教養としての実践的キリスト教 海外フィクションを見るときに知っておきたい三つの宗派と新宗教

実践的キリスト教 三つの宗派と新宗教

■キリスト教系の新宗教

  近代になるとキリスト教をベースに新宗教も誕生する。19世紀にイスラム教からバハイ教が派生しているし、神道と仏教から天理教が派生している。信徒の数が多い世界宗教にはありがちなことである。以下に挙げるのはキリスト教から派生した新宗教の代表例だが、主流なキリスト教の宗派の殆どはこれらの新宗教をキリスト教の一派として認めていない。ただ、事実としてキリスト教からこれらの宗教が派生していることだけは記しておくことにする。

・モルモン教

  19世紀に成立したキリスト教系の新宗教では古参の宗派。アメリカ人のジョゼフ・スミスが創設者で、旧約聖書の他にスミスが天使の言葉を翻訳した『モルモン書』など独自の教典を持っている。キリスト教の重要な教義である三位一体説を否定していること、独自の教典を持つことからキリスト教の一派とは認められていない。シャーロック・ホームズシリーズの記念すべき第1作『緋色の研究』では、犯人が犯行に至る動機の背景にモルモン教が描かれており悪者扱いされている。モルモン教の創設は1830年ごろ、『緋色の研究』の執筆は1886年である。半世紀しか創設から経過していない新宗教は、ほぼ同時代人のコナン・ドイルからしたら相当いかがわしいものに見えたのだろう。

・エホバの証人

 モルモン教同様、19世紀にアメリカで派生した古参のキリスト教系新宗教。旧約聖書を独自の解釈で訳した『新世界訳聖書』を教典とし、モルモン教同様に三位一体説を否定している。

・統一教会(現・世界平和統一家庭連合)

  文鮮明によって1954年に韓国で創設された新宗教。旧約聖書を聖典としているが、実質的には教祖の教説をまとめた『原理講論』が教典の地位にあるため、キリスト教の一派とは認められていない。国際的にカルトと見做されており、韓国ではキリスト教の異端である似而非宗教とされている。フランスでの反セクト法を初め、各国で監視と規制の対象となっており問題が絶えない。わが国でもつい先日(2025年3月)に高額献金や霊感商法の問題により解散を命じられた。

  以上、教義についてはかなり端折ったがこれらが一般的に「キリスト教」と呼ばれている宗派と「キリスト教系」の宗派である。敬虔な信徒からすれば他にも語るべきことはあるのだろうが、紙幅の問題でこの辺で失礼する。

■知っておくとお得 見た目でわかる諸宗派の違い

  ここまでキリスト教の基本的な教えと各宗派を見てきた、このコラムは「実践的」を旨としているので、実践的に各宗派を見分ける方法を記しておこう。キリスト教圏の映像作品では、キリスト教に関連するものが視覚情報として出てくるので知っておいた方がお得である。ヨーロッパ各地や、キリスト教の盛んな中南米には立派な教会、修道院などが数多存在し観光名所になっている場合も多い。同じ観光するならどの宗派か見分ける方法も知っておいた方がお得である。

・偶像崇拝に対する考えの違い

  本来、キリスト教では偶像崇拝を禁止している。だが、カトリックの教会はステンドグラスや外観内装が豪華で、マリア像やイエスが十字架にかかっている彫刻などが飾られている場合が多い。由緒正しい教会に行くと平然とルーベンスやカラヴァッジョのような美術史上の偉人が書いた宗教画が掛かっていたりする。カトリックは「聖母マリアやイエスを通して神に祈るという象徴」(偶像ではない)としてこれらを教会に置いている。屁理屈に聞こえるがおそらく古代・中世の人々が大半文盲だったことが理由にあるのだろう。教えを受けたくても彼らは聖書が読めない。読めないので聖書の物語をわかりやすくビジュアル化したステンドグラス、絵画、キリスト像、聖母像が設置されたというわけだ。

