ベテラン漫画家が苦言 なぜ二次創作、同人誌を否定する?

■なぜ二次創作の同人誌は嫌われる?

   筆者はこれまでに多くの漫画家を取材してきたが、会食をしながら話をすると、二次創作の同人誌に否定的な漫画家が、思った以上にいることに驚く。コミックマーケットなどの同人誌即売会で販売されている同人誌にはオリジナルの作品も多いが、人気を集めるのは二次創作といわれるジャンルが多い。

  二次創作とは、『ドラゴンボール』や『鬼滅の刃』などの既存の漫画のキャラクターやストーリーをアレンジしたパロディ漫画である。その執筆にあたって、同人誌を制作する作家(同人作家)は基本的に著作権者の許可を得ていないのである。二次創作が嫌いと言う人気漫画家A氏に思いを詳しく聞いたが、今回は残念ながら匿名での出演となってしまった。匿名になったのには理由がある。

 「はっきり言いますが、私は二次創作の同人誌が嫌いです。最近、著作者人格権の問題が議論になりましたが、二次創作には皆さん触れたがりません。しかし、私のキャラクターで成人向けの同人誌を作られるのは、明確に著作者人格権を侵害していると思います。ただ、漫画家の間でも無言の同調圧力が結構あって、二次創作については『嫌だ』と大きな声では言えない状況になっている。私も実名で訴える勇気はありません」

■同人誌の売上が作者に還元されていない

 二次創作が著作権侵害に当たるのかどうかという点では、限りなく黒に近いグレーである。日本の著作権問題は親告罪である。二次創作の同人誌はあくまでも「ファンが楽しんで作っているもの」という建前があり、出版社や作家が黙認しているため、成り立っているわけだ。これに対して、A氏が疑問を呈する。

 「ファン活動だと言うけれど、実際はめちゃくちゃ儲けている同人誌作家もいますよね。その利益は私には1円も還元されていない。同人誌作家は最近問題になった漫画のドラマを遥かに超えるレベルで、私のキャラの設定を改変して、あろうことかその本を売って利益を得ている。これがファンの活動なのでしょうか」

  成人向けの同人誌を嫌う漫画家に配慮し、同人活動はつつましやかに行うのが暗黙のルールであった。しかし、A氏のもとには、あろうことか自作の18禁同人誌を送ってきたファンがいたという。ファンには悪気はなかったのだと思うが、自分が生み出したキャラが裸で絡み合っている絵を見て大きなショックを受けたらしい。また、ネットをやっていると、そういった二次創作がどうしても目につくのがしんどいという。

 「もちろん、そのファンは私の作品が好きなのだと思うし、悪気がないのは十分にわかるんですけれどね……。悪気がないから、責める気にはならないし、悲しいんですよ」

■無許可で作った二次創作の“グッズ”はありなのか

 A氏はそれでもまだ、同人誌を同人誌即売会だけで売っているのなら、本当は認めたくないものの、容認したいと理解を示す。許せないのは、同人作家の以下の行為だという。

 「秋葉原や池袋で同人誌を販売している店に流通させたり、最近では電子書籍にして売っている人もいるそうですね。これって商売ですよね? おかしいでしょう? どう考えてもファン活動のレベルを超えている。私からすれば、私の作品で商売している同人作家は、転売屋より嫌い。サイン本を転売屋が買っても私に印税でお金が入ります。でも、同人作家は私のキャラクターをタダで使って利益をあげている。こっちがどれだけ頑張ってキャラを生み出したと思っているんでしょうか?」

  近年は、同人作家が紙の本にとどまらず、二次創作のグッズを販売する例も多い。20年ほど前は紙袋程度のものだったが、近年は印刷所の技術水準が向上し、グッズのクオリティが急激に上昇。企業がライセンスを得て作る市販品と遜色ないか、それ以上のレベルのグッズが登場している。

  アクリルスタンド、ストラップ、抱き枕、なんとブランケットまで製作しているサークルもある。これらの製作物のほとんどが、著作権者や出版社に版権使用料が支払われていないのである。紙の本か、せいぜい便箋くらいしか作れなかった時代の暗黙のルールが、現代に適用されていることに違和感を覚えずにはいられない。

■同人誌の在り様について議論がなされるべき

   ちなみに、筆者の知人の漫画家には、若手を中心に同人誌を容認する人の方が実態としては多い印象だ。国会議員の漫画家・赤松健は同人誌即売会を擁護しているし、公式のイベントのなかで公認の同人誌即売会を開催した漫画家もいる。SNS世代の漫画家は同人誌出身の作家も多いし、同人誌即売会でスカウトされた経験をもつ漫画家もいるから、抵抗が無いようだ。

 その一方で、A氏のような考えの漫画家がいることも忘れてはならない。漫画家といっても考え方は皆様々であるし、それぞれの意見が尊重されるべきである。ただ、漫画家は基本的に個人事業主であり、特にXなどのSNS上での意見表明は、ファンの反応を見極める必要があることから、一朝一夕には難しい。A氏が筆者にこの件を打ち明けたのもそのためであった。

  A氏は「本当ははっきり言いたいけれど、ファンに嫌われるのは辛い」「私は二次創作が嫌だけれど、ファンの人たちは楽しんでやっている人が大勢。その足を引っ張ることは漫画家には難しい」と、悩みながら仕事をしているようだ。二次創作、同人誌はどうあるべきだろうか。漫画のテレビドラマ化の問題が騒がれ、著作者人格権がクローズアップされるなかで、多方面から建設的な議論がなされるべきであろう。

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