CIA、MI6、KGB……フィクションに登場するスパイ組織 リアルとはどう違う?

■実際のスパイ、どのような組織で構成されている?
フィクションにおいて、スパイものは花形ジャンルの一つだろう。
今年公開予定の作品だけでも、『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』、『アマチュア』などの大作映画が公開待機中。 テレビ、ネット配信シリーズでは『ナイト・エージェント』、『窓際のスパイ』などがシリーズ継続中、『ザ・エージェンシー』が本年(2025年)二月に配信開始されている。
情報機関や防諜機関と呼べるような専門的な組織が存在しないわが国では、スパイものとなるとフィクションラインの高いアニメ、漫画の題材になることが多い。最近の人気作では『SPY×FAMILY』、本年の1月20日に5年半の連載を終えた『夜桜さんちの大作戦』などがスパイものだが、いずれも架空の組織の諜報員が主人公である。(一応は公安調査庁が諜報機関と言える。グランドジャンプで連載中の『ハボウの轍〜公安調査庁調査官・土師空也〜』は公安の調査官を主人公にしている)
ところで、実際のスパイ組織はどのような組織構造でどのような成り立ちなのだろうか?本物のスパイはどのような活動を行うのだろうか? 気になってはいるがご存じない方も少なくないのではないだろうか。今回はフィクションに登場する主だったスパイ組織、スパイの活動を解説する。
■CIA(Central Intelligence Agency、中央情報局)
CIAは恐らく、世界一有名な諜報機関であろう。アメリカのバージニア州ラングレーに本部を置く超大国アメリカの大規模諜報機関で、職員数は2万人を超えると見積もられている。国家情報長官直属であり、主に大統領と大統領顧問団に情報を提供することを目的としている。
諜報にはヒューミント(人的情報)とシギント(通信や電磁波、信号などを傍受して分析する諜報活動)があるが、CIAが主として扱うのは前者である。フィクションでよく描かれるスパイによる情報収集はヒューミントであり、超大国の大規模諜報機関でもある事からスパイもののフィクションで最もよく見る組織でもある。
CIAは第二次世界大戦中の情報機関、OSS(Office of Strategic Services、戦略情報局)を前身として、トルーマン政権下の1947年に創設された。設立当初のCIAがフィクションに登場することはあまりないが、映画『グッド・シェパード』は珍しく創設当初のCIAを描いている。
特に第二次大戦後から1989年までの東西冷戦下で暗躍したが、元が戦争中にできた組織のため情報の収集よりも秘密工作に力点が置かれていたことが否めない。1970年代までは予算や作戦について議会のチェックが入らなかったため、中国、東欧諸国、グアテマラ、イランなどに秘密工作を仕掛け親米政権を援助し、敵対政権の打倒を後押ししてきた。ベトナム戦争(1955~1975)が20年近く続く泥沼と化した裏でもCIAが暗躍している。
やりたい放題だったCIAだが、そのベトナム戦争が衰退の契機となった。1971年にニューヨーク・タイムズ紙が秘密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」を入手し、これを紙面上で暴露した。追ってワシントン・ポスト紙も同文書を取り上げている。この文書中で、ベトナム戦争への米軍介入の根拠となっていた「トンキン湾事件」が一部捏造だったことが明らかとなる。1974年には共和党のニクソン大統領を再選させるために、元CIA職員らがライバルである民主党全国委員会の部屋に侵入して盗聴器を仕掛けようとした「ウォーターゲート事件」が発生する。盗聴、司法妨害、証拠隠滅などが明らかになり、ニクソン大統領は失脚。任期途中でありながら大統領を辞任した。この二つの劇的な事件は、もちろん映画などの題材になっている。前者の代表例が映画『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』、後者の例が映画『大統領の陰謀』である。
これらの不祥事をきっかけに1975年にホワイトハウス内に設置されたロックフェラー委員会と、議会に設置されたチャーチ委員会によりアメリカの諜報機関が何をどこまでやったのか徹底的に調査がなされることになった。その結果、アメリカ国民への様々な監視行動、外国要人の暗殺計画の立案、関与などが明らかになり国民のCIAへの信用は地に落ちることとなる。また、この調査により存在を秘匿され続けてきたNSA(National Security Agency、アメリカ国家安全保障局)の存在が明らかとなる。NSAは創設から数十年に渡って存在を公表されておらず、あまりにも謎だらけの組織だったため、No Such Agency(そんな組織は存在しない)の略称だなどと揶揄されていた。
フィクションでは悪役にされがちで、ダーティなイメージのあるCIAは実際に様々な汚れ仕事に関与してきた。イメージは誤りではないのだ。こういった数々の不祥事と、ソヴィエト連邦崩壊による東西冷戦の終結によりCIAは大幅に予算と人員を削減され、現在は弱体化している。人員削減により職を失ったCIA職員は経済スパイに転身したとのことだ。
