「父に殴られつらかった小学生時代、小説で誤魔化さずに書いた」 爪切男が初の創作小説『愛がぼろぼろ』に込めた思い

爪切男『愛がぼろぼろ』インタビュー

結婚したことで考えた「家族の意義」

ーー小説では広海と父の関係だけでなく、擬似的な家族も描かれます。初の創作小説を書くにあたって「家族」を題材にした理由はありますか?

爪:前作のエッセイ『午前三時の化粧水』(集英社)で、現在の妻と結婚した話を書いたのですが、自分と本当に向き合ってくれるパートナーと出会ったことで、家族の意義について改めて考えるようになったんです。これまでの自分にとって家族といえば親父の存在が大きくて、もう一度、親父と向き合うしかなかった。今までみたいな笑い話じゃなくて自分の気持ちに正直に気持ちを書くことで、妻と将来どういう家族を築いていくかの指針にもなるんじゃないかと考えるようになった。この小説の大きな軸である「家族」は私にとって、いま向き合うべきテーマだったんです。

ーー結婚してから執筆の環境や、書く内容に変化はありましたか?

爪:「素直に文章を書く」ことの大切さは妻との生活から学びました。寝食を共にするうえで、お互いの気持ちを日々正直に伝え合わないといけないですし、その積み重ねが文章に落とし込まれたような気がします。今までの私は、誰かに「ありがとう」と言ったり、「今日イヤなことがあってさ……」と言ったり、自分の気持ちを素直に伝えるのが下手な人間でした。他人の話は聞くけど、自分の話は過去の思い出しか話さない。飲み屋で会う見知らぬ客には外面良く心を開くのに、彼女や友人とか近しい人には恥ずかしくて話せないという具合です。妻とのコミュニケーションを通じ、その恥を捨て、会話でも文章でも照れずに自分の思いを書けるようになりました。変に笑いに逃げずに(笑)。

 広海と同じように、私も子どもの頃は誰も味方がいなかったのですが、今は妻がいますから。生活でも創作でもしっかりとした土台ができましたね。子供の頃は漫画のキャラやスポーツ選手が憧れのスーパースターだったんですけど、今は妻が目標ですね。

ーー奥様は爪さんの言うことを何でも受け止めてくれるんですね。

爪:受け止めてくれるからこそ常に厳しいですけどね。毎日「ちゃんとしろ」って怒られてばかりです。私はとにかくおっちょこちょいなので、家を出る前に、玄関に貼ってある覚書を読むんです。「鍵はしめたか?」「冷房を消したか?」「冷蔵庫は閉めたか」と書かれたメモの最後にあるのが「調子に乗るなよ」っていう妻の一文(笑)。

ーー「調子に乗るな!」(笑)

爪:そうなんです。私は馬鹿だからすぐ調子に乗りますからね。今日もこのインタビューを受ける前に、それを読み上げてから出てきましたから。

小説だからこそ書く意味がある嘘みたいな本当の話

ーー『愛がぼろぼろ』は「家族」がテーマの小説でした。今後、別のテーマで小説を手掛ける予定はありますか?

爪:私の生まれた町には、エッセイで書いたら「それは嘘でしょう」と疑われるようなやばい人がそこらじゅうにいました。誰も頼んでないのに、趣味で紙芝居屋をやっていた挙動不審なガラス工場の社長とか、自分の採ってきたカブトムシをポケモンのオーキド博士みたいに町の子どもたちに配っては、カブトムシ最強決定トーナメントを開催する材木所の大工さんとか、やばい人だらけだったんです。エッセイだと作り話だって疑われるので、それならそういう人たちを小説という形で書いてみたいですね。

ーーそれは楽しみです!

爪:しんどいときに、いつも支えにしている言葉があるんです。それは偉人の言葉とかじゃなくて、私がマジで人生のどん底にいたときに飲み屋で出会った知らないおっさんの言葉で。そのおっさん、今にも死にそうな顔をしてる私を見て、「いいこと教えてやるよ、あんちゃん」って話しかけてきて。「俺はよ、水族館の施工とかをやってんだよ。あの最近できたでっかい水族館あるだろ、あれ俺が作ったんだけどよ、水圧の計算を間違ってるから10年以内に爆発すんだよ。ちょっと見てみたいだろ? だから爆発するまで生きろ」って(笑)。

 「マジっすか! 爆発すんすか!?」って、ずっと暗い顔をしていた私が、しんどい気持ちなんてすっかり忘れて、気づいたら帰り道で笑ってたんです。あれから10年以上経って、水族館は今も爆発してないですけど、その水族館の近くを通るたびに「やっぱり爆発するんじゃないか、それまでは生きないとなぁ」と元気が出るんです。読者から「爪さんの本、どこまで本当か分からないけど読んでて救われました」って言われることがあるんですが、私を救ってくれたあの酔っ払いと同じことができてるのかなって嬉しくなりますね。ずっとそういう作品を書き続けていきたいです。

■書誌情報
『愛がぼろぼろ』
著者:爪切男
価格:1,870円
発売日:2025年6月20日
出版社:中央公論新社

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる