「ファミリーマガジン」を謳い100周年ーー雑誌「家の光」が照らす“農家“の暮らしと“協同”の心

雑誌「家の光」をご存じだろうか。「知っている!」という人は、もしかすると家族に農業関係者がいるのかもしれない。記者は、秋田県の農村出身なのだが、「家の光」は物心ついたころから傍らにあったなじみ深い雑誌の一つだった。
「家の光」は戦前の時点で100万部に到達し、ピーク時は170万部を超えていたことがあり、今なお約33万部を刊行し続けている。芸能人のインタビューから人生相談、料理のレシピまで、幅広いテーマの記事が掲載されている総合誌なのだが、書店では販売されていない。その理由は、「家の光」が創刊された経緯が関係しているのだという。
今回、100周年記念号(2025年5月号)の編集長を務めた山本樹氏、現編集長の結城京子氏、に、「家の光」のこれまでとこれから、そして紙の雑誌の未来についても濃密に話を聞いた。創刊100周年を迎えた雑誌が、独自の編集哲学によって刊行されていることがわかるはずだ。
■100周年を迎えて思うこと

――創刊100周年を迎えた今のお気持ちをお聞かせください。
山本:100年の歴史をもつ雑誌は「文藝春秋」「婦人公論」「サンデー毎日」など、かなり限られていますから、編集しながら歴史の重みを感じています。100周年記念企画の誌面を検討しながら強く感じたことなのですが、「家の光」の過去のバックナンバーを見て振り返ってみると、この雑誌は“農村の生活史そのもの”だと思いました。

――創刊100周年を迎えるにあたり、誌面のリニューアルも行ったそうですね。100周年記念号の見どころも併せて教えてください。
山本:1年前から販売を盛り上げるべく、リニューアルを進めました。満を持して刊行された創刊100周年記念号(2025年5月号)の記念企画のテーマに据えたのは“台所”です。「家の光」の読者は、主婦でもあり農家でもあります。台所は、畑と家族の食卓をつなぐ大事な場所ですからね。
農家や料理研究家のみなさんに聞いた台所を舞台にした家族の物語などを特集したほか、台所の変遷についても紹介しています。戦後の日本の農村では台所改善運動が盛り上がりました。土間で薪や竈が用いられていた台所が近代化していった様子が、「家の光」のバックナンバーを見るとわかるんですよ。

別冊付録では、“台所の知恵”をテーマに記事を作りました。料理をはじめ、食と健康に関連した記事、そして台所からは離れますが、手芸も取り上げています。バックナンバーで人気のあった記事を読者アンケートなどで調べ、専門家に現代風にアレンジしていただき、現在でも活用できる内容にしています。いわば、ベストセレクションという誌面ですね。
――「家の光」の特徴はどんなところにあるのでしょうか。
山本:読者は、50代以上で、何らかの形で農業にかかわりにある女性層がメインです。それに本誌の一貫して変わらない特徴は、ファミリーマガジンを謳っていることです。今となっては家庭雑誌というコンセプトは珍しいでしょう。子供からお年寄りまで、性別も問わず、誰でもパラパラとめくりながら楽しめる。これは発刊当初からのコンセプトです。ちなみに、男性の読者も約2割いて、20~30代の方からのアンケートが来ることもあります。
それに長年読んでくださっている読者が非常に多いのも特徴です。大正、昭和、平成、令和と、世代を超えて読み継がれてきている雑誌だなと感じます。「家の光」は雑誌でありながら、読み捨てられにくく、バックナンバーを保存している読者がたくさんいます。3年以上保管している人は珍しくありませんし、戦後間もないころの雑誌が蔵にあるという方もいらっしゃると聞きます。
高度成長期まではまだまだ本が貴重だったので、大事に残しておくという風潮が影響しているのもしれません。長期にわたって保存していただいていることを踏まえ、編集部内の校閲の専門部署にはスタッフ3人、外部校正者は4人ほどいます。誤植などのミスがあったら一大事と考え、丁寧に編集しています。
結城:後ろの表紙、いわゆる表4の片隅には“おなまえ”の欄があるのも珍しいと思います。「家の光」はJA女性部(※)のみなさんが持ち寄って読書会をしたり、料理教室などで活用されることが多いのです。持ち寄ったときに誰のものかわからなくなることを防ぐため、名前の欄があるんですね。個人で読むだけでなく、仲間と活用することまで見据えて作っているのは特徴の一つです。
※各地のJAで、暮らしや農業を豊かにするための地域活動や趣味の仲間づくりなどを目的に活動する女性たちの集まり。

――書店で販売されていないのはなぜでしょうか。
山本:発刊の経緯と関連があります。巻頭の特集や記事を読むと、生活実用の雑誌のイメージですが、後半にはJA(農業協同組合)の活動についてわかりやすく伝えているページがあります。現在のJAの前身にあたるのが、1900年以降に設立された産業組合という協同組合でした。
大正末期には農村が不況になり、農家の経営が苦しくなって、産業組合の経営も悪化しました。そんなとき、みんなで集まって支え合う“協同”の大切さを、農家のみなさんに広める媒体が必要、ということで「家の光」が発刊されました。現在も雑誌の原点といえる理念は重要であると考えていて、書店売りを行わず、地域のJAからおすすめしていただくスタイルをとっています。
■等身大の農家に光を当てていく
――書店売りをしない雑誌でありながら、幅広いテーマの記事が掲載されています。
山本:読み物や生活実用の記事を重視しているのは、かつては、農村に娯楽や教養を届ける大衆娯楽雑誌としての側面があったためです。菊池寛、吉川英治など名だたる小説家が連載していましたし、現在も五木寛之さんが『新・生きるヒント』という連載をされています。五木さんは昭和30年代に「家の光」などでルポライターをしていたのです。当時から、文芸的な要素に力を入れていたのがよくわかります。