  東方正教会も「イコン」と呼ばれる聖人、天使、聖書における重要出来事などを描いた絵画を置いている。お察しの方もいらっしゃると思うが、イコンを英語読みするとアイコンになる。パソコンのデスクトップ上にあるアレの語源である。東方正教会の偶像(他に呼びようがないのでそう呼ぶが)はカトリックに比べると質素だ。分かりやすい特徴としてイコンは平面であり、カトリックの教会にある聖母子像のような立体的なものは置かない。

  プロテスタントは聖書に忠実に、偶像崇拝を禁じている。そのため、教会内にあるそれらしいシンボルは十字架のみである。十字架は重要なキリスト教のシンボルで、多くの宗派では縦の棒が長く横棒が短くなっているが、正教会は違う。正教会内でもいくつかパターンがあるのだが、ギリシャ正教の十字架は縦横ともに同じ長さ、ロシア正教会・ウクライナ正教会などでは斜めの棒を足した八端十字架が用いられる。アイルランドとイギリスのケルト文化圏では、キリスト教伝来以前の土着宗教のシンボルとキリスト教の十字架が合わさったケルト十字が広く用いられている。

・聖母マリアの扱い

  カトリックは聖母マリアを神様にとりなしてくれる存在として重視している。なのでカトリックの教会内には立派なマリア像が飾られている場合が多い。東方正教会は聖母マリアをとりなしてくれる存在として扱っているのは同じだが、カトリックほど重視していない。そのため「拝まないが讃える」という姿勢を取っている。プロテスタントは聖母マリアを重視していない。

・十字の描き方

  キリスト教徒は祈りの時に十字を描く動作をするが、この十字の描き方(「十字を切る」という表現もある)も宗派によって違う。十字を描く動作としてもっと多くの人が思いうかべるであろう「右手で額から胸、左肩から右肩」の順に描くのはカトリックの作法である。東方正教会では三位一体を意味する3本指を合わせて「額、胸、右肩、左肩」の順番である。カトリックは右手を使う決まりはあるが、指の形にはこだわらない。プロテスタントは十字を切らない教派が多い。

・施設の違い

  映画でたびたび見かける罪を告白して許しを請う「告解室(懺悔室)」はカトリック特有のものである。東方正教会にも「痛悔機密」と呼ばれる許しの儀式はあるが、正教会には告解室にあたるものは無い。罪を告白する場合、内容が他人に聞かれる事がないように、教会内で別の信徒によって聖詠(詩篇)などが大きめの声で誦経される中で行われる事が多い。プロテスタントにはこのような儀式は無い教派が多い。

  今年(2025年)の5/23に公開される映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(2025年)は懺悔室があるので舞台がカトリックの教会であることがわかる。

・聖職者の敬称

  カトリック、東方正教会の司祭は「神父」、プロテスタントは「牧師」。

  これらの基本的な違いを知っておくと、観光地で教会を見たときにその教会がどの宗派のものなのか何となくわかるようになる。ついでなので、日本で見ることができる各教会の例も挙げておこう。

  歴史が長く数も多いのがカトリックの教会だ。伝来したのが最も早いので当然なのだが、重要な文化財として保護対象になっているものも複数ある。代表的なのが国宝に指定されており、世界遺産構成物件のひとつでもある大浦天主堂(長崎)だろう。カトリックの教会らしく、立派なマリア像がある。同じく歴史的に重要な価値がある五島列島各地に点在する教会もすべてカトリックの教会である。もっと近代的なものだと東京カテドラル聖マリア大聖堂(カトリック関口教会)もカトリックの教会である。立派なパイプオルガンがあること、音響効果が良いことからクラシックのコンサート会場としても度々利用される。カール・リヒター、トン・コープマンなど数々のクラシック界の大物がここのオルガンを弾いている。正教会だと、ニコライ堂(東京復活大聖堂)だろう。こちらも国の重要文化財である。プロテスタントは最も設立が古い(1875年)横浜海岸教会を挙げておこう。

 全体の特徴、傾向としてカトリックの教会は派手、東方正教会はカトリックよりは控えめ、プロテスタントは質素なデザインの場合が多い。(次回に続く)

 

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