「レシピ本大賞」コミック賞『キッチンに住みたい』サトウユカが“夢のキッチン”を語る 「キッチンは自分自身が一番出る場所」

『キッチンに住みたい』サトウユカが語る

 恋に恋する美容師、ストイックな生活を心がけるヨガ講師、第3の人生を歩み始めた元主婦……職業も年齢もバラバラな6人の女性たちの日常を、キッチンを通して描いた『キッチンに住みたい』(オーバーラップ)。今秋には第1巻が、「第12回料理レシピ本大賞 in Japan」の【料理部門】コミック賞を受賞し、ますます話題となっているコミックシリーズだ。各キャラクターが織りなす物語はもちろん、細部まで描きこまれたキッチンの様子も見どころの作品だが、どのキッチンも整ってはいるものの現実離れしておらず、ふしぎと親近感を覚えてしまう。一体、どのようにして「理想」と「現実」のちょうど良い狭間にあるキッチンは描き出されたのか? 第2巻の発売を控えた作者のサトウユカに訊ねてみた。


持ち主の個性が色濃く出る場所としてのキッチン

ーー『キッチンに住みたい』1巻に登場するキャラクターには、それぞれモデルとなった方がいるそうですが、年齢も職業もバラバラだとモデル探しが大変だったのではないでしょうか?

サトウユカ(以下、サトウ):それが、編集担当の片野さんから「こういうキャラクターがいいです」とご提案いただいたとき、片野さんがわざと選んだのかってくらいに全員「あ、あの人だ!」って、私が大好きな人たちにぴったりと当てはまったんです。本当に仲良しな人たちばかりだったから、取材でキッチンを見せてほしいとお願いしたら気軽に「いいよ」って言ってもらえました。第3の人生を歩み始めた碧さんのモデルとなったのは近所に住んでいるお母さん友だちなんですけど、久しくお家には遊びに行っていなくて。先に「碧さんのキッチンにはこういうものがありそうだな」っていうのをラフでなんとなく描いていたんですけど、家に行ったら実際にあって「読みが当たった!」とウキウキしちゃいました。

ーー取材では、キッチンのどのような部分に着目されましたか?

サトウ:まずキッチンにある宝物を教えてもらって、あとは好きな料理と普段の食事、三食どういうものを食べているのかとか。本当に仲良しということもあり、その人たちのことが大抵わかっていたので、聞いたのはそれくらいでしたね。

ーー宝物として、皆さんどのようなものをあげていたのでしょうか?

サトウ:1巻の表紙に登場している鶴子さんのモデルの方はエプロンとお鍋、ヨガ講師のエリナさんのモデルの方は浄水する石を入れたウォーターサーバー、といった感じでした。

ーーどれも作中に登場するものですね。作中にはさまざまな料理やレシピも登場しますが、どれもサトウさんが普段から作られているものなのでしょうか?

サトウ:美容師のそらちゃんのモデルは、私がお世話になっている美容師さんなのですが、あの物語に出てくるお料理は実際に彼女がよく作っているメニューを聞いてレシピは私が考えました。碧さんの物語の杏仁豆腐は碧さんのモデルの方に聞いたレシピだったり、正香ちゃんが作ってる料理は普段わたしがよく作るものだったりしています。

ーーさまざまなキッチンを取材すればするほど感じるものがあったと思いますが、あらためてキッチンはどのような場所だと感じられましたか?

サトウ:これはこの作品を描いていて思ったんですけど、本当に自分自身が一番出る場所だなって。性格や趣味、食べものや食器の好み、あときれい好きなのか大雑把なのか、そういうもの全てがリビングルームとかよりも出る場所で面白いなって描きながらどんどん思うようになりました。

ーー狭いけど実用的なキッチンが登場したり、誰もが見覚えのありそうなあの収納用品が描かれていたりと、どのキッチンにもリアリティがあるのも個人的には好感が持てました。描かれる際には、理想だけがつまった「夢のキッチン」になりすぎないように意識されていたのでしょうか?

サトウ:私と片野さんどちらも生活感のあるキッチンが好きなので、あまり意識しなかったですね。ちなみに1巻の表紙のテーブルの上にみかんの皮やレシートが置いてあったり、毛糸が入ったバスケットのかごの中にのど飴が入っていたりするのは、片野さんのアイデアです。

ーー1巻のあとがきで、6人目のキャラクターとして登場する車のバンを住まいにしている正香さんのようなキッチンに将来住みたいと書かれていました。正香さんのキッチンはサトウさんの「夢のキッチン」ですか?