――印象に残っている特集や連載があれば教えてください。
山本:私は、立松和平さんが全国の農村を訪ねる「立松和平の元気探訪」という連載を2000年代初めに担当していました。宮城県のツルムラサキの生産農家の家族を取材したとき、最初の印象は、平凡であまり特徴がない人たちに感じられたのです。
ところが、立松さんの原稿には「なんとくな幸せがいちばんの幸せ」というタイトルがつけられていたのです。ハッ、としました。どこにでもいる等身大の農家に光を当て、その人たちの幸せや価値観、苦労を伝えることが、我々の雑誌の大きな使命なのだと改めて感じたのです。この雑誌で大事にしなければいけない価値観の一つだと思っています。
結城:美輪明宏さんの人生相談の連載は2001年の12月号から始まり、最初に読む読者も多い人気記事です。美輪さんのズバッとした回答が好まれますが、悩み事が時代を反映していると思います。嫁姑の諍いや長男長女の結婚問題など、その時代の農村のリアルな慣習や暮らしが浮かび上がっているのが人気の理由なのかなと思います。

今は引きこもりの息子に悩んでいるとか、夫のDVやLGBTに関する悩み相談もあります。いずれの相談にも美輪さんが真摯に答えてくれる、「家の光」でしか読めない名物連載だと思っています。最近、岐阜県のJA女性部にヒアリングに行ったとき、ベテランの女性部員の方から「最近の相談内容はすいぶんと穏やかだね」と言われましたが(笑)。
――読者の反響で、心に残っているエピソードはありますか。
結城:大きなムーブメントが起こった記事を挙げるなら、2005年の手芸企画「木綿で編む 布ぞうり」でしょうか。記事は空前の大ヒット。全国のJA女性部の間で布ぞうり作りが大人気になり、講師になって教えに行く人も出たほどです。
今年の9月号で、この記事をきっかけに布ぞうりを作りはじめた方を取材しました。20年近く布ぞうりを編み続けて編んだ数は約1000足。今も近所の保育園児のために布ぞうりを作り、喜ばれているそうです。

――布ぞうりは道の駅や農村の直売所などで売られているのを見かけますが、「家の光」がきっかけで広がったのですね。
山本:ほかにも、「さっとカブリーナ」という帽子のアイデアを読者の方からいただいて掲載したら、大反響がありました。2~3回ほど特集し、広がりをみせています。「家の光」で取り上げられたことを機に広まった文化は、私たちが把握していないものも含めて、かなりあるのではないかと思っています。
――時代とともに家庭や地域、暮らしのあり方も変わってきました。編集方針や誌面づくりにおいて、どのような変化があったのでしょうか。
山本:もちろん、記事の内容は時代のニーズに合わせて変えていますが、原点である協同の大切さ、仲間や地域を大事にして生きていくというコンセプトは変えていません。通常の雑誌は、個人が読んで活用し、暮らしに役立てるというもの。私たちは、仲間と情報共有して、地域を良くすることに役立つ雑誌を作りたいと考えています。
結城:食生活の変化は、1963年から続く長期連載となっている「家の光料理カード」を見ればわかります。1960年代当時のレシピを見ると、大家族を意識して6人分になっているのです。また、シチューに若鶏1羽を使うなど、明らかに量が多いですし、かつては自宅で飼育している鶏を料理に使うという発想もあったのかもしれません。

山本:昨年から、分量が2人分に変わっています。家庭雑誌ということで分量をどうすべきかかなり悩んでいたのですが、アンケート結果をもとに2人分に変更しました。ちなみに、「家の光料理カード」は当初は文字通り厚紙のカードで、切り取って使えるようになっていました。レシピには通し番号がついていて、今年の4月号で5000番に到達しました。
――ページをめくるとわかるのですが、記事の文字も大きめですよね。
山本:年配の読者を意識して、文字を読みやすくしています。文字の級数は16級で、雑誌のなかでもかなり大きいほうだと思います。なお、以前は岡本一宣さんがデザインしたスタイリッシュな誌面が好評でしたが、昨年の5月号のリニューアルを機に、以前からの、読みやすさを継承しつつ、明るくて親しみやすい温かみのある誌面にしています。

結城:現在のレイアウトは、アートディレクターの松田剛さんにお願いしています。1人のアートディレクターが、誌面のデザインを一貫して担当している雑誌も少ないのではと思います。
山本:あと、リニューアルで表紙の「家の光」のタイトルが縦ロゴになりました。書店で売っている雑誌だと、ラックに入ったときにタイトルが見えなくなるので、あり得ないデザインなのです。しかし、「家の光」はJAを通じて購読する雑誌ですし、JAの店頭では重ねて置かれることがないので、思い切ったリニューアルに踏み切れました。






















