「1万円超え」高額本が続々登場する背景は? 物価高騰だけではない出版社の戦略

今年8月、河出書房新社から小説『アントカインド』が発売された。『マルコヴィッチの穴』や『エターナル・サンシャイン』で知られる映画監督・脚本家のチャーリー・カウフマンによる初の長編小説で、トランプ政権の先行きを予見するような世界を描いている。〈読むカルト映画〉というコピーも納得の内容で、海外文芸ファンの注目を集めた。
さらに話題になったのが、定価15,400円という“攻めた”価格設定だった。それもそのはず、本書はただのハードカバーではなく、デザイナー川名潤の手がけたレインボー箔押クロス装、多色UV印刷特装函入りという豪華仕様で、作品の世界観を形にした一冊に仕上がっている。
同じく高価格本の例として、早川書房から10月に刊行された、U2のボノによる回顧録『SURRENDER ー40の歌、ひとつの物語ー』があり、こちらは定価18,150円だ。本書も通常の書籍よりずいぶんと高額な価格設定となっている。『アントカインド』だけでなく、こうした1万円を超える書籍は、なぜ今、目立ち始めているのだろうか。
そもそも、いま紙の書籍は全体的に値上がりしている。この理由について、出版社・河出書房新社の編集部は次のように話す。
「輸送も含む書籍の製作に関わる費用が上昇し、1冊あたりの製造単価が上がっていること、また、日本の出版販売額は紙の書籍と雑誌で見ると年々減少しており、それに伴って初版部数がかつてより減っていることも要因の一つです」
もちろん、書籍にかかる費用は紙やインクといった材料費にとどまらない。本を作るには、作家や編集者、校閲者、デザイナーたちに支払う制作費、物流や倉庫の管理費といったさまざまな費用がかかる。本の値上がりは、複数の要因が重なって生じているものだ。こういった事情もあり、書籍は従来の価格を維持できなくなっている。
それでもあえて高価格な書籍が刊行されている。あまりにも値段が高いと、読者離れにもつながりかねないが、これには出版社の狙いがあるようだ。河出書房新社編集部は次のように続ける。
「かつては新聞広告等を使って不特定多数に向けた宣伝しかできなかった書籍の刊行情報が、インターネットやSNSが発達したことで、興味をお持ちの想定読者の方にこれまで以上に届きやすくなり、さらに、あるニュースやSNS上での話題から興味を持った読者の方がその書籍のもっと詳しい情報を入手しやすい時代にもなりました。
この相乗効果によって、一定の読者の方に高い価値を感じていただける書籍や、かつては出版に踏み切れなかったような趣味性の高い書籍を刊行しやすくなったと考えています。想定読者の方のニーズの読みにもよりますが、以前より書籍企画の幅が広がったのではないでしょうか。
特に初版部数が少ない書籍の場合は価格が高くなる傾向は否めませんが、心待ちにしてくださっている読者の方に向けて、書籍の装幀・造本も含めて高い満足度を得ていただけるような書籍を、今後も刊行して参りたいと思っています」
1万円を超える本を出版社が刊行する理由。それは、読者の満足度を最大限に高めるためでもあった。確かに、値上げの背景には物価高による製造単価の上昇がある。しかし、この高価格という逆風は、同時にチャンスを生み出した。 SNSの普及によって「ニッチな企画」が成立するようになり、『アントカインド』のように高価格だからこそ実現できる豪華な装幀で、特定の読者に強く訴える商品設計が可能になった。
紙代や物流費の高騰は出版界にとって逆風だが、その一方で「高くても買いたい」と思わせる、本の新しい価値づくりが始まっている。価格上昇の裏側で、これまでになかったジャンルの本が生まれつつあるのだ。























