「シェア型書店には、本当に面白い出会いがたくさんある」 『猫の本棚』水野久美が語る、『書棚の本と猫日和』の“いい人連鎖”
思いがけないアクシデント的な出会いが人生を先に進ませる
――本作では、棚主同士やお客さんと棚主など、さまざまな関係性の人々の交流が描かれています。水野さんは『猫の本棚』でどんな交流を見てきましたか?
水野:印象的だったのが、マッツ・ミケルセンという北欧の俳優の雑誌が売られたときのことです。棚主さんがSNSで告知した翌日、開店前から熱心なファンの方が5人くらい列を作っていて。並んで話しているうちに仲良くなったみたいで、開店するとみんなでマッツの雑誌を分け合って、幸せそうに買い物して出ていきました。この後はきっと、『トロワバグ』や『さぼうる』(神保町の老舗喫茶店)でお茶でもして、マッツについて語り合うのかな、なんて思いながら見送りました。
レアなものを目当てに行列を作ったときって、どうしても敵対的になるものじゃないですか。でもシェア型書店って一貫して平和で、なぜか人を優しくさせる不思議な空間なんです。実際、棚主さんもお客さんもいい人ばかりですし、こうして取材で来てくれるマスコミ関係の方などにも、嫌な思いをさせられたことは一度もありません。この小説を読んで、「現実にはこんないい人ばかりが出会って連鎖していくことなんてないだろう」と思う方もいるかもしれませんが、この“いい人連鎖”も実はリアルなんですよね。シェア型書店に集まる人の属性が善良というのはあるかもしれません。
――『猫の本棚』では、どんな思いを持って棚主になる方が多いですか?水野:やはり自己表現がしたい方が多いです。ただ、神保町に通う口実が欲しくて棚主になった方もいますし、本当に理由は人それぞれです。亡くなった研究者の方が書斎に残した本を、ご家族が弔いのために作った棚というのもあります。ときどき知り合いの方が棚を見にくるので、一種のお墓のような感じになっていたりしますね。
――水野さんが今まで見てきた中で、面白いと思う棚はどんなものがありましたか?
水野:難しいですね。全ての棚に思いがこもっているので、一概には判断できないです。たとえば、『猫の本棚』には、目の見えない方が耳で聞いて、選んだ本を置いている棚があります。一見しただけだと、ただ数冊の本が置いてあるだけの棚に見えるかもしれませんが、背景を知ると全く違う印象になりますよね。だから棚の面白さって単純には測れないと思うんです。
小説の中にも「自分のすぐそばにたった1人だけでもわかろうとしてくれる人がいるということが、これほどの勇気をくれるとは思いもしなかった」っていう言葉が出てくるように、ほとんどの人に興味を持たれなかったとしても、たった一人に影響を与えることができれば、それだけで素晴らしいことじゃないですか。私も管理人として、その“たった一人”になりたいので、全ての棚の最高の部分を見る努力をしています。
――なるほど。『猫の本棚』をはじめとするシェア型書店では、著名な方の棚の隣に一般の方の棚が普通に並んでいるのも素敵ですよね。
水野:そう! 私はそこが自慢なんです。元々SNSで、“いいね”とかPVが多い方が勝ちみたいな空気があまり好きじゃないんですが、ネットの世界だと、どうしてもPVが多いものが検索上位に出るから、みんなそれを見ちゃいますよね。でも、このお店で同じ大きさの棚を並べれば、 フォロワー数十万人の人もSNSをやってない人も、対等に見てもらえるんですよね。
――並んでいる本のジャンルもバラバラなので、隣の棚で思いがけない出会いをすることもありそうです。
水野:まさにそれが、このお店で私がやりたかったことなんです。目的に狙ってたどり着くんじゃなくて、思いがけないアクシデント的な出会いが人生を先に進ませるんだと思っているので、私はシェア型書店を通して、そういう出会いをプロデュースしたいと思っています。
そういう意味では、作中で“本をきっかけに人の交流の場を作りたい”という思いから、岡山にシェア型書店をひらく純夏さんに共感しましたし、彼女の「お金を稼がなきゃと思うと、振り回されていい仕事ができなくなるので、書店を収入の柱として考えないようにしている」という言葉にもひそかに頷きました。
――最後に、水野さんが『書棚の本と猫日和』を棚主として自分の棚に置くとしたら、どんな人の手に渡ることをイメージして、どんな宣伝文句をつけますか?水野:「今、シェア型書店にいるそこのあなた! あなたもこの小説に登場してますよ!」ですね。この店に入ってきた人は、絶対に小説の中に出てくるキャラクターの誰かなんだと思うんです。だから確認した方がいいよって言いたいです(笑)。シェア型書店が好きな方なら絶対に楽しめると思うので、お店に来た方全員に読んでほしいです。
■書籍情報
『書棚の本と猫日和』
著者:佐鳥理
イラスト:わみず
価格:781円
発売日:10月19日
レーベル:ことのは文庫