立花もも 新刊レビュー アガサ・クリスティー賞出身作家の新刊など、注目ミステリ作品がずらり

 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。数多く出版されている新刊の中から厳選、今読むべき注目作品を紹介します。(編集部)

伊吹亜門『帝国妖人伝』(小学館)

伊吹亜門『帝国妖人伝』(小学館)

  時は明治。主人公は尾崎紅葉に師事する文士の那珂川二坊(なかがわ・ふたぼう)。なかなか小説の仕事は舞い込まず、ようやく依頼されたのは犯罪実録と称して、おどろおどろしい事件をとりあげるという三文記事。妻の病院代を稼ぐため、街に繰り出しネタを繰り出した那珂川は、徳川公爵邸に入った盗人をつかまえたという男・清吉に出会う。ところが話を聞いていた福田という男が、清吉の嘘を見抜いて事件の真実を明るみに出す……というのが第一話。事件の謎解きとしてもじゅうぶんおもしろいのだが、何より度肝を抜かれるのがラストでこの福田の正体が、○○○○○○だと明かされたときである。

  ほかにも、豪雨のなかで起きた殺人事件で濡れ衣を着せられそうになった那珂川を救ってくれた人、第一次大戦後のドイツで意気投合し、自殺したとされる中将の死の真相をともに解き明かした日本人大尉。登場する探偵役がすべて、誰もが知っている有名人ばかりで、謎解きの次にやってくる二重の驚きでテンションがあがる。探偵たちの妖人っぷりに那珂川の凡人性が際立つけれど、だからこそ作家としての彼の苦悩、背負い続けた業のようなものが、痛々しいまでに伝わってきて、ラストの余韻ともなる。

  史実の隙間を縫って描かれる「こんな邂逅もあったかもしれない」と思わされるリアリティ。ただの謎解きにとどまらない二重構造が、クセになる。……が、この構成では続編は難しいであろう。一回きりの贅沢な逸品と思えば、よりいっそう、読み返して何度も味わいたくなる。

穂波了『忍鳥摩季の紳士的な推理』(双葉社)

穂波了『忍鳥摩季の紳士的な推理』(双葉社)

  第一話、雪山のペンション内で突如起きた「瞬間移動」の超常現象を使った殺人事件。偶然いあわせ解決したのをきっかけに、超常現象そのものに興味をもち、会社をやめて超常現象調査士の資格をとったという忍鳥摩季という女性が本作の主人公。そもそも事件に遭遇する前から、摩季には、自分にしか見えない紳士的な〝先生〟なる男性がそばにくっついていたわけで、興味をもつならそっちが先だろとツッコミを入れたくもなるのだが、そのあたりも含めてカラっと軽やかに描かれていく筆致が、本作の魅力でもある。

  三か月前から意識不明の女性が寝かされている部屋だけで、定期手に30分間、すべての時間が止まってしまう。絵本に描かれている内容を再現するように人の行動が操られてしまう。そんな超常現象の裏には必ずといっていいほど、誰かの切実な想いが秘められていて、だからこそ現象を利用して起きる殺人事件の真相が明かされたときには、痛ましさも増す。語り口が軽妙だからこそ、やがて明かされる先生の正体も含めて、胸を衝かれる場面が多い。

  現実には解明することが難しいシチュエーション・ミステリーを、あくまでホワイダニットの方式にのっとって論理的に解決していくさまも読みごたえじゅうぶん。アガサ・クリスティー賞出身の著者、この先も要チェックである。

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