サトウ:私、免許も持っていないから車に住むなんて想像したこともなかったのですが、バンライフというものがあることを知って「将来は免許を取ってこういう暮らししたいかも!」っていう夢がでてきた直後に『キッチンに住みたい』のお話をいただいて…「6人目にこういう人を描いてもいい?」と片野さんに聞いてみたんです。

ーー6人目のキャラクターはサトウさんからの提案だったんですね。

サトウ:そうなんです。だから描きながら、私もバンライフについてさらに調べて、自分の夢をもっと詳細にしていった感じです。バンのキッチンの中には、実際にバンライフになったときに今の家から持っていくものを描きました。

サトウユカ

実体験からのリアリティと、ひそかな遊び心を詰め込んだ第2巻

ーー11月15日に発売された2巻も、ご友人との交流の中で「もし2巻が描けるなら、彼女を描きたい」と思った直後に片野さんからオファーがきたとあとがきにありましたが、先ほどのキッチンやレシピの話といい、なんだかミラクルつづきですね。

サトウ:私、ミラクルだらけなんです(笑)。3巻のお話も既にいただいているので、その中でとあるエピソードを描こうと思い、4年くらい前からずっと行きたいと思っていたお店に取材できたらなと思っていたんです。でも、そこのInstagramを見たら11月で閉店すると書かれていて、滅多にしないのですが「ずっと行きたくて、必ず行きます」とメッセージを送ったところ、「本、持ってます。大ファンです」ってお返事が届いたんです。もう、テンションが上がって「お話を聞かせてもらっていいですか?」ってお願いして、今度取材させていただけることになって。なんか、そういうことがしょっちゅうあるんです。

ーー2巻にはキッチンの断捨離をきっかけに人生が好転するキャラクターも登場します。サトウさんのお家も以前は片付いていなかったそうですが、もしかしてあのエピソードは実体験からきているのでしょうか?

サトウ:そうですね。過去の私と現在小学生のお子さんがいる友人がモデルです。あの話の中で描いた、ものがパンパンに詰まった冷蔵庫から捨てるものや、ぐちゃぐちゃのキッチンから捨てたもの具体的な内容とか、人生が好転していく姿は自分の実体験を思い出しながら描きました。

ーー会社員とチアリーディング講師の二足の草鞋を履いているキャラクターも2巻には登場しますが、彼女もチアリーダーをされているサトウさんの実体験が活かされているのでしょうか?

サトウ:はい、私です(笑)。1巻でそらちゃんの友だち役で出てきた子だったから具体的なモデルはいなくて、私になりました。でも私と違って彼女はお酒がとても好きという設定なので、お酒好きな人に取材をして、たくさん話をしてキャラクターを完成させました。作中にはお酒の空き瓶をリメイクしたインテリアが登場するのですが、それも実際に私の家にあるものだったり。

ーー『キッチンに住みたい』シリーズはフィクション・物語ではあるものの、そういったリアリティが随所に散りばめられているんですね。

サトウ:そうですね。全てが空想ということはないです。2巻に登場するカオスなキッチンの持ち主であるタマ子さんのモデルは私のチアリーディングの生徒なんですが、作中で描いたように本当に食器棚に吸盤ダーツをつけていたり、食品サンプルが棚の中にあったりするんです。「面白い方だな」と思っていたからキッチンを写真で見せてもらえないかお願いしたんですけど、私の頭では思い浮かばないカオスさで、ほぼそのままを描きました。もう写真を見せてもらって「ありがとう!」って思いましたね(笑)。

ーー2巻では、自分の「好き」という感覚を大切にすることがサブテーマとして1巻よりも色濃く描かれていましたが、これは何か理由があるのでしょうか?

サトウ:いや、濃くなっちゃったというか……1巻の最後に描いたバンライフのお話で夢の自分を描いていたので、暑苦しさがマックス値まできている状態だったんですよね。その状態で2巻のネームを描きはじめたから、最初は1巻の3倍くらい暑苦しい、それこそ「サトウユカ物語」みたいな内容になっちゃってたんです(笑)。その暑苦しさのレベルを片野さんに下げてもらい、今回の2巻ができた感じです。

ーー2巻には、1巻にちらりと登場していた男性のキッチンも登場します。このキャラクターを選んだ理由は何かあるのでしょうか?

サトウ:私、マンガの中で「あの人がここにも登場している」みたいなのが好きで。若い学生のキャラクターも入れようとなったとき、彼がちょうどいいなとなったんです。

ーーそういえば1巻の表紙と、2巻の表紙はリンクしていますよね。

サトウ:そうなんです! そういう気づかれないレベルのものとかも私は作中に入れて、ひとりで喜んでいるんですけど、読者の方に気づいてもらえたらすごく嬉しいです。

ーー2巻でサトウさんの思い入れが特にあるエピソードをあげるならどれになりますか?

サトウ:そらさんのお母さんである柊呂さんのお話はすごく気に入っていて。最後に「変わっていくことも/変わらないことも/美しく幸せな日々だ」というモノローグがあるのですが、私は昔「人は変わらないといけない」と思っていたんです。でも断捨離をしたり、カードリーディングを始めて心のお勉強をしたりして、「変わらなくてもいいんだ」っていうのにやっと気付けて。その気付きがあったから書けたセリフだと思っていますし、書けた自分に対して拍手したいです。

ーー読者やファンの方々からいろんなメッセージが届いていると思いますが、印象に残っているメッセージはありますか?

サトウ:料理をテーマに描いたわけではなかったのですが、「お料理をちゃんと作りたいと思いました」と言ってくれる方が多かったのがその方の人生に関われた気がして一番嬉しかったです。

ーー2巻を読んだ方からは「片付けようと思いました」とメッセージが届きそうですね。

サトウ:それもすごく嬉しい! そんな感想が届いたら、最高ですね。

書籍は本棚に並べたくなるデザインに。


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