伝説のフィギュア原型師・figureneet氏インタビュー 『けいおん!』への思いと原型のこだわり
■独学でプロのフィギュア原型師に

2011年7月6日、2ちゃんねる(現:5ちゃんねる)に「けいおん!平沢唯ちゃんのフィギュア作るおwwwwww」というスレッドが立った。立てたのは、当時20歳だったfigureneet氏である。figureneet氏は、アニメ『けいおん!』のデフォルメキャラのイラストを参考に紙粘土でフィギュアを作り始め、随時写真をUPしながら制作風景を公開した。
完成したフィギュアは愛嬌ある造形だったものの、まだまだ素人の域を出ていないものだった。ところが、figureneet氏はその後もフィギュアを作り続け、2ちゃんねるにUPを続けた。そして、なんと公式の『けいおん!』のフィギュア制作の依頼が来るまでに、実力を高めたのであった
現在、figureneet氏は長崎県に住み、古民家で黙々とフィギュアを作り続ける日々を送っているという。フィギュアの祭典「ワンダーフェスティバル」参加のために上京したfigureneet氏にインタビューを敢行。フィギュアを作り始めたきっかけと、原型師としてのこだわりなどを聞いた。

■フィギュアを作り始めたきっかけ
――伝説の原型師、figureneetさんにお会いできて光栄です。2ちゃんねるにスレッドを立てた意図はなんだったのでしょうか。
figureneet:当時は『けいおん!』がめちゃくちゃ流行っていたので、フィギュアを完成させていくスレッドを立てれば面白いかなと思ったんですね。黙って一人で作っていても虚しいので、とりあえず途中まで作り、あとは2ちゃんねらーの反応を見ながら完成させるつもりでした。
――当時のスレッドを読み返すと、様々な反応がありますね。
figureneet:「顔の立体感がない」とか、「顎を削れ」とか、いきなり鋭く的確なアドバイスをいただいてしまいました。読み返すと、これってプロの原型師の書き込みじゃないかな、と思うようなコメントでした。アドバイスをもとに彫刻刀で顔を削るところから始め、徹夜で仕上げたので、完成までは10数時間かかったと思います。
――完成した唯のフィギュアはとてもかわいいものでしたが、最初に作ったフィギュア(マグネット唯ちゃん)もまた大反響を呼びました。
Figureneet:『けいおん!』のキャラをかたどったマグネットが発売されていたのですが、そのなかに、私が好きな“幼稚園児の唯ちゃん”がなかったのです。そこで、ないなら作ってしまおうという発想で、ホームセンターで買った石粉粘土で自作しました。フィギュアは難しそうだけれど、マグネットなら半立体だし、自分にも作れるだろうと思ったら想像の100倍難しかったですね(笑)。
――もともと、立体造形物を作るのは得意だったのでしょうか。
figureneet:立体は作ったことがなかったのですが、学校の成績は美術だけは“5”で、将来なりたい職業はずっと漫画家でした。ただ、世の中に絵が上手い人が多いことを知り、高校生くらいから漫画は現実的ではないと思っていました。
■好きこそものの上手なれ?
――そんなfigureneetさんが『けいおん!』にハマった理由は。
figureneet:ある日、バイト終わりにテレビをつけたら、ちょうど『けいおん!』が放送されていました。唯ちゃんが髪を切るシーンがめちゃくちゃかわいくて、転がり落ちるようにハマっていきました。フィギュアに関心をもったのは、間違いなく『けいおん!』がきっかけです。自分のなかでの萌えアニメといえば『けいおん!』というくらい(笑)。というのも、私は「ジャンプ」系の少年漫画は読んでいましたが、かわいい女の子が出てくるアニメは全然見ていなくて、いわゆるオタクではありませんでしたから。
――お話を伺っていると、純粋に『けいおん!』のフィギュアを作って楽しみたいという思いが原動力になっていると思います。

