怪奇幻想ライター・朝宮運河に聞く、日本のホラー小説の30年史「『リング』の遺伝子は貞子の呪いのように広がり続けている」

朝宮運河に聞く、日本のホラー小説の30年史

 近年、若者を中心に映像と出版の両面で盛り上がりを見せている「ホラー」ジャンル。この夏は、背筋氏による小説『近畿地方のある場所について』やインディーゲーム『8番出口』の映画化が予定されており、『リング』で知られる鈴木光司氏の16年ぶりとなる新作ホラー小説『ユビキタス』の刊行も話題に。NHKの情報番組『あさイチ』でも7月2日の放送回で「令和のホラーブーム」と題してその人気ぶりが紹介されるなど、ホラーの話題が相次いでいる。

 そんな中、これまで雑誌やWEBメディアを中心に数多くのホラー書評を行なってきた怪奇幻想ライター・朝宮運河氏が、1990年代以降の日本のホラー小説を解説した新書『現代ホラー小説を知るための100冊』(星海社新書、7月16日発売)を刊行した。

 本著では、貞子を生み出し世界中を震え上がらせた鈴木氏の小説『リング』を皮切りに、小野不由美氏の『残穢』、澤村伊智氏の『ぼぎわんが、来る』など重要作品を紹介し、現代までのホラー小説の潮流を辿っている。各作品には類似テーマや関連する作家の作品が「併読のススメ」として記載されており、それらをあわせると実に数百冊にも及ぶブックガイドとなっている。まさに「現代ホラー小説」を知ることができる一冊だ。膨大な作品群からこれまでのホラー小説の変遷をまとめた朝宮氏に、本書に込めた思いを聞いた。

『リング』から恐怖が伝染していった30年

ーー今回の本では『リング』を第1章「現代ホラーの勃興」のひとつ目のタイトルとして紹介しています。100冊をまとめる中、『リング』からスタートした理由は?

朝宮運河(以下、朝宮):最初に目次を考えた際に、上田秋成の『雨月物語』や夏目漱石の『夢十夜』などを盛り込んだ古典の章を用意するアイデアもあったんですが、やはり若いホラーファンに向けた新書のテーマを考えたときに現代作家に影響を与えた作品が入り口であるべきだと思ったんです。そう意味では、1991年に発表された『リング』は、以前と以後で景色が一変するほどのインパクトを持った小説で、現代ホラーを語るうえでこれ以上ふさわしい小説はありません。

 呪いが拡散していく構造や、ビデオテープという物理媒体に呪いを込めるアイデア、謎を解きながら進めるプロットなど、模倣した作品まであるほど、『リング』はその後の多くのホラー小説に影響を与えているんですが、日本にホラー作品が一気に増えていった状況が、貞子の呪いが伝染する現象とどこか似ているように思います。ホラー小説の遺伝子といいますか、“ミーム”として、その後30年かけて恐怖のイメージが広がり続けている、その始まりのような作品でもあるんです。

ーー今回は「ベストセラーホラーの時代」や「怪談文芸ムーブメント」など、時代ごとの流れに沿って全8章が構成されています。なかでも朝宮さんご自身が“転機”と感じているようなキーポイント作品はありますか?

朝宮:ひとつは95年の瀬名秀明さんの『パラサイト・イヴ』でしょう。ホラーが初めてベストセラーになった小説で、それまでいわゆる“好きもの”だけが愛好するマニア向けなジャンルだったホラーが書店で山積みされるようになった。怖がるというのはこんなに面白いんだということを多くの人に知らしめたことで、その後どんどんとホラー小説が増えていった、まさにエポックメイキングな作品のように思います。

 あとは98年に刊行された小野不由美さんの『屍鬼』。日本のホラー小説は海外ホラーの影響を大きく受けて発展したのですが、スティーヴン・キングの『呪われた町』のオマージュであることを公言している本作によってひとつの完成を迎えたと言っていいと思います。同じく小野さんの作品では、現在のモキュメンタリーブームの流れを作った『残穢』(2012年)についても本の中で紹介していますが、ひとりの作家によって重要作がいくつも書かれていることに驚かざるをえません。

 もう一人重要作家を挙げるとすれば、2015年の澤村伊智さんのデビュー作『ぼぎわんが、来る』。『リング』を含めたこの5作が90年代以降に各時代であらわれ、日本のホラー小説の道筋を形作っていったという印象です。

ーーいずれも本当に恐ろしい小説と話題になった作品ばかりですよね。今回の新書は、そうしたホラーファンの多くが知る小説だけでなく、今では絶版になっている本も重要作品として紹介されているのが印象的でした。そうした作品を取り上げた理由は?

