死者を操る17歳の少女、独裁国家の内戦でどんな選択をした? 東山彰良『邪行のビビウ』が描き出す独創的な世界

『邪行のビビウ』が描き出す独創的な世界

 発想の原点は〝ゾンビ〟なのだろう。しかし本書を、ゾンビ小説やホラー小説といってしまうと、いろいろなものが零れ落ちてしまう。東山彰良が創り上げたのは、きわめて独創的な世界なのだ。

 物語の舞台は、ベラシア連邦。ジロン・ジャン元首により、長年にわたる軍事独裁政権が続いている国である(ジロンを嫌う人々は彼を〝ホクロ〟という綽名で呼ぶ)。そのベラシア連邦のルガレ自治州で、独立を求める反乱軍が決起し、内戦状態に陥った。また、ヴォルクと呼ばれる凶悪な集団も横行している。

 そんなルガレ自治州の、政府軍と反乱軍がにらみ合っている戦場に、ビビウ・ニエという十七歳の邪行師の率いる夜行列車が通りかかった。邪行師を簡単に説明すれば、死者を操る術師だ。といってもできるのは、しっかりと足のある死体を歩かせることだけ。金を貰い、遺された者たちがもっとも慰められる場所まで、死者を送り届けるのである。死者は「冥客」と呼ばれ、歩かせるのは夜のみ。行列になった死者を誰かが夜行列車といったことから、そのような名称になった。

 ベラシア連邦政府軍の若き中尉ケーリン・バイは、ビビウと出会ったことで、烈士站を思いつく。戦場で死んだ兵士を、邪行師を使って一ヶ所(烈士站)に集め、そこからそれぞれの故郷に送ろうというのだ。政権の評価もよく、烈士站はすぐに作られた。しかし思いもかけぬ騒動が起こり、ビビウや、彼女の大叔父でやはり邪行師のワンダ・ニエは、過酷な状況に投げ込まれるのだった。

 ビビウ・ニエ、ワンダ・ニエ、ケーリン・バイ、ワンダの幼馴染の元邪行師ナタ・ヘイ、バイと悪因縁を持つベラシア連邦軍務大臣のクエイ・リーなど、物語は何人かの視点で進行する。物語全体に、レフ・ラウロという人物の影が揺曳しているが、彼の果たす役割は読んでのお楽しみだ。

 主人公のビビエは赤毛の美少女で、邪行師としての才能はずば抜けている。だが死者を操る邪行師は、必要なとき以外は忌避される存在だ。また、彼女はアイク・リンという人物を死に追いやったという悔いを抱いていた。

 本書には、注目すべき点が幾つかある。ひとつはベラシア連邦だ。もちろん架空の国である。しかし読んでいると、幾つかの実在の国を連想してしまう。もちろんそれは意図的なものである。一例を挙げれば、ビビウが邪行を頼まれた、殺された男の件。ピアニストだが、ヴォルフに殺されたという男は、両手がミキサーでグチャグチャにされていた。その弟の姉はビビウに、「弟たちはこの内戦に反対していました。ホクロは老い先短いのに、なぜ生きる張り合いを放り投げてやらなきゃならないんだ――そう言ってました。だから反乱軍には志願しませんでした。彼らは戦争よりも人生を楽しみたかったんです。下で殺されていたふたりとバンドを組んでいました。ジャズですよ、彼らはジャズをやっていたんです」というのだ。

 この言葉から私が連想したのが、ナチス政権下で禁止されたジャズに興じた〝スウィング・ボーイ〟と呼ばれた青少年たちのことである。殺された男の設定は、これを意識したものであろう。他にも、ロシアのウクライナ侵攻を思わせる部分もある。作者は明らかに、近現代の独裁国家による圧政や、各種の戦争を、ベラシア連邦の内戦に託しているのだ。

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