nonoc、みずほが歌う「ことのは文庫」の世界ーーイメージソングプロジェクトで楽曲に込めた思いを語る

「ことのは文庫」(マイクロマガジン社)が創刊6周年を迎えた。これを記念して、6周年内(2025年6月~2026年5月まで)の1年間に刊行する全作品にイメージソングを制作するプロジェクトが始動した。
トータルコーディネーターには音楽プロデューサーの佐藤純之介が名を連ね、テレビアニメ『Re:ゼロから始める異世界生活』や『スパイ教室』の主題歌を務めたnonoc、VTuber・水瀬なな、ガールズバンドとしてメジャーデビュー後、現在はシンガーソングライターとして活動するみずほなど気鋭の歌手が参加し、楽曲の発表が続いている。
今回、佐藤純之介、nonoc、みずほの3名にインタビュー。参加までの経緯やタイアップ楽曲のアプローチの仕方についてなど、話を聞いた。(取材日:2025年7月15日)
佐藤純之介の思うコラボレーションの可能性
――まずは大枠の部分についてお伺いします。今回、ことのは文庫のイメージソングプロジェクトに、佐藤純之介さんがトータルコーディネーターとして参加することになった経緯を教えてください。
佐藤純之介:実はマイクロマガジン社さんの担当スタッフの方が、レコード会社勤務時代の後輩でして、彼女と久しぶりに会った時に「ことのは文庫を盛り上げるために、音楽で何かやりたい」という相談を受けたんです。
やはりアーティストにとって、タイアップや作品があったうえで、そのイメージに沿って楽曲を制作する作業というのは、すごく特別なことで貴重な体験だと思うんですね。作品のために楽曲を書き下ろすことで発生する化学反応的なクリエイティブというものはすごくおもしろいし、僕はもともとアニメソングやキャラクターソングでそういう制作ばかりをやってきた。
加えて、僕自身も小説が大好きで、音楽の道に進む前は小説家になりたい夢を持っていたくらいなので、いつか文芸作品と自分が今やってる音楽とのコラボレーションができればいいなと考えていたんです。なので相談を受けた時に「ぜひやりたいな」と改めて思いまして。僕の方から「であれば1年間を通して連続企画でやりましょう!」と提案したところから、この企画が始まりました。

