アメリカの“保安官”って警察と何が違うの? 日本人には理解しづらい欧米の警察組織を解説
フィクションにはいくつか「定番」と呼ばれるジャンルがあり、刑事ドラマは特にメジャーなものの一つだろう。
刑事ドラマはエンタメ大国のアメリカで、数えるのも億劫になるほど大量に製作されている。前回は、ニューヨーク市警察(NYPD)などの自治体警察を中心に、アメリカの警察組織について解説した。今回も加賀山卓朗(著)、♪akira(著)、松島由林(イラスト)の『警察・スパイ組織 解剖図鑑』(エクスナレッジ)をもとに、具体的な登場例を交えながら、郡警察や州警察、FBIについて紹介していきたい。
自治体警察のフィクション作品への登場例

アメリカの刑事ドラマによく登場するのは、ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴの三大都市の警察だが、それ以外の例ももちろん存在する。
未解決事件を再捜査する『コールドケース 迷宮事件簿』はフィラデルフィアが舞台で、主人公はフィラデルフィア市警察の刑事である。同作は日本で神奈川県警に設定を変更して『連続ドラマW コールドケース 〜真実の扉〜』(WOWOW)としてリメイクされた。
古都ボストンを管轄とするボストン市警察もたびたび登場する。特に人気作家のデニス・ルヘインはボストン出身でもあり、映画化された『愛しき者はすべて去りゆく』(『ゴーン・ベイビー・ゴーン』として映画化)も、『ミスティック・リバー』も出てくるのはボストン市警察である。
アメリカ犯罪史上最も悪名高い劇場型犯罪であり、今なお未解決であるゾディアック事件の舞台になったこと、サンフランシスコ自体の都市圏規模が大きいこともあり、サンフランシスコ市警察もたびたび登場する。映画『ダーティハリー』シリーズは特に有名な例だろう。ゾディアック事件はサンフランシスコ・ベイエリア内の各自治体を跨ぐ形で連続殺人事件が起きた。そのことで各管轄の組織同士で連携がうまくいかず、事件の解決が困難となる一因になった。ゾディアック事件については数多くの書籍が出版されているが、ここでは事件発生当時サンフランシスコ・クロニクル紙で風刺漫画を描いていたロバート・グレイスミスのノンフィクション『ゾディアック』を挙げておこう。
ほかにも、比較的メジャーなところとしてボルティモア市警察が登場する『ホミサイド/殺人捜査課』『THE WIRE/ザ・ワイヤー』がある。『ホミサイド/殺人捜査課』に登場したマンチ刑事(リチャード・ベルザー)は同番組終了後に『LAW & ORDER:性犯罪特捜班』にレギュラーキャラクターとして登場している。マンチ刑事は、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』『X-ファイル』『ブル~ス一家は大暴走!』『30 ROCK/サーティー・ロック」などにもゲスト出演した。アメリカ刑事ドラマ史上に残る名物キャラクターだろう。演じていたリチャード・ベルザーは2023年に亡くなっており、今後の登場は無いのが残念だ。
変わり種としてマイクル・Z・リューインのミステリー小説は、殆どが地方都市インディアナポリスを舞台にしている。リューインは特に探偵アルバート・サムスンのシリーズとリーロイ・パウダー警部補のシリーズで知られるが、これらはシェアードワールドになっており両者が両作品に登場する。パウダー警部補は地方都市インディアナポリスを管轄とするインディアナポリス市警察の刑事で、『夜勤刑事』では夜勤シフトの専門、『刑事の誇り』では失踪人捜索を専門とする失踪人課の長になっている。殺人事件が主流の刑事ものにあって地味だが異彩を放つ良作である。映画、ドラマなどのメディアミックス展開がされていないのが残念だ。
同じく、地方都市メンフィスを舞台にしたダニエル・フリードマンの小説『もう年はとれない』も個性が光る変わり種である。主人公は元メンフィス市警察殺人課の刑事で、なんと87歳のおじいちゃんだ。それも知的な好々爺や、ダンディーなおじいさまのようなフィクションにありがちな設定ではなく、口を開けば悪態が出てくるクソジジジイである。ハードボイルドとクソジジイの口汚い悪態のユーモアが融合した独特の味を出している。同作もシリーズになり、2作の続編が発表された。
郡警察、保安官
市町村などの各自治体警察の管轄を跨いで事件が起きる、または郡内の自治体に属さない地域で事件が起きると郡警察の出番になる。
郡警察はあまりフィクションでは見ないが、『特捜刑事マイアミ・バイス』『CSI:マイアミ』に登場したマイアミ・デイド警察はフロリダ州マイアミ・デイド郡を管轄とする郡警察である。『デクスター 〜警察官は殺人鬼』『バッドボーイズ』シリーズはマイアミ市警察で、こちらはマイアミ市を管轄とする自治体警察である。マイアミ・デイド郡とマイアミ市で管轄が違うためこの2つは全く異なる組織である。
