立花もも 新刊レビュー 生きるとはどんなこと? さまざまなテーマで「人生観」に迫る注目作は

『一番の恋人』君嶋彼方 角川書店

  かといって、生きていれば何もかもOKかといえば、そんなわけがないのである。二年付き合っても変わらず大好きで、日々幸せをかみしめている一番は、恋人の千凪からの愛情を疑ってはいなかったし、プロポーズすれば当然のことながら喜んでくれると信じていた。だが、彼女は言う。「番ちゃんのこと、好きだよ。でも、愛してない。愛してると思ったことは、今までで一度もない」

  アロマンティック・アセクシャル。他者に恋愛感情も性的な欲求を抱くことがないのだと、千凪が心底の自覚をしたのは、残酷なことに、一度はプロポーズをOKしたあとだった。どうして誰のことも好きになれないのか。自分を粗雑に扱ってきた元カレや、これまでに出会ったどの男性に比べても、一番は優しいし、一緒にいるのも居心地がいい。だけど、独占欲は湧かないし、セックスにも喜びはない。ただ億劫なだけ。その告白は、当然ながら、一番のことをひどく傷つける。それでも、どうにか一緒にいるため、二人は「愛のない結婚」をしようと決める。

  千凪は、他人にとやかくいわれない肩書がほしかった。恋人がいれば、結婚すれば、目立たず、「普通」のふりをして生きていける。母親の望む娘でもあれる。一番も、結婚したかった。千凪のことが大好きで離れたくないのはもちろんだけど、そうすれば父親の期待に応えることができるから。その根深い呪縛に、共感する読者も多いだろう。「普通なんてものはないってよく聞くけどさ。あるよね、普通って。普通はこうすべきとか、普通はこんなことしないとかさ。そういった普通が自分の中に絶対あるくせに、なんでないふりして綺麗事言えるんだろうなって、ずっと思ってた」。そんな千凪のセリフが突き刺さる。

『猫と罰』宇津木健太郎 新潮社

 「猫に九生あり」というのはイギリスのことわざだが、本作は本当に九回目――最後の生を生きる猫が主人公。〈己という名前の無い猫をなあなあで居つかせたあの男との関係は、結局あいつが己に名前を付けないままに終わってしまった〉という冒頭の一文に「なんだか、あれっぽいな」と思って読みはじめたら、大正解であった。猫好きはもとより、「書くこと」「読むこと」が大好きな読者にはうってつけの一作である(ネタバレになるからこれ以上は言わない)。

  八度の転生によって、人間なんてものにあきあきしている主人公猫は、最後は孤独に生きることを決めていたのだけれど、なんの因果か、魔女と呼ばれる女の住処に迷いこむ。北斗堂という名の古書店で、たくさんの猫に囲まれて暮らす彼女は、猫と会話ができるらしいのだが、それだけでなく、集まる猫たちもまた奇妙な因果を背負っていた。

  みずから孤独を選ぶのは、信じたいのに信じさせてもらえなかった過去があるからである。そんな主人公猫(通称クロ)が、痛みから解き放たれるきっかけが、魔女やほかの猫と触れあううち、北斗堂を訪れる一人の孤独な少女に、みずから手を差し伸べようとしていく姿に、不覚にもぐっときてしまった。自分を癒すためでなく、誰かの孤独を埋めるために寄り添おうとする心を、人は愛と呼ぶのだと思う。

  個人的に、猫を飼ったことはないし、動物はそもそも苦手なので、ハートフルな動物モノにピンときたことはあまりないのだが、この小説はおもしろかったし、単純に羨ましくもなった。こんなふうに、相手が人であろうと猫であろうと、想いあう関係を築けたらそれだけで生きている意味はあるな、と。人間同士ではたどりつけない、猫と人間だからこそつながることのできる絆もあるのだろうと思うと、世界を見つめるまなざしも、また変わる。

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