――この1年間にことのは文庫から発刊される全作品のシリーズに対してイメージソングを作るとのことで、かなり大がかりな企画ですね。
佐藤純之介:とはいえ、僕もいわゆるインディーズのシーンで頑張ってらっしゃるアーティストの方の知り合いがたくさんいますので、そういう方々のアウトプットのお役に立てたうえで、さらに作品のためのコラボレーションという形で新しい音楽を作るきっかけを作れるというのは、すごくありがたいことなんです。今のところはnonocさん、水瀬ななさん、みずほさんの楽曲が発表されていますが、今後も男性アーティストやラッパーを含めいろんな方とのコラボレーションによるイメージソングが登場する予定なので、ぜひ期待していてほしいです。
――佐藤さんはこれまでアニメに寄り添った楽曲をたくさん制作してきたわけですが、今回のような文芸作品のイメージソングを手がける際に、アプローチや意識の違いはありましたか?
佐藤純之介:今回の作り方はケースバイケースなんですよ。例えば、nonocさんの場合は、僕も付き合いが長い佐藤純一(fhána)さんがプロデューサーとして関わることが前提なので、基本的に作品ごとお任せしています。みずほさんの場合は、プロデューサーさんと相談しながら、既存の曲の中から作品の世界観に合うものをチョイスさせていただいて、それをより作品に寄った曲にしていただくアプローチを取っていて。他のアーティストでは、もっと具体的に「こういう世界観でこういう歌詞なのでこういう歌い方にしてください」とお願いしている場合もありますし、本当にまるっとお任せするケースからトータルコーディネートまで、作品に合わせて幅広いやり方で取り組んでいます。
――なるほど。今回お集まりいただいたnonocさんとみずほさんにお声がけした理由も伺えますでしょうか。
佐藤純之介:nonocさんはアニソンのタイアップでかっこいい曲をたくさん歌っていますし、等身大の自分の姿を表現したオリジナル曲も出していますが、僕の中ではほっこりするような楽曲を歌っているイメージがあまりなくて。なので、逆にnonocさんのそういう楽曲を聴いてみたいという思いがあり、『極彩色の食卓』のような温かな世界観の作品のイメージソングを提案させてもらいました。
nonoc:今おっしゃってもらった通り、私はアニメのタイアップ曲を中心に歌ってきたので、日常とは少しかけ離れた世界に寄り添う楽曲を歌ってきたところがあって。ただ、私自身は、昨年に上京して来てからは、等身大の自分や距離の近さを感じてもらえるような、温かい言葉を意識して楽曲を制作していたので、今回、作詞も含めて担当させてもらえたのはすごく嬉しかったです。「今まで見たことないから任せない」のではなく「見たことないからやってほしい」という理由も、クリエイターとしての新しいアウトプットに繋がることなので、すごくやりがいを感じました。
――7月刊行の『おまわりさんと招き猫 夢みる旅の通り道』のイメージソングに、みずほさんを起用した理由は?
佐藤純之介:みずほさんのことは以前から存じ上げていて、アコースティックギターを掻き鳴らしながら伸びやかな歌を歌うシンガーソングライターの方、という印象がまずありました。そのアーティストイメージやMVから、青空の下でギターを弾いているのがすごく似合うイメージがあるのですが、『おまわりさんと招き猫』は静岡の港町を舞台にした作品なので、僕の中でそこが結びついたんですよね。すごく晴れた空と海が広がる世界観の中で、みずほさんがギターを弾きながら歌っている絵が浮かぶと言いますか。
それと『おまわりさんと招き猫』は、交番に住み着く「しゃべる猫」が登場する物語なのですが、みずほさんはそういう少し不思議な感じが似合いそうだし、ネコが好きそうなイメージを勝手に持っていて。それに僕の中で女性のシンガーソングライターの方は文系少女みたいなイメージもあって、ことのは文庫のユーザーさんにも近いんじゃないかと思い、みずほさんにお願いしました。

みずほ:お話をいただいた時は、びっくりと嬉しさが半分ずつくらいでした。自分の歌が1つの作品を彩ることになるのは、私自身、初めての経験なので、そういう繋がりが生まれることにすごく嬉しさを感じつつ、お引き受けさせていただきました。
――普段は自分の中から生まれるものを楽曲に落とし込むことが多いと思いますが、既存の物語に寄り添う楽曲を歌うことに対して興味や憧れはありましたか?
みずほ:めちゃくちゃありました。自分の中で思い描いている未来像として、小説でも映画でもドラマでも、何かしらの作品の主題歌やテーマソングを歌えるアーティストになることが目標としてあったので、まさかこんなにも早く、その夢のひとつが叶うとは思ってもいなくて。
nonocが『極彩色の食卓』から読み取った”ビターな感じ”
――ここからは、それぞれの楽曲の制作エピソードについて深掘りしていければと思います。まずはnonocさんが歌う、6月刊行の『極彩色の食卓 ホーム・スイート・ホーム』のイメージソング「たまご」について。本楽曲の作曲・編曲を担当した佐藤純一さんがちょうどいらっしゃるので、制作の流れからお話いただけますでしょうか。
――『極彩色の食卓』は、主人公の美大生・燕と天才女流画家の律子が、ひとつ屋根の下で暮らすなかで自分の過去と向き合っていくお話ですが、nonocさんはどんな部分にインスピレーションを得ましたか?