figureneet:そうですね。『けいおん!』は私にとっての“かわいさ”の基準になっているアニメです。『けいおん!』から入り、ず~っと『けいおん!』が好きですね。感動的なストーリーが多くて涙してしまいますし、とにかくキャラはかわいいですし、魅力を一言で語るのは難しいですね(笑)。ほかのアニメに触れることがなかったので、初期の頃は『けいおん!』を見ながら何十体とフィギュアを作っていました。
――制作した数が凄まじいですね。
figureneet:2ちゃんねらーの皆さんの反応がもらえるのが嬉しくて、一心不乱に作っていました。スレッドのなかで、原型師とかワンフェスみたいな用語が出てくるなかで、原型師という仕事を知りました。プロも粘土でヘラを使って作っていると知り、もしかしたら自分も原型師になれるんじゃないかと、だんだん思い始めました。
――独学で技術は身に付けていったのですか。
figureneet:参考書に使ったのが『フィギュアの達人(上級編)』という本です。上級編とありますが、必要な道具から、デッサン、複製、色塗り、ワンフェスに出るまで、フィギュア制作の一連の流れがわかりやすく説明されています。5年目くらいまではつまづくたびに取り出して読み込んでいたので、かなりお世話になりましたね。当時の“手原型”のフィギュア入門書の決定版だと思います。

■2ちゃんねらーのすすめでイベントへ
――今日は「ワンダーフェスティバル」に出展した後にお話を伺っているわけですが、こういったイベントに本格的に出展されたのはいつなのでしょうか。
figureneet:2ちゃんねらーのみなさんから、「ワンフェスに出れるじゃん」と言ってもらえるようになったので、真に受けて参加を目指して作るようになりました。初めて出たのが2013年のワンフェスです。今思うと、技術が足りなくて“やっちゃっている”感じが否めませんが、世界の広さを知ることができたのは大きかったですね。その年は「トレジャーフェスタ」にも参加していますが、その頃までに16体のフィギュアを作っています。
――「トレジャーフェスタ」では、ストロンガーの小田ツヨシさんとの出会いもあったそうですね。
figureneet:剛本堂の横嶋さんのブースにご挨拶に伺ったら、その場にいらっしゃったのが小田ツヨシさんでした。小田さんはグッドスマイルカンパニーでねんどろいどなどの開発に関わった方で、当時は独立されてストロンガーを立ち上げたばかりでした。会場で小田さんにお会いして名刺をいただいたとき、『けいおん!』5周年のフィギュアを制作する計画があるので、やりませんかと言われたのです。
――すごいですね!
figureneet:自分みたいな素人にそんな提案をしてくださるなど、今思えば考えられないことですよね。後日、本当にメールが来て、事務所にお招きいただき、イラストなども渡されて制作が始まったのです。小田さんが、何の実績もない“邪神像”を作っていた自分にまかせてくださったことには、感謝しかありません。自分のなかでは恩人で、原型師としての基礎を作ってくださった方だと思っています。
■『けいおん!』の公式フィギュアの原型を担当

――制作中はどんな気持ちでしたか。
figureneet:自分が原型を作ったフィギュアが本当に世の中に出るのだろうか、と制作中も半信半疑でした。ましてや『けいおん!』ですし、本当かなと思いながら作っていましたね。緊張の連続でしたが、小田さんはクリエイターの目線に立ってくれる方で、私を見捨てず、技術的な面でもサポートしてくださいました。
――2014年11月、figureneetさんが公式のフィギュアの原型を制作すると発表があると、ネット民が湧き立ちました。完成品を手にしたときの感想はどうでしたか。
figureneet:感無量でしたね。今まではフィギュアを買う立場でしたから、嬉しいとか、そういうレベルを超える出来事でした。とにかくこれ以上ない感動でしたね。発表されたときのネットの皆さんの反響も含めて、感動しました。
――ネット民のみなさんからは、どんな反響が寄せられましたか。
figureneet:心から祝福していただけました。「おまえのなら買うわ」と言ってくださった方もいましたし、本当に嬉しかったですね。この5周年のフィギュアは私にとってかけがえのない作品です。
――そして、2023年にはタイトーオンラインクレーンのフィギュアでも原型を担当しています。しかも、唯のフィギュアですね。
figureneet:指名いただいたときは「マジか!」という感じで、びっくりしました。こだわりというよりは、かわいい唯ちゃんを作る一心で取り組みました。アニメも全話見直して、「唯ちゃんとは?」と改めて考えるところから始め、制作に臨んでいます。アニメを見直すと、この足はいいな、髪の毛が跳ねているのがいいな、と見えてくるんですよね。『けいおん!』は魅力的なシーンがたくさんありますし、現在も新しいイラストがたくさん出ていますし、作りたい題材が尽きません。創作意欲を刺激してくれる作品ですね。
■現在はデジタルで原型を作っている

