『解きたくなる数学』など「論理的思考力」鍛えるベストセラー続々 「頭がいい」の条件に変化?

「論理的思考力」を鍛える本が人気である。『ピタゴラスイッチ』の制作メンバーが手掛けた『解きたくなる数学』(岩波書店)は13万部のベストセラーとなり、さらに続編となる『新・解きたくなる数学』(同)は11月に発売予定。それ以外にも類書は多く、論理的思考力に関する書籍は書店の一角を占め続けている。
これらの本の多くは、出題を解いていくドリル形式で書かれている。問題は基本的に文章題であり、「とある状況について限られた説明をされ、その説明を論理的に読み解いたり語られていない部分を詰めつつ、出題に答える」という形式が多い。問題文自体に冷静に読めば理解できるヒントが散りばめられており、それを的確に読み解いて正解に辿り着くことが求められる。
重要なのは、ドリル形式であるという点だろう。これらの書籍の多くは問題に難易度が書かれており、本を読み進めるごとにステップアップしていく形となっている。単純な問題から論理的思考力を身につけ、徐々に難問も解けるようになっていくという道筋がわかりやすく、また正解すれば単純に楽しい。「問題を解く」という具体的な課題を与えられ、正解すれば気持ちよく、さらにいくつも問題を解いていくことでステップアップし、一冊解き終わるころには「論理的思考力」が身に付くという、非常にわかりやすいストーリーが提示されている。受験勉強などで馴染み深い問題集形式であることも、読者にとってはとっつきやすさにつながっているはずだ。

興味深いのは、「論理的思考力を鍛える」と銘打たれている本の中に、タイトルに「頭のいい人」という言い回しを含んでいるものがいくつも存在することである。『頭のいい人になる 具体⇄抽象ドリル』(SBクリエイティブ)『頭のいい人だけが解ける論理的思考問題』(ダイヤモンド社)『頭がいい人の思考術 日本一やさしいロジカルシンキング』(ビジネス教育出版社)『頭がいい人の〈思考の型〉が身につく 社会人1年目からの論理的思考トレーニング』(イースト・プレス)などなど、「論理的思考できる=頭がいい」という図式を当然のものとしてつけられたタイトルが目につくのだ。
確かに、高度な論理的思考を行なうためには、ある程度以上の知能が必要なのは間違いないだろう。しかし、それ以前に「頭のよさ」をどう定義するかという問題がある。なにをもってして「頭がいい」とするかは、状況によって大きく変化する。マンモスを捕まえるための罠を効率的に設計する能力を持っていたとしても、それを発揮して今の日本で「頭がいい」と言ってもらえるとは限らない。株式投資の才能があったとしても、貨幣経済が高度化する以前では最適な形で役立てることはできないだろう。「頭がいい」ことの定義は、時代や状況によって変化する、ひどく曖昧なものなのである。
これだけ似たようなタイトルで論理的思考を鍛える本が発売されている以上、現代の日本において「頭がいい人は論理的思考ができる人である」という定義は、ある程度常識として広まった一種のトレンドと言えるだろう。現代の日本においては、文章を読み解き、前提条件を理解しながら理屈立てて物事を考えることができる人が「頭がいい人」なのである。確かに改めて書き出してみても、頭の良さの条件として違和感がない。
注目したいのは、論理的思考力を鍛える本というジャンルに限れば、頭のよさの条件として「物知りである」「博学である」という点が抜け落ちている点である。かつて「頭がいい」という形容には、「頭の中に知識をたくさん詰め込んでいる」というニュアンスも含まれていたように思う。たくさん暗記ができ、物覚えがよく、知識のストレージとしての能力が高いことも「頭がいい」ことの条件だった時代は、そう遠いものではないはずだ。
思うに、インターネットとスマートフォンの普及によって、知識や情報それ自体や、それらを頭に詰め込んでいることの価値は著しく下がった。気になることはすぐにその場で検索できるし、ひと通りの知識ならばそれで吸収できる。幅広い範囲の物事を知識として頭に溜め込んでいることの価値が、ネットの普及によって相対的に大きく下がったわけである。単純な丸暗記ではなく、読解し論理を組み立てて思考することへと「頭がいい」ことの定義が移り変わっていったことは、時代の変化を象徴しているように思う。
前述したように、「頭の良さ」の定義は時代や状況によって大きく移り変わる。そんな中で、最新の「頭の良さ」の定義とそれに対する需要を知ることができるのが、これら論理的思考力訓練用のドリル型書籍なのである。今、「頭がいい」とはどういうことなのかを知りたいという人には、一冊買ってトライすることをおすすめしたい。意外な難しさ、そして正解して「論理的思考力がある」と認められた時の嬉しさに驚くはずだ。