nonoc:『極彩色の食卓』は全3巻構成になっていて、今回はシリーズ全体のイメージソングとして書いたのですが、読んでいくと美味しそうなご飯がたくさん出てくるんですよ。一見すると、主人公の燕くんの成長物語なのですが、一緒に暮らす律子さんの中でも、燕くんとの相乗効果で変化する部分があって、向き合いたくなかった過去や、どこかで破綻してしまった関係性を再構築していくんです。登場人物もみんな人間らしくて、きれいごとばかりではないリアリティがある。毎回、いろんなことが起こるなかで、でも必ず、ご飯を囲んで美味しいねって笑い合ったりするんですよね。
そういう温かな食卓の時間と、大人になってからもいろんなことに向き合って自分の殻を破ったりするところをかけて、「たまご」というモチーフを選んで歌詞を書いていきました。自分としては作詞が難航してかなり時間がかかったのですが、この作品と出会わなかったら書けなかった歌詞になったと感じていて。その意味で、自分自身もすごく成長できましたし、きっと読者の方は、この作品に向けた楽曲だということがすぐにわかると思います。
佐藤純一:確かにいつもよりも作詞に時間をかけていましたけど、ワンコーラスが上がってきた時に、すごく良いものになる予感がありました。僕はストーリーの概要と表紙のイラストから受けた印象、それと純之介さんの「ほっこりした曲がいい」というリクエストを踏まえて楽曲を作ったのですが、最初にできあがったデモは今の完成形よりもっと明るい曲調だったんですよ。そうしたらnonocから「これだと明るすぎないですか?」と言われて。
nonoc:表紙の色彩感とかは明るい印象なんですけど、読むと、ただ明るいだけのお話ではないんですよね。結構ビターな感じもあって。なので最初のデモからテンポを落として、マイナーコードも使ってもらって、最初のデモと完全に違う曲というわけではないんですけど、より大人な雰囲気に調整してもらいました。
佐藤純一:それとこの曲はアコーディオンを入れているんですよね。仕事の空き時間に、nonocと楽器店に立ち寄った時に、たまたまアコーディオンが置いてあるのを見かけて、「たまご」に合うんじゃないかという話になって。

nonoc:夕飯を作るために2人で買い物をした後の帰り道、みたいな雰囲気が出るんじゃないかと思って曲に入れてみたら、作者のみおさんも「2人で歩いてる姿が思い浮かびました」と言ってくださって、やりい!と思いました。
――プラスして、「たまご」というのは、まだ何者でもない燕の白と、黄色を用いた作品が伝説となっている“律子の黄色”、その2色があっての「たまご」というイメージも浮かびました。
nonoc:私はもともと、色をイメージして作詞していくスタイルなのですが、この作品全体を通して受けたのは、やっぱり黄色だったんです。律子さんは黄色を使えなくなってしまうけど、再び使えるようになるまでの苦悩も描かれて。なおかつ、この作品の最初に登場するご飯がフレンチトーストなんですよね。しかも最後に食べるのもフレンチトースト。たまご料理だし、さっきお話した成長や自分の殻を破るという意味にも繋がるし、もう絶対に「たまご」しかない!と思いました。ちょっとオレンジがかった、暖色の雰囲気をイメージして。
佐藤純之介:本当に秀逸なタイトルですよね。最初は今までのnonocさんのイメージにはない、素朴すぎるタイトルじゃないかなと思ったのですが、でも作品にとても沿ったものですし、あえてその素朴さにトライしたんだなと思って、歌詞が届いた時は「なるほど」と感心してしまいました。
nonoc:ちなみに、制作の過程で「極彩色」という言葉を歌詞のどこかに入れてほしいと言われて、自分はあまり直接的な言葉を入れるのは得意ではないので「どうしよう?」と思ったんです。でも、“白い殻を割った こぼれるのは極彩色の...”にすることで、「割れたたまごの中身の色が黄色かどうかなんて、割ってみないとわからないじゃん」と落とし込むことができて。自分でも「うまいな」と思いました(笑)。




