朝宮:ブックガイドの役割というのは、ここに書かれた小説を手に取ってもらうことだと思うんですが、ホラー小説は残念ながら絶版になっている本がかなりあるんです。たとえば、伊島りすとさんの『ジュリエット』は、『パラサイト・イヴ』や『黒い家』と同じ日本ホラー小説大賞の受賞作品。死んだ家族が戻ってくる不思議な島を舞台にした恐ろしい小説なんですが、今では絶版になっているという、非常にもったいない作品です。絶版になっている小説は、私としては、こんなに面白いのに……と思う作品ばかりなんですが、今回のリストで興味を持った人は電子書籍でも良いですし、図書館でも良いですし、見つけて読んでみてほしいですね。

ーーまた、舞城王太郎さんの『淵の王』や朱野帰子さんの『くらやみガールズトーク』、花房観音さんの『恋地獄』など、いわゆる“ホラー”のイメージがない作家の作品を集めているのもまた新鮮でした。

朝宮:舞城さんにしても朱野さんにしても、また花房さんにしても、ホラー作家と区分されていなくても優れたホラーを書く人がいるんだよっていうところを強調したかったんです。お三方とも普段はホラー以外のジャンルで活躍されていますが、怪奇幻想的なものへの感覚が鋭く、テーマや手法ともそれがよく合っている。取り上げたのはいずれも本当に魅力的な小説です。他のホラーガイドでは漏れがちな作品群だと思うので、今回はなるべく拾いたいという思いがありました。

まったく想像がつかない5年後10年後のホラー小説

ーー今回、ジャンルを越えてさまざまな“怖さ”を描いた作品が紹介されています。そうした多様な視点でホラーを読み解く知識は、本書で紹介されている数十倍の読書量に裏打ちされたものだと思いますが、朝宮さんご自身の「初めてのホラー体験」を覚えていますか?

朝宮:幻想文学や怪奇小説といったジャンルを意識し出したのは随分後になってからですが、振り返ってみると、小さい頃からやはり怪しい話、不思議な話、怖い話に趣味嗜好が向いていたという気はします。小学生の頃は江戸川乱歩の『少年探偵団』シリーズなどが好きな子どもだったんですが、『魔術師』という作品に書かれた生首が小舟に乗って流れてくる描写に相当ショッキングを受けて……。怪奇幻想ライターなどという仕事に就いてしまったのは、乱歩の影響が大きいです。とはいえ怖がりでもあったので、ホラーマンガや心霊写真集などのガチで怖そうな本は手元に置いておきたくなくて。友だちの家で読んで、夜中に思い出して後悔する、みたいな子ども時代でした(笑)。

ーー本棚に置いておくだけで怖い本ってありますよね。今、ホラー小説はXなどでも口コミで広がっていますが、人から怖い話があるんだと聞くと、やはり気になってしまうものかもしれません。

朝宮:「怖い」というのは伝染しやすいですから。

ーーそういう意味でも、今回100冊を取り上げたことでまた恐怖が次の読者に伝染していきそうです。今回、『リング』を皮切りに現代の作家までを紹介していますが、これからのホラー小説に期待することはありますか?

朝宮:実は最初にこの企画をいただいたのが4年前で、そのときとだいぶホラーの景色も変わってきていています。こんなにもモキュメンタリーが流行るというのも私は正直予想ができなかった。なので、5年後、10年後にどんなホラー小説が生まれているのか想像もつきません。だからこそこの本の役割があると思っています。モキュメンタリーはもちろん魅力的なジャンルですが、それはホラーのひとつの側面にすぎません。ホラーには他にもさまざまな面白さがあり、今のブームで洗礼を受けた人がまた全く新しいホラーを書いていってくれるのが本当に楽しみなんです。

 ちなみに、8月21日には講談社から『怖い話名著88 乱歩、キングからモキュメンタリーまで』というガイドブックも刊行予定です。こちらでは1920年代から現代までの、日本・海外を含めた名作ホラーを紹介していて、本書とはまた異なる視点で恐怖の系譜をたどる内容にしています。「令和のホラーブーム」でホラー小説の楽しみを知った読者に、古今東西の作品に触れてもらい、ホラージャンルの奥深さをぜひ体験してほしいですね。

■書誌情報
『現代ホラー小説を知るための100冊』
著者:朝宮運河
価格:1,320円
発売日:2025年7月16日
出版社:星海社

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