも思われていました。ところが、20世紀に入る前後、いくつかの大きな謎が現れます。最初の兆候は、熱した物体から放射される電磁波の波長ごとの強さが、観測と、ニュートン、マクスウェルの式で計算したものとで合わないということでした。ちょっとずれるとかいうレベルではなく、全く合わなかったのです。
この謎を解明する端緒は、ドイツ物理学者のマックス・プランクにより1900年に与えられました。プランクは、物体によって放出、吸収される電磁波のエネルギーは、つねにある単位量の整数倍になるという仮定をおけば、観測と理論の不一致がなくなることに気付きました。量子力学のそれまでの物理学になかった特徴の一つとして、いろいろな量が飛び飛びになるという性質があるのですが、その萌芽が見えた画期的な成果です。
続いて1905年にアルベルト・アインシュタインが、金属に光を当てると電子が飛び出す光電効果という現象を解析し、この飛び飛びは光自体がもつ粒子性であると明らかにします。また、20世紀に入り、原子の中心には原子核というものがあり、そのまわりに電子が存在しているとわかりましたが、これも電子の軌道にある種の飛び飛びを導入しなければ理解できないことが、デンマークのニールス・ボーアによって明らかにされます。
――これらの発展が量子力学の誕生につながったのですね。
野村:はい。決定的だったのは、1925年にフランスの物理学者ルイ・ド・ブロイによって、ボーアの導入した電子軌道の飛び飛びは、粒子と思われた電子が波の性質も持つとすれば理解できることが示されたことでした。これにより、光も電子も、またそれ以外のものもすべて、粒子と波の二重性を持つ何ものか、すなわち「量子」であることが明らかになったのです。そして、この後ハイゼンベルク、シュレーディンガー、ボルンらの仕事を経て量子力学が確立することになるのです。
量子力学は、科学技術の発展に大きな功績を果たしました。20世紀の数々のテクノロジーの発展、また人間が宇宙に進出する、宇宙時代の幕開けにつながったといえます。そこにたどり着くまでには、多くの科学者の研究の積み重ねがあったのです。
■書誌情報
『なぜ宇宙は存在するのか はじめての現代宇宙論』
著者:野村泰紀
価格:1,100円
発売日:2022年4月14日
出版社:講談社
レーベル:ブルーバックス




























