『爆弾』タゴサクの次は『アトミック・ブレイバー』与太郎へーー呉勝浩の最新作は“未来の日本”が舞台の破天荒な物語

呉勝浩『アトミック・ブレイバー』評

 タゴサクの次は与太郎か。いや、呉勝浩の作品のことである。作者が2023年に刊行した、連続爆弾事件を扱ったミステリー『爆弾』は、大きな話題となった。2025年にはシリーズ第二弾となる『法廷占拠 爆弾2』も刊行された。この二作に登場する重要人物が〝スズキタゴザク〟なのだ。非常に不快な人間であり、読んでいるこちらの神経を逆なでする。それなのに、いつの間にか目が離せなくなる。独自の存在感を発揮しているのだ。だから個人的に、「爆弾」シリーズではなく、「スズキタゴサク」シリーズと呼んでいたりする。なお映画『爆弾』で、佐藤二朗がスズキタゴサクを演じているが、これ以上はないハマリ役だ。

 話を呉勝浩に戻そう。そんな作者の最新作『アトミック・ブレイバー』の主人公の名前が提下与太郎である。ちなみに与太郎とは、さまざまな落語に出てくるキャラクターのこと。呑気な性格だが、間が抜けており、よく失敗をする。本書の与太郎が、この落語のキャラクターを意識したものであることは、いうまでもないだろう。

 小型核爆弾による、世界同時多発テロ《ヴァージン・スーサイド》から二十七年。さまざまな講座を配信している、株式会社ノーズイーストで、企画をコンテンツに仕上げる仕事をしている平凡な社員の与太郎は、親会社の東倫堂に呼び出される。そして営業企画九課の吊木から、引き抜きの誘いを受けた。さらに日を改めて人事部の播磨部長とも会うが、高圧的な態度を取られる。吊木から、愛用している国家推奨の睡眠誘導アプリ《ORANGE》が、ハッキングされていたと聞き、混乱する与太郎。どうやら中学生時代から大学の途中まで一緒だった友人の西丸昴の仕業らしい。また、吊木が席を外した隙に播磨から、トランプのようなカードを渡される。サイケデリックなフォントで意味不明な数字の羅列が、なぜか与太郎には『天上天下、二週回ってすぐ左』と読めた。より混乱する与太郎だが、配達員を装った女性が現れ、強引に連れ去られる。女性は、与太郎にメッセージを送ってきていた《juicy600》ことジューシーさんだった。訳が分からないまま与太郎は、人類の未来にかかわるとんでもない騒動に巻き込まれていく。

 世界同時多発テロの後も、テロや事件が数年続いたが、日本はなんとか日常を取り戻していた。しかし社会は大きく変化している。科学は発展しているが、電力料金の高騰は留まるところを知らない。暮らしている団地には充電室があり、自家発電マシンを使用すると、国から五パーセントのサービス電力が付くのだ。他にも、生体電子住民証が当たり前になっており、さまざまな情報が国に握られている。といっても与太郎に不満はない。平凡な日常に満足しているのだ。

 そんな与太郎の巻き込まれた騒動は破天荒なものである。かつて作者は、『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』という破天荒な作品を発表しているが、読んでいてそれをちょっと思い出した。しかし本書は破天荒でありながら、納得できるストーリーになっている。未来の日本が、緻密に構築されているからだ。二十七年前に両親と姉が新宿でテロにより死亡し、その後、与太郎を引き取ってくれた祖父母も亡くなる。友達のように思っているのは、長年使っているAIのマサルだけ。臆病で凡庸で善良。そんな与太郎の視点で、未来の社会が巧みに描かれているのだ。それが土台にあるので、複数の組織が入り乱れ、世界的な規模の陰謀へと発展する物語と、ある人物がいう「賢さが、むしろ愚かさを増幅させる時代がきたのさ」という言葉が、すんなりと受け入れられるのだ。人類は行き止まりなのか。人間は永遠に、憎しみや暴力と折り合いがつけられないのか。作者が突きつける問いは重い。

 だが、そんな世界だからこそ、凡庸で善良な与太郎に、未来が託されたのだろう。ちょっとイライラする彼の弱さや、愚直な心は、いつしか希望へと転化していくのである。とはいえ世界の行方を決める方法は、まさに破天荒。本の帯に載っているので、ここにも書いてしまうが、与太郎がプレイする格闘ゲーム《アトミック・ブレイバー5》の改良版なのである。何がどうすればそうなるのかは、読んでのお楽しみ。格闘ゲームの描写も熱い。本書は、ミステリーであり、SFであり、ゲーム小説であり、なによりも絶望と希望の物語なのである。

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