そして、このCIAの組織縮小、弱体化は近代史上における最悪のテロ事件9.11(アメリカ同時多発テロ事件)が発生する原因の一つとなる。9.11の後、アメリカは「大量破壊兵器を保持している」ことを根拠にイラク戦争をはじめたが、実際のところ大量破壊兵器は存在しなかった。これも背景にCIAがいる。誤った情報を過大に評価してしまったことによるCIAの失態である。いずれもCIAの弱体化を感じさせる出来事である。その後、9.11首謀者のウサーマ・ビン・ラーディンをCIAは10年にわたって捜索し、海軍特殊部隊との連携で殺害に至っている。映画『ゼロ・ダーク・サーティ』はフィクションだが、この事実を基にしている。
■MI6(Secret Intelligence Service、略称SIS、秘密情報部)
イギリスの諜報機関。CIAの次か同等レベルで有名なスパイ組織だろう。
MI6は通称で、正式にはSIS。1907年に創設されており、現存する諜報機関としては世界最古である。その間接的な起源をたどると更に古く、エリザベス一世統治下で国務大臣だったフランシス・ウォルシンガムが編成した秘密情報機関にある。映画『エリザベス』ではジェフリー・ラッシュがウォルシンガムを演じていたが、映画でウォルシンガムは汚れ仕事を厭わない人物として描かれていた。CIAもそうだが、スパイは基本、汚れ仕事なのである。
MIはMilitary Intelligence(軍事情報部)の略で、SISが二度の大戦で戦争省情報部に統合され、1930年代に軍事情報部の第6課(Section 6)の名称を割り当てられたことからこの通称で呼ばれている。かつてMI1をはじめ軍事情報部は17のセクションがあったが、現在ではMI5とMI6以外は廃止された。MI5(正式にはSecurity Service、略称SS、保安局)もMI6ほどではないが有名な諜報機関である。MI6ほどフィクションでの登場頻度は高くないが、人気シリーズ『窓際のスパイ』はMI5の工作員たちを主人公にしている。
CIAが田舎町のラングレーに本拠地を置くのに対し、MI6は大都市ロンドンの一等地に堂々と本拠を構えている。一発でそれとわかる立派な建物なので、ロンドン観光のついでに外観だけなら見学可能である。フィクションでは特に007/ジェームズ・ボンドの所属する組織として有名だが、エイヴァ・グラスの小説『エイリアス・エマ』にこの本部が劇中の重要な舞台として登場する。同作のストーリーは主人公でMI6の新人エージェントのエマ・メイクピースがロシアの工作員の追跡をかわしつつ、保護対象をMI6の本部まで護送するというシンプルなものだ。移動はロンドンの隣地区であるハムステッドからMI6本部のあるヴォクソールまでのごく限られた距離である。これを東京に置き換えるなら、渋谷から新宿まで徒歩移動するぐらいの感覚だろう。ロンドンは街中が監視カメラだらけであり、カメラに捉えられずに移動するのは隣の地区でも困難である。これがサスペンスとして成り立つのは、MI6本部が大都市ロンドンの真ん中に堂々と鎮座しているからに他ならない。諜報機関でありながらオープンにリクルートを行っており、公に求人を出している。調べてみたら公式サイトも存在した。
MI6で働く諜報員は良家に生まれた高学歴のエリートが多い。オックスブリッジ(イギリスの最高学府であるオックスフォード大学とケンブリッジ大学の通称)在学中に担当教授から「お茶でもどうだ?」と誘われて、就職面接に繋がることもあるとのことだ。前述のとおり、MI6は公募の求人も出しているがこういったリクルートの仕方はいかにもスパイ組織っぽい。世界一有名なMI6諜報員であろうジェームズ・ボンドもオックスフォード大学卒の設定である。嘘みたいな話だが、007シリーズの作者イアン・フレミングは第二次大戦中軍属で、諜報活動に従事していた。もちろんMI6の作戦にも関与したことがある。
MI5についても言及しておこう。極めて大雑把な括りだが、MI6が海外での諜報を担当するのに対し、MI5はイギリス国内での諜報を担当する。MI6の管轄は外務省、英連邦、開発省だが、MI5は内務省の管轄である。国家機密の漏洩防止や、イギリス国内のテロ対策がなどが具体的な担当範囲である。良家の出身者が多いMI6に対して、MI5は現場の活動から出世してきた叩き上げが多い。MI6がアッパーミドルクラス(上位中産階級)なら、MI5はワーキングクラス(労働者階級)というところだろうか。階級社会のイギリスらしい。
MI6とMI5の管轄区分は、CIAとFBIの関係に似ている。アメリカの場合、(大雑把に分けると)国外担当がCIAで国内担当がFBIだ。捜査機関のイメージが強いFBIだが、諜報機関としての機能も兼ねている。『24 -TWENTY FOUR-』に登場するCTU(Counter Terrorist Unit、テロ対策ユニット)は架空の組織で、CIAとFBIの機能を併せ持ったような組織として描写されている。これらの組織は友好国同士であることもあり、協力し合うことがある。テレビシリーズ『ザ・グリッド』では、CIA、FBI、MI6、MI5、NSC(アメリカ合衆国国家安全保障会議)が連携して協力し合っていた。
だが、これらの組織は逆に足を引っ張りあうこともある。ウォーターゲート事件のスクープで、ワシントン・ポストの記者だったボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインにとって重要な情報源になったのは「ディープ・スロート」と仮称された謎の人物だったが、後にその正体は当時FBIの副長官だったマーク・フェルトだったことが明らかになっている。フェルトの行動は、国内での捜査をめぐってFBIとCIAが対立していたことが背景にあるとのことだ。






















