連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2025年3月のベスト国内ミステリ小説

酒井貞道の一冊:青柳碧人『オール電化・雨月物語』(PHP研究所)
雨月物語をモチーフに、架空の電化製品またはITサービスを設定して、怪談を展開する連作短篇集である。所収九篇いずれも人間の業に焦点が当てられており、登場人物の心理を鋭く描き出す。怪異や怪奇現象それ自体よりも、そちらの方が読者に刺さるはずである。そして本記事で取り上げているということはここが重要なのだが、大半の作品で、ミステリの手法が効果的に用いられているのだ。おっこう来たか、意外性もあって上手いなあ、と感心することしきりなのである。「夢応のリギョ」なんてこの短篇集でしかお目にかかれない物語だろう。
藤田香織の一冊:若竹七海『まぐさ桶の犬』(文春文庫)
いやもう3月は、葉村晶が5年ぶりに帰ってきたよー! という喜びに勝るものなしだった。どうにかこうにかコロナ禍を生き抜いた羽村は、相変わらず吉祥寺の住宅街に建つ古アパートを改装したミステリ専門書店のアルバイト店員兼探偵を続けていた。が、50代に突入した身体は無理がきかなくなってきて、その愚痴と悲鳴が、スパイスとしてきいている。3年ぶりの依頼は「人捜し」。そこからの巻き込み&巻き込まれ展開がとことん不運&不憫で、葉村晶だなぁとつくづくしみじみ。葉村還暦!までは絶対続いて欲しい文庫オリジナルの書き下ろし(贅沢ですな)。
杉江松恋の一冊:二礼樹『リストランテ・ヴァンピーリ』(新潮社)
舞台は空爆によって秩序が崩壊したヨーロッパ某国である。主人公が吸血鬼に首を咬まれることから物語は始まる。一週間後に迫る死を避けるためには、吸血鬼の妹を探しださなければならないというタイミリミットが設定されるのである。荒廃した街を主人公が行くタイプのオーソドックスなスリラーかと思って読んでいると思わぬ結末が待っている。キャラクター設定が上手くて、物語がそれによってよれたりするのである。新潮ミステリー大賞受賞作だが、手慣れた筆致で新人の水準を超えた筆力を感じる。なんでも書けそうな人で今後が楽しみだ。
今月はかなりばらけました。新人、もしくはデビューしてからまだ作品数が少ない書き手の作品が多く入った月になりましたね。その中で一人存在感を示す若竹七海、さすがです。さて来月はどういうことになりますやら。


