郡警察はすべての郡に存在するわけではなく、地域によっては保安官(sheriff)が郡警察に相当する役割を担っている場合もある。
保安官というと、西部劇に出てくる歴史上の遺物のようなイメージもあるかもしれないが、実際に現代のアメリカでは都市部を中心に警察組織の発展に伴って保安官の役割は縮小している。そういった地域の保安官は裁判所の警備、被疑者の移送など限定的な範囲の職務を担当する。だが、西部ではまだ保安官の権限が強い地域もあり、特にカリフォルニア州ロサンゼルス郡保安局(Los Angeles County Sheriff's Department、略称:LASD)は約1万8000人の職員を抱える全米最大の保安官事務所である。ロサンゼルス郡保安局は郡内の地方自治体に属さない地域の警察業務を担っており、ロサンゼルス郡においては保安官事務所が郡警察に相当する存在になっている。
長寿シリーズとなった『CSI:科学捜査班』『CSI:ベガス』はラスベガス警察だが、現実でもラスベガス警察(LVPD)のCSIは全米トップクラスというのがラスベガスに舞台設定をした理由らしい。ドラマの大ヒットで、地味で不人気だった鑑識課は希望者が大幅に増えたそうだ。
ただし、現実の鑑識課の仕事はドラマよりずっと地味で、「未解決に終わることも多い」とラスベガス警察はHPで苦言を呈している。ドラマのラスベガス警察と現実の組織は少し違うようで、ラスベガスを管轄とするのはLVPDではなくLVMPD(Las Vegas Metropolitan Police Department、ラスベガス都市圏警察)のようだ。ラスベガス都市圏警察はラスベガス市警察とクラーク郡保安官事務所が統合してできた出来た組織で、保安官を長とする。郡保安局と自治体警察を兼ねたような組織になっている。劇中で主人公のグリッソム(ウィリアム・ピーターセン)と犬猿の仲だったエクリー(マーク・ヴァン)が、CSIが保安官直轄になったことに伴い、副保安官に就任する描写があった。ドラマと組織名は違うが、そこは現実に合わせたようだ。
また警察の人事が組織内部で行われるのに対し、保安官は郡単位の公選制(住民の直接選挙)で選ばれる。警察と言うよりも政治家のようだ。
保安官という訳語は他の組織にも使われる場合がある、連邦保安官(U.S Marshal)は保安官(Sheriff)とは別物であり、主に逃亡犯の捜索を担う。テレビシリーズおよび、そのリメイク映画『逃亡者』に登場するサミュエル・ジェラード(映画ではトミー・リー・ジョーンズが演じていた)は連邦保安官である。こちらのシリーズは短命に終わってしまったが、『チェイス/逃亡者を追え!』の主人公アニー・フロスト(ケリー・ギディッシュ)は連邦保安官である。
州警察、ハイウェイ・パトロール
郡を跨いで事件が起きると、今度は州警察の出番である。
自治体警察の管轄区域内に属さない区域、および州内の各自治体から要請があった場合に対しても捜査する。郡警察同様、こちらもあまりフィクションでは見ないが、『TRUE DETECTIVE』第1シーズンの刑事はルイジアナ州警察の所属だった。舞台になるのはニューオーリンズのような都市部ではなく小さな田舎町である。州警察が呼ばれた理由ははっきり描かれていなかったが、地元の法執行機関では猟奇殺人事件は手に負えなかったのだろう。
『メンタリスト』に登場するCBIはカリフォルニア州を管轄とする警察組織との設定だったが、こちらは架空の組織である。現実にはカリフォルニア・ハイウェイ・パトロールがカリフォルニア州の州警察に相当する。これがまたアメリカ独特なところで、ハイウェイ・パトロールは他の州にも存在するが、多くの州での役割はハイウェイにおける交通法の施行、事故調査などで通常の犯罪捜査は担当外だ。ただし、すべてがそうではなくカリフォルニア・ハイウェイ・パトロールのように通常の犯罪捜査を行う場合もある。州警察が『メンタリスト』の主人公パトリック・ジェーン(サイモン・ベイカー)のような犯罪コンサルタントに本当に協力を仰ぐことがあるのか不明だが、さすがにこれはフィクションだろう。
『TRUE DETECTIVE』第2シーズンはヴィンチ市というカリフォルニア州の架空の街を舞台にしているが、テイラー・キッチュ演じるポール・ウッドルー警官は実在組織のカリフォルニア・ハイウェイ・パトロールの警官である。レイチェル・マクアダムス演じるベゼリデス刑事はベンチュラ郡保安官事務所の捜査官、コリン・ファレル演じるヴェルコロ刑事はヴィンチ署の刑事でそれぞれ、州、郡、市(自治体)で管轄が分かれている。アメリカの行政区分のわかりやすい例だ。




















