幽霊を「はっきりと見えてしまう」人の脳では何が起こっている? 脳神経内科医に聞く、現代科学と怪談の関係

科学が進んだことで怪異が説明でき、脳の研究を進める
ーー今回の本では、他には「入眠時幻覚」「純粋視覚型幻覚」など具体的に診断名を分け、幽霊の見えるメカニズムが紹介されています。それらが新旧の作家たちが残した怪談や幽霊話の解明につながっていく解説が大変興味深かったです。
古谷:歴史を振り返ってみると雷のように正体不明で魔術や天罰と考えられていた現象も、科学の進歩によって電気的現象と解明され、対処可能になりました。脳とか精神が引き起こすものも、それらと同じなんです。これは『ネイチャー』に発表された神経科学者による論文ですが、自分が幽霊になる「幽体離脱」という体外離脱現象について、ビデオカメラとビデオモニタ付きのゴーグルを使用することで人為的に起こせることが実証されています。このように脳科学の研究は日々進んでいて、はるか昔には怪異だったものの原因が徐々に解明される時代になってきたわけです。
たとえば民俗学者の柳田國男さんが記した『遠野物語』の時代では当然、MRIもCTも脳波計なんていうのもなかったわけです。ただ、柳田さんは遠野の人たちの話を聞いたままに正確に記載した。それによって、現在私のような医者がパーキンソン病や認知症の患者さんを診るときに「これは遠野物語に出てくるあの話と同じだな」と結びつけることができるわけですね。きちっと正確に記録された情報があったからこそ、百数十年後の科学の進歩によって検証することができたんです。逆に言いますと、そうした民俗学者が遺した怪異の数々が、今になって脳科学の研究の新しい手がかりになっている。そう考えることもできるわけです。
ーー本書で資料として引用されてるのは、柳田國男氏の弟子でもある民俗学者・今野圓輔氏による『日本怪談集 幽霊篇』にはじまり、椎名誠氏による幽霊体験エッセイや、山での不思議な体験談を集めた田中康弘氏による『山怪』、あとはバラエティ番組『探偵!ナイトスクープ』の幽霊が見えるという大学生のVTRまでさまざまです。どの話も恐ろしいものばかりですが、チョイスもバラエティ豊かで面白いですよね。
古谷:私自身、小さい頃からホラーや不思議な話というのが大好きでして、水木しげるさんの『墓場の鬼太郎』や『悪魔くん』、あとは手塚治虫さんの『どろろ』、また柳田國男さんの『遠野物語』のような民話集のようなものまで、その手の本を集めてたんです。今回、このように幽霊を科学的に解説する本を書きましたが、けっして怪談を否定したり、こうした話を根絶やしにしようというわけではないんです。先ほどもお話ししたように、患者さんを安心させるためのひとつの材料として、脳機能と幽霊の関係が結びついているんです。
ーー本書の中でも「脳科学者はゴーストバスターではなく、幽霊と脳をつなぐ仲人」と書かれていますね。
古谷:そうなんです。最先端の科学に携わっている一方で、そうしたおどろおどろしいものに惹かれていて、それが後に医者になったときに結びついた。やはり、幽霊とかを非科学的だと一刀両断のもとに斬り捨ててしまうと、そこで話が終わってしまいますから。
落語にせよ歌舞伎にせよ、水木先生にせよ柳田國男にせよ、妖怪とか幽霊といったものを真面目に扱ってくれた先人がいたおかげで、日本人は幽霊をフレンドリーに捉えることができる。それが今になって、脳科学の研究を進めるうえで非常に有効になってきているんです。
――ホラーブームの夏に、怪談を別角度から楽しむのに最適な本のように思います。最後に読者にメッセージをお願いします。
古谷:奇怪な体験をされた方から、「幽霊屋敷に一緒に来て幽霊を調べてください」などという依頼があっても絶対にお断りします。怪談などは大好きですが、こうみえて実は私は結構怖がりですから(笑)。
■書誌情報
『幽霊の脳科学』
著者:古谷博和
価格:1,254円
発売日:2025年8月6日
出版社:早川書房




