――現在のフィギュアの作り方は、昔とはかなり変わっているようですね。デジタルツールを使って原型を制作されていると伺っています。
figureneet:自分はもともと、手先や指先が器用なわけではなく、職人などの凄腕のタイプではありませんでした。しかし、デジタルは器用さが関係ないですし、きれいなラインを引こうと思えば引けるので、私に向いているツールだと思います。
――パソコン上で原型を作るのと、アナログで作るのとでは、それぞれ長所や短所はあるのでしょうか。
figureneet:手に持って作るので間違いがないのがアナログです。手元で作った原型がそのまま実物になりますからね。一方で、デジタルは画面上で原型を作り、3Dプリンターに出力したときに思っていたのと違うと思うことがよくあります。一長一短だと思いますね。
――figureneetさんのフィギュアの特徴は、まるで動き出しそうなくらいの躍動感ですよね。こうした仕草を表現するために、日ごろから意識していることはありますか。
figureneet:躍動感があると言っていただけるのは嬉しいですね。髪の奥行きや、ジャンプしている感じとか、動きのある姿が題材として好きですから。ただ、作っているときは作業に熱中してしまうので、自分ではなかなか自作を客観的に見られないんですよね。
――フィギュアを作るときに特にこだわっている体のパーツはどこなのでしょう。
figureneet:こだわるポイントはキャラによって違いますし、案件によって求められるものが違ってきますから、一概に言うのは難しいんですよ。ただ、依頼を受けて、まずはしっかりアニメを見ることが大事ですね。アニメを見ながら、キャラクターの魅力的なポイントを探すようにしていますし、シルエットも忠実になるように考えます。フィギュアは二次元を三次元に立体化するので、アニメとにらめっこをしながら、微調整を繰り返す感じですね。
――時間がかかっているパーツはどこですか。
figureneet:フィギュアは顔が命なので、やはり顔が一番時間がかかると思いますね。私も、フィギュアを買うときはまず顔を見ますから。アナログでもデジタルでも時間がかかるのが顔です。0.1mm目の位置が違ったり、鼻のカーブ、口のバランス、顎のラインなどが違うと、別の顔になってしまいますからね。

■ネット民が僕を育ててくれた

――figureneetさんは、2ちゃんねらーに感謝の言葉を述べています。
figureneet:そうですね。人によっては厳しいコメントを書く方もいましたが、自分は優しくしてもらったイメージが強いです。酷い出来だというのはわかっているので何を言われてもよかったですし、それでも下手だからやめちゃえとまでは言われなかったですし。
――2ちゃんねらーは辛辣な言葉を述べる人が多いじゃないですか。それは平気だったのでしょうか。
figureneet:「(このフィギュアよりも)うまい棒のほうがほしい」と言われたこともありますが、それはその通りなので(笑)。むしろ、初期の頃は辛辣なものも含めた反応や、アドバイスが欲しくてやっていた感じです。そういう意味では、2ちゃんねらーのみなさんが私を育ててくれたと考えています。
――figureneetさんの成長物語は、まさにネット発の感動物語ですね。
figureneet:そう言っていただけると嬉しいです。昨日のワンフェスで、2~3人ほど「figureneetさんがきっかけで原型師になりました」という人が来てくださったんです。作品を見せてもらったら、めちゃくちゃ上手くて、超えられていると思いました(笑)。なかにはフィギュア会社に就職したという人もいましたね。自分でも影響力に驚いています。
――ちなみに2021年に埼玉県から長崎県佐世保市に移住され、古民家を改装してお住まいだそうですね。長崎県を選ばれた理由は。
figureneet:寒いのが苦手で、本当はあったかい沖縄に行きたいと思っていたのですが、当時YouTubeのDIY動画にハマっていて、勢いで古民家付きの物件を買っちゃったんですよ。沖縄は古民家の値段が高かったので、ばあちゃんの出身地の佐世保を選んでしまいました。
――佐世保の住み心地はどうですか。
figureneet:程よく都会かつ自然が豊かで気に入っています。しかし、冬が普通に寒かったのは誤算でした(笑)。それも、住んでみてわかったことですが。そこで、家の壁に断熱材を入れたり、壁紙を張り替えたりと、ちょこちょこDIYに取り組んでいます。あと、今回のワンフェスでは大雪の影響で空港に着くまでが大変だったので、会場に車ですぐ行ける埼玉県のありがたみを痛感しました。
――ありがとうございました。最後にメッセージをいただけますか。
figureneet:現在もイベント会場等でフィギュアを購入して下さったり、支えてくださるみなさんのおかげで、原型師として何とかやっていけています。今後もこれまで以上に精力的に活動していけたらと考えておりますので、応援していただけると嬉しいです。























